101話 エトランゼ 1/16
メイシアは、あの日の夢を見ていた。
(またこの夢……、)
何処か覚えのある夢。少し前まで忘れていたはずの印象の良くない夢。
幼いころのカップ村の花祭りの夢だ。
憂鬱になるが、メイシアの意思とは裏腹に夢は止まってはくれない。
しかし、どんな悪夢であっても……そう、夢の中であったとしても両親に会いたい。
心配そうな顔をした両親がいるはずなのだ。
そんな思いで両親を探し、メイシアは辺りを見渡した。
メイシアはこの夢の展開を知っている。
牧師が自分を抱き上げ、それを両親が見ている……、はずなのだ。
なのに、おかしい。どこを探しても両親がいない。
村の人々は、歓声を上げ喜びに沸いている。
その中にいるはずの、一目でもいいから見たいと願う顔。
(どこ?お母さん!お父さん!)
見渡すがやっぱり見つからない。
しかし一組だけ、記憶の中の両親と重なる表情をしている者達がいた。
沸き立つ群衆とは、明らかに違う感情……、今にも泣きだしそうな、辛そうな。
その二人を、牧師に抱えられた自分が見ている……のを自分が眺めている事に気が付く。
メイシアはハッとした。
気が付いたのだ。牧師が自分の知っている牧師では無いと。
そして、女の子も自分では無い。
自分と同じ濃い色の栗毛の髪の子だったので気が付かなかった。
いや、自分の夢なのだから自分が視界の中にいる事が、まずおかしいのだけれど、あまりに知っている状況だったので混乱してしまう。
どう考えても、自分の記憶を巻き戻して見ているような、そんな状況。
なのに、そこには自分がいない。
それを牧師の横で見ているのだ。
濃い色の栗毛はこの村ではとても珍しかった。
みんなはもっと明るい色だったのだ。
小さい頃は、みんなと違う事が嫌で「なんでお母さんみたいなブロンドじゃないの?」と泣いたのだが、ある日、
「メイシアの髪は誰よりも艶があって綺麗よ。誰とも違う綺麗な髪なのにどうして嫌うの?それにメイシアの緑色の瞳。これも誰とも違ってとっても綺麗。お母さんは大好きよ。」
と言われ、それから人と違う事を恐れなくなった。
もし自分のような違う色の髪の子が村に生まれたら、同じように言ってあげようと思っていたのに、自分のような髪色の子供は生まれなかった。
だから、自分以外の同じ髪の子が村にいるなんて予想外過ぎたのだ。
(……これは誰?)
もう一度周りを見渡す。
(私の……、夢じゃない?)
しかし何度見渡しても、町の様子は自分の生まれ育ったカップ村で間違いがない。
(そう、そこの角のお店は金物屋さんをしていて、赤い文字で看板が……)
と民衆の隙間から覗くと、角の建物は店でもなかった。看板が上がっていない。
(……ここは何処?)
と言ったところで、カップ村には違いが無いのだ。それにはついては断言できる。自信がある。
見慣れた谷間の町の広場。
そこの注がれる清らかで無垢な光。浄化され幸福な気持ちになる、いっぱいの花の香り。
こんな村が世界広しと言えども同じ場所があるはずがないのだ。
メイシアがそのようなことを思案しているうちに、牧師が女の子に跪き、手の甲にキスをした。
もちろんメイシアはこれも知っている。くすぐったくて嬉しかった。あの時は。
そして牧師の傍らには、あの時と同じように小瓶に入った液体が用意されていた。
それらを不思議な気持ちで見つめる。
(これは……どういう事なの?)
メイシアの意に介す事無く、儀式は進む。
次の展開ももちろん知っている。
牧師は傍らの小瓶に入った水を、女の子の頭からかけるのだ。
(そうだ、止めないと。あの水……、きっとあれがいけない。)
メイシアは自分の記憶の中では、あの水が注がれた瞬間、意識が無くなった。
そして今となっては、それこそが自分の運命を狂わせた元凶のように感じられる。
その証拠に女の子の両親と思われる二人は、記憶の中の自分の両親と同じように泣いている。
牧師が小瓶に手を伸ばした。
『ちょっとまって!その水、かけちゃダメ!』
咄嗟にそれを取り上げようと、メイシアも手を伸ばし、小瓶に触れようとした瞬間。
『え?』
小瓶が手をすり抜けた。
何事も無かったように、小瓶は牧師の手に握られて、栓が抜かれる。
『ねぇ!牧師さま!お願いやめてっ!』
牧師には……というよりも、その場の誰もがメイシアの存在に気が付かないようで、そのまま瓶は女の子の頭の上で傾けられた。
『ダメーっ!』
必至に手を差し出し、水を受け止めようとしたが水は手のひらをすり抜け、女の子の頭へ注がれた。
注がれた水は、あの時と同じように頭から下に滴り落ちることなく、女の子の中に浸透していく。
そして、メイシアの視界が真っ白に消えていく。
『え?何?ちょっとまって!まだ確かめたい事があるのに!』
自分が気を失ってからの事を知りたかった。
あの後自分は一体どうなったのか……
しかし無情にも視界は真っ白になり、恐怖にメイシアはしゃがみ込んだ。