111話 エトランゼ 11/16
サブリナの案内により、目的地に着いたころには、あたりは暗くなっていた。
町の路地をクネクネと曲がり、教会の敷地に到着をしたようだった。
「しーー、だよ。ここから、静かにね。」
サブリナはそう言うと、足早に敷地内を移動し、とあるドアに手をかけた。
「さぁ、入ってー!遠慮しないでねっ」
小声でにっこりすると、サブリナがドアを開けた。
そこは教会の鐘の塔。
『サブリナって教会に住んでいるのね……、っていうか、ここは塔でしょ?住める空間なんてあるの?』
メイシアが訝しむのも当然。
というのも、サブリナが案内したのは教会の母屋部分に隣接した別棟の細い塔。その根元にある小ぶりなドア。
そのドアはどう見ても、鐘のメンテナンスのために塔を昇る時用の出入り口か、スペースを利用した物置くらいにしか見えないのだ。
入らずとも中の様子も想像に易い。
塔の細さから、鐘に向かってハシゴがあるだけのような。そんな感じだ。いや、それ以外にない。
先に家に入ったサブリナが明かりをつけたくれたようで、開いたドアの隙間から明かりが漏れた。
明かりが点くと、心を決めるしかない。
もう向こうは迎え入れる準備が整ったという事だ。
「……ん、」
静かに覚悟を決めたシュテフィがドアをくぐる。
それに続いて、メイシアも『お邪魔しまーす……、』と入った。
「!」
『えーーーーーー!何これ!』
「えへへ、びっくりさせちゃった?」
『な、なんで?なんでこんなに広いの?』
塔の中は、立派な部屋だった。
一人で住んでいるのなら、居住スペースとしては申し分のない広さ。いや、十分に広い。
キッチンは対面式でカウンターになっている。椅子が一つ置いてあった。
床で生活をしているのか、ラグマットが敷かれクッションがいくつか転がっており、これまた小さな背の低いテーブルがちょこんと置かれていた。
一見するとワンルームではあるけれど、キッチンもあるし、窓も四方向と、天井にも小さな明かり取りの窓がある。
『ん?天井に窓?なんで……?ここ、塔の一階だよね?』
「ここは……?」
「んふー。あたしのお城。誰も連れてきたことは無いし、言ったこともないの。……秘密だよ?」
「秘密って……」
「ねー、ここから外を見てー!」
サブリナがはしゃいだように、窓辺にシュテフィを呼んだ。
窓にはこの島ではおなじみのガラスが嵌めこまれてあり、上部にスライドさせる開閉式。
サブリナが窓を上げ、窓の脇の穴に棒を差し込み、窓を開けっぱなしにした。室内に風が流れ出す。
『えー、何々?私も見たいっ!』
はしゃいでいるサブリナにつられて楽しい気持ちになってきたメイシアが、シュテフィよりも早く駆け寄り窓から外を覗いた。
『なんでーーーーー?!』
メイシアが驚きの声をあげた。
そこから見える景色が、一階の景色では無かったのだ。
どう見積もっても塔の最上部。鐘が吊るされている辺りだと思われる。
いつの間に塔の最上階に登ってきのかと思い返すが、階段も坂道もハシゴも登っていない。ドアから入っただけだ。
いや、それだけじゃない。よくよく、窓からの景色を眺める。
『あの街の明かりって……』
遠くに見える明かり。窓の周囲を見渡してみるが明かりは無かった。さっきまで街中の教会の敷地だったはずなのに。
『……もしかして?』
メイシアは急いで他の窓を覗いた。そこには暗がりではあるけれど、波が寄せては砕けてるのが見えた。
音もにおいも、確かに海だ。
「これは……」
遅れて、シュテフィが外の景色を見て青ざめる。
「あれ?……綺麗って喜んでくれると思ったんだけどな。ごめん、驚かせすぎちゃった?」
「ここは何処なの?……あなたは誰なの?!」
「あれれ……、ごめん、なんか怒っちゃった?」
「……、」
「んー……、話せば長くなるんだけどねー、ここは灯台だよ。すごいでしょっ」
『やっぱり、灯台だよね。でも、どうして?』
二人にはメイシアは見えないし、声も聞こえない。分かっていても、サブリナに詰め寄ってしまう。
「ほらほら、とりあえずゆっくりして。好きなところで寛いでー。あ、言うの忘れてた。ベッド無いから靴を脱いでるんだ。ドアの所にでも靴置いといてね~。今、お茶入れるね。」
キッチンに立ち、鼻歌交じりお湯を沸かし始めた。
シュテフィはしばらく思いつめたように立っていたのだが、急にドアに駆け寄った。
「シュテフィ、だめ!」
サブリナの制する声よりも早く、シュテフィがドアを開けた。
そこはまさに灯台の登頂部。
下からの吹き上げる猛烈な風がドアを弄ぶように躍らせ、寸での所で飛び出さずに堪えたシュテフィの身体を外に放り投げようとする。
「危ない!」
サブリナが駆け寄り、シュテフィの身体をがっしりと抱き後ろへ倒れた。
間一髪シュテフィの身体は、部屋の中に転がった。
「……ごめんね、言い忘れてた。このドア、あたしが開けないと教会に出れないの……、言い忘れてばっかりだね、」
「……、」
「危ないから、もう止めてね。」
サブリナが少し申し訳なさそうに言いながら立ち上がり、吹きすさぶ風のタイミングを見計らって、ドアがこちらに来た瞬間に閉めた。
シュテフィがサブリナを背後から睨んだが、お湯が沸いた音がすると、サブリナはシュテフィの様子には気が付かず「いけない!」とキッチンへと一目散で行ってしまった。
『サブリナ……一体あなたは……、』
「ねぇ、シュテフィー、紅茶は甘くて大丈夫ー?」
と明るい声のサブリナを見ながら、メイシアは言いようのない不安に襲われていた。




