115話 エトランゼ 15/16
「ほら、鼻水、」
「ばびがど(ありがとう)……」
しばらく泣きじゃくったが、最後にシュテフィが渡したハンカチで盛大に鼻をかんで少し落ち着いた。
「これ、洗濯して返すね、」
「……うん、じゃぁ……うん、」
シュテフィがそういうと、サブリナが泣きすぎてショボショボした目を丸くして輝かせた。
「?……、なに、」
「へへ、洗濯が終わるまでここに居るってことよね!ありがとう!」
「もう、わかったから抱き付かないでっ」
「だって、嬉しいんだもんっ」
『そんなこと言いながら、ユイ加那志ちょっと嬉しそう。ふふ、』
シュテフィが引き離そうとしても、きゃっきゃと声をあげながらサブリナが纏わりつく。
『あーあぁ、楽しそうでいいなぁ~。私も混ざりたいよぉ~!』
「もう怒ったから~!」と、シュテフィがサブリナをくすぐり始めた。
すると、たまらないとばかりにサブリナが笑い転げ、仕返しにサブリナまでシュテフィをくすぐり始めてしまったものだから、ドタバタの大騒ぎになってしまった。
『あーん、楽しそうなのいいなぁ~』
メイシアはうつぶせになってジタバタしたが、起き上がってもう一度、二人のじゃれ合いを見ると表情が綻んだ。
大乱闘のくすぐり合戦が終わると、二人ともグッタリでゼイゼイと息を上がらせて仰向けに寝転がった。
「シュテフィ、やるじゃない、」
「サブリナもね。」
「わ!あたしの名前言ってくれた!」
「……まぁね、」
「……寝よっか、」
「……うん。」
二人は無言で寝床を整え、二の字で……いや、本当はメイシアもいるので川の字で横になった。
さっきまでのじゃれ合いが嘘のように静寂が訪れた。
波の砕ける音が聞こえる。
シュテフィはじっと天井を見つめた。ちょうど天窓がある。
星が瞬いていた。静かな夜だった。
「ここには虹が無いのね……、」
『そう。ユイ加那志もやっぱり思った?私もそこが知りたいのよねぇ……。サブリナは何か知っているのかな?』
「虹?」
「うん、虹。私の生まれ育った場所では、空に虹がずっと浮かんでいたの。」
『そうよねぇ。どこに行ってもついてくる。どこからでも「虹の国」とその周りに「虹」が見えているのよねぇ……、』
「……虹が浮かぶ…………、」
サブリナが、手探りで想像するように繰り返した。
────ボー……ボー……
ここは岬の灯台。
波の音に混じって、どこからか汽笛が聞こえた。
きっと、かなり遠くの方だ。
低く響く音に心の奥底を揺さぶられ、鼻筋を通り眉間あたりから自分の核になっている何かを抜き取られてしまいそうな、そんな感覚が走る。
そんなはずないのに。ありえないのに。ただの妄想。
分かっているのに、抗えない小さな怯えが心の奥に目を覚ます。
「霧笛だよ。霧が出てきたみたいね、」
不安を察知したのか、もしかしたらサブリナも自分に言い聞かす為なのか。ポツリとつぶやいた。
しばしの沈黙に、波の砕ける音だけが星の瞬きを誘導する。
静かに。星空に溶け込むように、シュテフィが口を開いた。
「私ね、捨てられたんだ。」
『……。』
予期しない言葉過ぎて、メイシアには一瞬意味が分からなくて等閑にしかけたのだが、言葉を反芻して飛び起きた。
『ユイ加那志、何を言って……』と咄嗟に口をついて出たが、ふと牧師の手に握られた小瓶が脳裏をよぎる。
そうなのだ。
確かに、シュテフィは自分の意志でここへ来たわけではない。
何がどうなって、この【オズ】へやって来たのかは分からないけれど、メイシアが知らない何かをシュテフィは分かっているのかもしれない。
「……あたしと、一緒だね、」
これもメイシアには予期しない言葉だった。
『サブリナは、わかんないじゃない。だって、お父さんもお母さんもサブリナを置いて行きたくてそうなったんじゃないかもしれない!』
そう言いながら、メイシアだって分かっている。
置いて行かれた者の……取り残された者の気持ちを。
孤独がねじ曲がり、捨てられたという思いが生まれるのは必然なのかもしれない。
「でもね、シュテフィ。あたしにはベリルとラズがいるから平気なんだ。私の友達が本物の良い子だって知れたのは、私がここに残ったからだもん。」
「……強いね、サブリナは、」
「強くないよ。だって痛い。心が痛い。そんな時は泣くしかないの。何もできないから。だから何もしない。痛い。それだけ。あ、出来る時はするよ?なんだってする。悲しい思いをしている人がいたら抱きしめるし、困っている人がいたら助けたい。……でもね、自分は抱きしめられないでしょ?へへ。」
「…………。」
シュテフィがサブリナの方を向き体を開いた。
「おいで、サブリナ。私が代わりに抱きしめてあげる。」
「……ちがうよ。あたしがシュテフィを抱きしめるの。」
そういうと、サブリナがシュテフィの開いた体にすっぽりと入り、ぎゅっと抱きしめた。
「辛かったね、もう大丈夫……とは言わない。けど、あたしが一緒にいてあげるからね。悲しんであげるからね。」
『あぁ……、この子、カマディおばあちゃんみたいだ……』
そう思うと、自然にメイシアもサブリナを抱きしめていた。
体はすり抜け、どこか暖かい何かに触れる。
その暖かさに誘われる様に、メイシアは眠りについた。




