47話 楽園 7/33
翌朝、太陽が昇っても、誰も御嶽へは足を運ばなかった。
ナギィがそれを知ったのは、朝になってからだ。
一晩中、メイシアの看病していたナギィは、かなり疲れていたこともあって、うたたねをしてしまっていた。
鳥が鳴きだし目を覚ましたので、桶の水を取り換えようと部屋の外に出ると、清明たちが数人集まっていた。
不思議に思ったナギィがだったが、そこまで気にも留めず、何気なくカマディが帰って来たか聞いたのだが、歯切れの悪い返事。
不審に思い、どうしたのか問い詰めたところ、しぶしぶ一人の清明が口を開いた。
カマディは、誰も交代が行っていないので、帰ってきていない。
どうして誰も行かないのかと聞いても、カマディの孫であるナギィに、昨晩のマタラに起こったことを話すものはいなかった。
なら、マタラは?と聞いても、誰も答えてくれない。
ナギィは仕方なく、メイシアの傍へと帰った。
カマディの事は心配なのだが、メイシアは昨晩のカマディの力でマシになったとは言え、魘されて苦しそうにしてる様子は変わりがなかったのだ。
ナギィがそっと、メイシアの額に置かれた手拭いを手に取り、新しい水で絞った。
「メイシア……、どうしよう……ワー、どうしたらいいんだろう……、」
何が起こっているのか、想像もつかない。
昨晩まで、あんなに清明たちとカマディの仲は良好だったというのに、一体一晩で何が起こったのか。
不安に人知れず、涙が頬を伝った。
その時、声を部屋の外から声をかけるものがいた。
「……ナギィさん、メイシアさんのお加減はいかがですか?」
それはマタラだった。
本当は今の時間、マタラは早朝番として、御嶽で祈っているはずなのだ。
マタラのカマディを慕っている事はナギィも強く感じていた。なのに、そのマタラがここに今いる事自体、何か大変なことが起こっているのは明らかだと感じられた。
「マタラさん!」
「少し、お時間いいですか……?」
そう言って入ってきたマタラの顔は、昨晩会った時から数時間しかたっていないというのに、憔悴しきっていた。
「……どうしたんですか? ものすごく、疲れているみたいだけど…… 」
マタラがは、すぐには答えず、器に入った透明な塊を差し出した。
「……これは何?」
「氷です。」
「え!一度だけ雹が降った時に小さい粒を見たことがあるけど……氷ってこんなに透明で大きいの?」
「あぁ…… はい。珍しいですよね。こういうことが出来る精霊と話せましたので、ちょっとお願いをしてみました。少しですが、メイシアさんに使ってあげてください。……本当は、食べさせてあげれたら効果はもっとあるんでしょうけどね。」
「へぇ……、精霊っていろんなものがいるんだね。清明ってこんな事もできるんだぁ、」
「まぁ、これは、本当に珍しいですよ。この暑さですから、すぐ溶けてしまうので気休めですけど…… 」
氷は拳くらいの大きさのものが二つだった。
一つは、桶の中に入れて、もう一つはとりあえず器の中にそのまま残した。
桶に手拭いを浸し絞る。
格段に冷たい。
身体は暑いのに、指先は、ずっと水につけていられないと思うほどの冷たさだ。
「……それで、お話があって、」
と、切り出しにくそうにマタラが切り出した。
「……うん、」
ナギィの中で、色んな疑問も不安も、どうしようもないくらい膨れ上がっているのだが、マタラの憔悴しきった顔を見たら、この人に今の思いを感情のままぶつけてはいけないと、ナギィの中で、冷静な部分が生まれたのは事実。
静かに、マタラの次の言葉を待った。
「申し訳ありません……! 」
いきなり、マタラが三つ指をつき、頭を下げた。
「えぇ!何? なんで、マタラさんが謝るの?……ちょっと、やめてください。頭を上げてくださいよ。」
「いえ、そういうわけには参りません。……こうなったのも私の責任なのです!」
「…………。だったら、どういうことなのか、説明をしてください。とりあえず、頭を上げてください。」
おずおずと頭をあげたマタラは、ナギィと目は合わせず、下を向いたまま話始めた。
「……昨晩、私は、祝女さまを追いかけたのです。御嶽に出向くにはまだ時間が早いと思い、何か大変な事を一人で抱えていらっしゃるのでは無いかと心配になりまして。
追いかけても、追いつくことができなかったのですが、御嶽への道から外れた海岸に気配を感じ、降りていくと、祝女さまがいらっしゃったのです。
そこには、祝女さまだけではなく……あの……、」
そういうと、マタラが言葉を詰まらせた。
「……いいよ、何でも話して、ワーは心の準備、もうできてるから。」
「……はい。そこで、祝女さまは会っていたのです。……キジムナーと、」
それを聞いたナギィに、頭を殴られた様な衝撃が走った。
気が遠くなる……というよりも、今聞いたことを色んな方向から考え理解しようとする力が働かないように、思考の回路が切れていくような感覚だった。




