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102話 エトランゼ 2/16

 ────……



 気が付くと、そこはあの書庫の中だった。

 しかも、行ってはならないと言いつけられていた、書庫の奥にあるあの(・・)場所。

 窓と間違えるくらい光を発しながら、雲や草花が風に吹かれて動く、あの不思議な絵の前だ。


 立ち上がり、しばし絵を眺める。


「なんで……?」


 この絵を見たのは、あの最悪の日となってしまったあれ以来だ。

 ひとりぼっちになってしまった日。この絵は、あの日の絶望と共に記憶に刻まれている。


 しかしこの絵が……いや、まず絵と呼んでいいのかも不確かではあるが。

 この絵が自分をロードに会うという希望に奮い立たせてくれたことも事実なのだ。


 自分にとって、終わりの絵でもあり、始まりの絵でもある。


 複雑な気持ちで見つめる。

 心境とは別に、この絵が美しい事には変わりがない。

 メイシアは、見惚れてしまう自分が存在している事は否定できなかった。



「やはり私には無理です……、」


 不意に聞こえてきた声に、メイシアがドキリとした。

 入ってはいけない場所なので ひとりきりだと思っていたのだ。


(誰かいる!)


 振り向くと斜め後ろに、少女が膝立ちで祈っていた。


 祈る手も声も震えている。


 背格好から、歳はメイシアと同じくらいだろうか。

 ベールを被っているので顔はわからなかった。


 やはりメイシアの事は見えていないようで、少女は続ける。


「どうして私なんですか?私にそんなお役目が果たせるとは到底思えません、」


 か細い声を震わせながら、何かに許しを請う様だった。


「このままだと、世界を不幸にしてしまう……どうか、お許しください……」


 何かとても思いつめている様で、少女は嗚咽と共に床に泣き崩れた。

 

 はらりとベールがずれ、メイシアと同じ濃い色の栗毛がベールからこぼれ落ちる。 


(この子、あの時の……。時が流れてる……?)


 なぜか不思議に確信があった。自分と同じ髪色の子は、この村ではそう簡単には見つからないのだ。

 今さっき見てきたものと、この状況を合わせて考えると誰かが自分に見せていると考える方が自然である。


『どうして?誰が私にこれを見せているの?』


 言ったところで、誰かが答えてくれるはずない。

 ただただ、少女がむせび泣く声だけが書庫に響いていた。


 泣き崩れた少女の頭を、無駄だと分かっていながら撫でる。


 もちろん、伸ばした手には少女の感触は無く、すり抜けるだけだった。


『あなたは、どうして泣いているの?』


 メイシアは、彼女の傍らに腰を下ろした。


『ヨンナーヨンナーヨ……』


 何もしてあげれない少女に向けて、出た言葉はそれだった。



 

 どれだけそうしていただろう。

 

 ここは不思議な絵のおかげで閉塞感は無いけれど、洞窟を利用して作られた書庫。

 外の明かりは入ってこない。今現在、朝なのか夕方なのかも分からない。

 

 この子が何で泣いているのかは分からない。

 けれども、もうずっと昔に感じるが、旅に出るほんの少し前、自分もここで泣いたのだ。

 泣かないと、いや、泣いても問題は解決しないと分かっていたとしても、泣かないといられない事もある。

 気が済むまで、涙が枯れるまで泣くしかないのだ。


 カマディから【玉座の君】がロードではないと聞かされた後、一息つく間もなく怒涛の時間を過ごし、まだ整理しきれていない。

 だから結局、ストローに話す事も出来なかった。

 この旅は一体どうなるのだろう……と、半ば他人ごとの様に考える。

 

(私も、この子の様に泣けたら楽なのかなぁ……)


 しかし、玉座の君が願いを叶えるのは簡単だと言ったことは事実だ。


 口約束だけなのだから、信じるしかないのが現状ではあるけれども、この土地まで自分たちをいざなった力や、雪蘭シュエランがした記憶を操作する力を考えると、あながち嘘ではないのだろうと思えるのだ。


 そして、ここまで運ばれてきた以上は、おつかい(・・・・)を成功させないと帰れない。


 とりあえず言えることは、失敗できないおつかいを託された上に、最悪、ふり出しに戻ったのかもしれないという事。

 気分が滅入る。


『はぁー……、』


(だったら、一体ロードさまは何処にいるんだろう……?)


 ぼんやりと、ロードの絵を見る。

 美しく柔らかそうな明るい金髪。陶器の様に澄んだ白い肌。容姿が美しいのは当たり前だが、この世のすべての者に祈りを捧げる神々しい姿。

 誰も汚すことができない、不可侵の清らかさがあった。


(きっとこのように素晴らしい所で祈っていらっしゃるのね……どこなんだろう……、)


 

 と、その時だった。

 書庫のドアが開いたのか、微量の風を感じた。


 微かにドアの閉まる音がすると、確かに誰かが書庫へ入ってきたようで、足音が聞こえる。

 こちらに向かってきているようだった。


 近づく足音に気付いた少女が、ハッと顔を上げた。


 一度、音がする方を見るが、書庫の扉と今いる絵の間には見えない壁があり、もちろんあちら側は見えない。

 しかし少女は蒼白になり 床にうずくまった。そして震えながら、必死に祈りだす。


「お願いします……お願いします……お願いします……!」


 何をお願いしているのかは分からない。

 メイシアには少女がお願い事をしているというよりも、心の底から怯えているように見えた。

 

『どうしよう……』


 メイシアはオロオロするだけで、どうする事も出来ない。

 声を届けることも出来なければ、触れることも出来ない。傍観者なのだ。


 意味が無い事は分かっているけれど、尋常ではない少女の怯え方に、メイシアは、足音の主から少女を守るように立ちふさがった。


『来ないで!』

(どうか、ロードさま……!)


 足音の主のシルエットが見えた。

 

 落ち着いた足取りで、ゆっくりとこちらへやって来る。

 メイシアは背中で少女の震えを感じていた。

 

 この少女の、怯え方から言って、きっと凶悪な何かなのだ。

 そう思うと、傍観者であるメイシアもここから逃げ出したいような恐怖を覚える。


 逃げたい衝動を押さえつけながら、シルエットと対峙する。


 徐々に近づき、絵の明かりが足音の主を照らし出した。






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