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第8話 room

 高等部の中間テストが終わり、衣替えのシーズンとなった。学生寮の管理人である僕は、寮生の冬服を集めて馴染みの業者にクリーニングをお願いしたり、共有スペースの絨毯を夏物に交換したり、各部屋のエアコンの点検や掃除などといった、寮特有の季節仕事に追われていた。

 昔、清掃のアルバイトをやっていたおかげで、この手のエアコン掃除はお手の物だ。あまりに酷い物は専門業者に任せるとして、自分で出来そうなところはできる限り自分でやっている。そして浮いた予算で何か他のことが出来ないかなとか考えながら作業をしていると、あっという間に一日が終わっていった。残りはまた明日という感じだ。


「脩也、明日私の部屋のエアコン掃除の予定でしょ?ついでに隣の空き部屋のエアコンもやってくれない?」


 寮の食堂にて夕飯の途中、僕の斜め前に座りながら茶碗を持つ桃子が、鶏の照り焼きを食べながら話しかけてきた。……そういえばこいつ、いつも一人で飯を食べているけれど、寮内に友達いないのか?まあいいや、そこまで僕が口を出すこともないだろう。


「隣の空き部屋……?何でだよ、誰か使ってるのか?」


「私が使ってるの。主にトレーニング用で」


「トレーニングって……、お前まさか、寮内でドラム叩いたりしてないよな?」


 一応、寮の規則で室内における楽器の演奏は禁じられている。その昔に吹奏楽部の部員が夜中までサックスとかトランペットを鳴らしまくっていたおかげで制定されたらしい。


「そんなことしてないわよ、誰かさんが規則にうるさいから叩きたくても叩けないの。――ただの筋トレ用よ」


「筋トレくらい自分の部屋でやれよ。……まあいいや、時間があればやっておく」


 桃子は僕の了承を取り付けると、両手を合わせて『ごちそうさま』と小さくつぶやき、食器を片付けて自室に帰っていった。なんだかんだ挨拶はできるし身の回りの事をちゃんとできるし、育ちはいいのだと思う。僕に対してはやや横暴なくせに。

 遅れて僕も食事を終えると、厨房にある業務用の食洗機に食器という食器を詰めて洗浄をする。寮の食事自体はパートのおばちゃんが作ってくれるけれど、洗い物は僕の仕事。寮生20人そこらの食器を流石に1回では全部洗い切ることはできないので、何回かにわけて食洗機を回す。洗浄を待っている間は僕の夜間のちょっとした休息タイムだ。

 スマホをいじって音楽系のニュースサイトを読み漁る。僕の古巣『Andy And Anachronism』というバンドは、全国ツアーをやりながら次のアルバムのレコーディングを並行するという超ハードスケジュールらしい。何事も最初が肝心というのはバンドでも同じようで、忙しいうちが華だろう。

 未練がないかと言われたら正直なところありありなのだけれども、今のこの生活だって悪いものではない。この生活のおかげで『誰かのために働く』事が性に合っていることも分かったし、日々少しずつやってきた事が実を結んで来ているような気がしてきて嬉しかった。

 そんなことを考えているうちに食洗機のアラームが鳴った。僕はまた次の食器を入れて食洗機を回す。今はまだ、こんな感じでいい。


 翌日も僕はまた寮のエアコン点検と掃除に追われている。粗方の部屋は作業完了したけれども、やはり何か気後れみたいなものがあるのか、桃子の部屋を最後に残してしまっていた。とりあえず時間もあることだし、彼女がトレーニングに使っているという隣の空き部屋から手を付けることにしよう。

 ドアを開けると思った以上に殺風景だった。部屋の中にはヨガマットとかダンベルとか、どこにでも売っているような簡単な筋トレ器具ばかり置いてあった。そして他には、打楽器の練習用によく使われるスタンドがついたゴムパッドが数個と、ドラムスローン、バスドラムを叩くペダル、あとはメトロノームが置いてあった。おそらくは桃子が基礎練習に使っているのだろう。

 ……なるほど、確かにこいつらは楽器じゃないから規則違反にはならない。しかしながら本物の楽器ほどではないが音と振動が出るので、桃子がわざわざ人気のない建物の最果て区画に住んでいる理由がなんとなく分かった気がする。案外隣人には気を使っているようだ。その気をもう少し僕に使って欲しいと思ってたけど、多分無理であろう。


 我ながら素晴らしい手捌きでエアコンの清掃を終えて試運転をすると、汗ばんだ肌に涼しい風が入り込んできてなんとも心地よい。このまま仕事を終えてひとっ風呂浴びてしまいたい気分は山々だが、最後の一部屋がまだ残っている。僕は掃除道具を抱えて桃子の部屋の前に来ると、マスターキーを使って鍵のかかったドアを開けた。

 その瞬間目に飛び込んできたのは部屋中に干された洗濯物だった。ブラウスとか靴下とかキャミソールとかブラとかパンツとかパンツとかパンツとか……。


「桃子め……、あれほど予め部屋を片付けて置くように言ったのになんてやつだ……」


「まあ女の子の洗濯物はなかなか外には干せないっすからね、しょうがないっすよね」


「ましてや集団生活だもんな……、なかなか外になんて干せるわけない………って、美織、いつの間に!?」


 扉を開けてため息をついていると、まるで忍びのように美織が僕の横にいた。声をかけられるまでひとつも気配を感じなかっただけに、僕は一瞬なにか幻覚を見ているのではないかと美織の存在自体を疑う羽目になった。


「いやー、シフト表見間違えて今日仕事だと思ってたら休みだったっす。なので遊びに来たっすよ」


「こんな平日の昼間に学生寮へ遊びに来るやつがどこにいるんだよ」


「いるじゃないっすかここに。先輩は何してるんすか?もしかして、桃ちゃんの部屋を漁ろうってやつっすか?」


「んなわけあるか。寮内のエアコンというエアコンを掃除してるんだよ。たった今桃子の部屋に取り掛かろうとしたところにお前が来たの」


「なるほどそうだったんすね。それにしても、桃ちゃんの下着は年相応って感じで良いっすね」


「……ノーコメントで」


 別に特段派手でもなければ地味すぎることもない桃子の下着は、美織の言うとおり年相応ってやつなのかもしれない。これから年齢を重ねたらちょっと派手になったり過激になったりするのだろうか。もしくは、もっと生活感が出て地味になるのだろうか。どのみち僕にはあんまり関係ないのだろうけれど、否が応でも想像をしてしまうというのが男の性である。情けない。

 そして大人二人で女子高生の部屋に干されている下着をまじまじと眺めている姿は本当に滑稽である。この片割れが美織じゃなかったらリーチ一発イッパツ平和ピンフジュンチャン三色サンショク一盃口イーペーコードラドラで3倍満貫、相手が親だったら即終了ってところだ。


「とりあえず、この洗濯物は作業の邪魔になりそうっすから隣の空き部屋に寄せとくっすね。先輩、なんかやりにくそうっすから」


「……ああ、頼む」


 美織が洗濯物を退かしてくれたおかげでなんとか作業は滞りなく終わった。もし美織が来ていなかったらと思うと少しゾッとする。

 片付けも済んで食堂で缶コーヒーを飲んで一息ついていると、便乗するように美織も自販機でミルクティーを買って僕の斜め前に座った。


「そういえば先輩に見せたいものがあって来たの忘れてたっす」


「なんだよ見せたいものって」


「えっとっすねぇ……」


 そう言って美織は自分の着ているTシャツをたくし上げた。


 待て美織、何を見せる気だ……?

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