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第9話 application

「じゃーん、こんなの見つけてきたっす」


 美織はTシャツをたくし上げて一体なにを見せつけるのかと一瞬びっくりしたが、取り出したのは1枚のフライヤーだった。まるで凶弾から身を守る鉄板の要領でそんな紙切れをTシャツの内側にしまわないで欲しい。僕は美織がまさかここでストリップでも始めてしまうのかと思って質の悪い冷や汗をかいた。


「……なんだよこれ」


「何ってフライヤーっすよ、高校生バンド選手権の。……あっ、フライヤーと言っても、揚げ物を揚げる機械じゃないっすよ?厚めの紙でできたチラシみたいなものの事っす」


「それはわかる、でも明らかにおかしいだろ。もしかして美織はまだ自分がセーラー服を着ても大丈夫だとでも思ってるのか?」


「高校の制服ならまだぎりぎり着れる気がするっす!サイズ的に!ただ、セーラー服じゃなくてブレザーっすけど」


 100歩譲って美織がブレザーを着ることができたとして、果たして誰が得をするのだろうか。いやいや、そんなことはどうでもいい。なんでまたこんなフライヤーを美織は持ってきたのだろうか。


「これに出ましょうって話っすよ!私らならいけるっすよ」


「………やっぱり頭のネジ一本飛んだのか?」


「そんなのは最初から飛んでるっす。それよりもこの端っこに書いてある文言を見てくださいっすよ」


 美織に言われるがままに僕はフライヤーの端っこに書いてある参加条件についての詳細を読み始めた。よくもまあこんな小さい字で印刷できるもんだなと日本の印刷技術に感心していると、そこには驚くべきことが書いてあった。


「参加条件は『バンドメンバーに高校生がいること』、つまり……?」


「うちのバンドには桃ちゃんがいるから出られるって事っすよ」


 バンドメンバーに高校生が入っていればいいのであれば、その他のメンバーは何歳でも構わないというのだ。つまり極端な話、17歳高校生と100歳のおじいちゃんと0歳児のユニットでもいい。何だその奇っ怪なユニットは、何を演奏するか凄く気になるじゃないか。


「――んで、これに出ようってわけか」


「はいっす。私の見積もりなら地区予選くらいならぶっちぎって勝てると思うっすよ?」


「随分と根拠の薄い見積もりもあったもんだな………」


 高校生主体のバンドコンテストとはいえ、おそらくは将来的にプロになるような面々も出場してくるだろう。だから僕自身、自分たちがそう簡単に勝ち進んでいけるとは全く思っていない。ただ、僕の書いた曲とこのメンバーでどこまでやれるのかという事については僕自身気になっていたので、参加すること自体はやぶさかではない。


「……まあ、桃子がなんて言うかだな」


「構わないわよ」


 いきなり背後から回答されてびっくりした。振り返るとそこにはたった今帰ってきたばかりの桃子が立っているではないか。桃子といい先程の美織といい、うちの女性陣は忍びのスキルかなにかを持っているのかというくらい気配を消して近づいてくる傾向がある。


「じゃあ決まりっすね、私が応募しておくっすよ」


 美織はスマホを取り出してフライヤーに印刷されたQRコードを読み取ると、導かれたウェブサイトの応募フォームに入力を始めた。今時はこういう応募もウェブでできるので、技術の進歩というのは本当に素晴らしい。


「あっ、そういえばひとつ大事なことを忘れていたんすけど」


「なんだよ大事なことって」


「うちらのバンド名、決めてなかったっす」


 そういえば全くそんなことを考えていなかった。応募にはもちろんバンド名の入力が必要なので、急ではあるけれどこの場でバンド名を決めておく必要がある。ただ経験上、急ごしらえで決めたバンド名というのはしょうもないものになりがちだ。


「そんなのどうでもいいのよ。寮の食堂で決めたんだから『Dining room in the dormitory』くらい適当でいいわ」


「おー、流石桃ちゃん、英語の勉強の成果出てるっすね。じゃあそれにするっす」


「おいおい、本当にそんなんでいいのか?」


「別にどうだっていいわよバンド名なんて。大体、脩也がクビにされた『Andy And Anachronism』だって大概じゃない」


 確かに古巣のバンド名は賛否両論あるというか、どちらかというと否のほうが多かった気がする。それでもメジャーデビューまでしているのだから、あまりバンド名にこだわるだけ労力の無駄かもしれない。ちなみに、古巣のバンド名に関しては僕は一切関わっていない。それだけは分かってほしい。


「せっかく参加するんだから思いっきり暴れてやりましょ。爪痕という爪痕を残していくのよ」


「賛成っす。高校生なんかに負けてらんないっすよ」


 斯くして我がバンド『Dining room in the dormitory』は高校生バンド選手権に応募することになった。無駄に意気込んでいる女性陣を横に、僕はまたいつもの通りため息をついて肩をすくめた。

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