45話 楽園 5/33
船はサバニ。
帆に風をいっぱい浴びて、なかなかのスピードだった。
朝清が、上手に帆に繋がる手綱を繰って風を捕えていた。
「わぁ!船ってすごく早いんですね!」
快調に進む船。
心地いい風を受けて、ストローが声を上げた。
「ヤサヤー!ワンは子供ん頃から乗っているから船なら任せろ! 」
チャルカもメリーもこの滅多にないアトラクションを楽しんでいるようだった。……が、その横で、青い顔をしている者がいた。
案の定、光の速さで船酔いをしたウッジが、今にもさっき食べた味噌汁を逆流してしまいそうな顔をしていた。
「ところで、さっきの話なんですけど、カマディさんからの使いって、夜に海を渡って来たんですか? それとも何か清明の術的な?」
チルーがユウナに話しかけた。
「……んー、まぁ、そんなところやっさぁ。」
と、ユウナにしては歯切れの悪い返事だったが、清明には清明の何か都合があるのかもしないと、そこはあまり気に留めなかった。
「ワーとカマディは、御殿に上がっていた時からの仲で、まぁ、戦友みたいなものばぁよ。」
ユウナが誰に言うでもなく呟いた。
「……ウッジ、大丈夫? ほんと、ウッジは乗り物に弱いよね。」
ストローが船から顔を出し海面を見続けるウッジの背中をさすった。
「ウッジさま、出来るだけ遠くを見た方がいいですよ。」
とチルー。
しかしウッジには、遠くを見ようと顔をあげるだけの気力がもう無かった。
「ハッサミヨー、船酔いしたんか?船酔いしたら、股間を急激に冷やしたら治るんだけど……さすがに、娘にはちょっとできないさぁ。あははは! 」
海の男、朝清が豪快に笑った。
「股間……ですか?」
「そう。まぁ、背中でも効果はあるみたいやっさぁ。ワンは船酔いはしたことが無いから、わからんけどやー。」
「はぁ。」
「でも、そう言っている間に着くさぁ。もうほら、すぐそこやっさぁ。」
風で運ばれるサバニは思いのほかスピードが速く、船首の方向を見るともう魚釣の湾の入り口が見えていた。
その時だった。朝清が大きな声を上げた。
「ヌーヤルバーガ……!」
進行方向右側の空が急に紫色になり、あっという間に暗くなってしまった。
そして、その、夜のように暗い空が徐々にこちら側の青空を侵食し始めていた。
「朝清さん、あれ何?」
ストローが朝清に問う。
朝清は、視線を黒い空から外さないまま首を振った。
「アッゲ!あんなの、見たことないばぁ!」
「ちょっ、朝清さん、海見て!」
今まで伸びていたウッジが、悲鳴に近い声を上げた。
見ると、空と同じように海も向こうが漆黒に色を変え、ゆっくりと、こちらへその闇を広げようとしているように感じられた。
「ウッジーーーー!」
チャルカが怯えて、ウッジに抱き付いた。そのチャルカにメリーが震えながらしがみついている。
「アッゲ!」
「これは……。朝清さん、ここからだと、行くのと戻るの、どっちが早いですか?」
チルーが何かを察知して、慌てている。
「……そりゃ、もうここまで来たら魚釣やっさぁ!」
「では、魚釣まで急ぎましょう。」
そういうと、目線をユウナに移した。
ユウナは、何か信じられない物を見てしまったかのように、目を見開き固まっていた。
「……ユウナさん! ユウナさん!!」
「……ハーヤー、」
「何か、心当たりがあるんですか? これは一体…… 」
ユウナが目を閉じ首を振った。
「ユウナさん、これはもしかして、五年前の……」
そこまで口にしたチルーをユウナが止めた。
「話は後やさ。とにかく、魚釣に急ぐさぁ。」
「……はい。」
「風があれば、早く進めるんですよね?」
ストローが、チャルカからメリーは引きはがした。
「そうやさ…… 」
「じゃ、コイツを使おう。」
引きはがされたメリーは、必死にチャルカの首元に戻ろうとジタバタした。
「ちょっと、メリー! こんな時ぐらい働きなさい! あんた、一応聖獣なんでしょ?」
『ビィーーーー!ビィィィーーーー!……グゥ、グゥ!』
「メリーちゃん、嫌がっているよぉ、ストロー!」
「でも、メリーが協力したら、早く岸に着けるから……。メリー、がんばってよ。」
ストローがそういうと、しぶしぶというか、もうヤケッパチの心境で、ぐぃぐぃっとストローの手から逃れたメリーは、空中で、一回転すると元の巨躯に戻った。
ライオンの一吠え。
ビリビリと空気がその声で振動する。
「アッゲ!何だ、その恐ろしい獣は! 」
驚いた朝清が腰を抜かした。
「大丈夫ですよ、朝清さん!メリーはグリフォンという聖獣です。メリーがこの帆に風を送りますから、どうか船をお願いします!」
「……トー!わかった! ワンも海人、任せろ!」
そういうと、朝清が手綱をぎゅっと握った。
「メリー、船の後ろから、風を送って!」
メリーは返事に咆哮をすると、巨躯から生える大きな翼を、ブンっ!と一振りした。
すると船がグン!と先ほどの早さよりも格段に速く前に進みだした。
「アキサミヨー!よし、ワンも船がひっくり返らないように、船を支えてくれる者を探してお願いするさぁ!」
「お願いします、ユウナさん!」
ユウナは、正座に座りなおし、目を瞑り祈り始めた。
その間にも、メリーが休みなく風を送り、船は水しぶきを撒き散らして、ぐんぐん速度を上げる。
あまりのスピードに船首が持ち上がり始めた。
「わ!危ない……!メリー、危ない!ちょっと弱めて!」
とストローがメリーに言うが早いか、船首が何かが下で引っ張っているかのように、安全な高さまで落ち着いた。
「……ユウナさんが、精霊にお願いをしてくれたんですね、きっと。」
チルーが安堵の声を上げた。
「清明ってすごい…… 」
もうこの事態に船酔いなんてどこかへ行ってしまったウッジが、清明に深く関心をした。
船はまるで急流を滑り落ちるような勢いで進み、減速できないまま、男女六人の悲鳴?絶叫?と共に魚釣島の砂浜に乗り上げた。
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ヌーヤルバーガ / なんてこった
ハーヤー / まさか
ウトゥルサン / 怖い
トー / よし




