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第73話 fire

 学園祭の全日程が終わると、お約束のキャンプファイヤーが始まった。

 学生たちは解放感も相まって皆ワイワイと騒いでいる。願わくば僕も混ざりたいところであったが、今はそれどころではない。


 僕は職務放棄して勝手にライブを行ってしまったわけなので、案の定理事長室に呼び出された。これが副理事長室であったならば京介になんとかしてもらえたのかもしれないが、今回はガチのマジで京介や瑛神の父親である理事長の案件らしい。下手をしたらクビだ。

 僕は楽しかったライブの反動なのか、まるで何かの禁断症状のようにグロッキーな顔をしていた。そんなわけで、なんとか力を振り絞って理事長室の扉をノックするのが精いっぱいだった。


「――寮の管理人の伊勢です。お呼びということで参りました」


「入りなさい」


 意を決してドアノブを捻った。部屋の中はいかにも理事長室という想像通りのレイアウトが広がっていて、一番高そうな机にこれまた私がボスだと言わんばかりの表情で理事長が構えていた。

 僕はもう間違いなくクビになるであろうと高をくくっていたおかげで、頭の中は恐怖よりもこれから先の仕事をどうしようとか、また実家にもどって肩身の狭い思いをしなければいけないのかとそんなどうでもいいことを考えていた。


 すると、理事長から出てきたのは意外な言葉だった。


「伊勢君、本当に君には感謝している」


「えっ……?」


 虚を突かれるとはまさにこのことだろう。


「話は京介から聞かせてもらった。君のおかげで私はいくつも助けられたよ」


 ひとつは息子である京介の話。大学時代、孤独に押しつぶされそうだった京介と友達になってくれてありがとうということ。もしも僕がいなければ、立派に副理事長の職務をこなす今の京介はいなかっただろう。

 もうひとつは瑛神の話。引きこもりで将来を絶望していた三男坊に希望を与えてくれたということ。もしも僕に出会えていなかったら、瑛神は狭い部屋に閉じこもりっぱなしの人生を送っていたかもしれない。

 そして最後は桃子の話。以前京介に感謝されたように、もともと門限破りが多かったり成績が良くなかったことを改善したことはもちろんのこと、それによって桃子がこの学園にもたらした影響もかなり大きかったようだ。

 平たく言えば桃子の留学先であるアメリカの学校や、有名人である朝日小梅とのコネができたという話だ。僕は自分の為にしか動いてこなかったつもりであるのに、不思議と人を救っていたのかもしれない。不思議なものだ。


「そうそう、先ほどの演奏も中々格好よかったじゃないか。――聞けば本来出るはずだった演者がボイコットしたとか。そんな急な場面でもあれほどの演奏ができるとは素晴らしい」


「い、いえ、そんな大層なことはしていませんよ。……ただ、みんなの協力があったからです」


 偉い人に褒められるということがこれまでの人生で一度もなかっただけに、死ぬほどむず痒い気持ちだ。

 でもそれにしたってこんなタイミングで言うことないだろう。別に学園祭の後じゃなくてもこんなことを言う時間ならいくらでもある。

 すると、理事長は僕が疑問を持ったことに気が付いたようだった。


「なんでこのタイミングで?という顔をしているね。それはね、君に任せたい役割があるからだよ」


「任せたい役割……、ですか?」


 理事長は咳払いをして話を続ける。


「明日、この学園の総会がある。そこで私は理事長から身を引くつもりだ。新しい理事長には京介を推そうと思っている。伊勢君には、京介を助けてやって欲しい。――もちろん、寮の管理人も引き続き頼むよ」


 要するに理事長の補佐とか秘書的な役割を任命されるわけだ。クビになると思っていた入室前の僕からしたら、まるで天地がひっくり返るような話である。

 もちろん、親友の京介のためならその任務をこなすことなどやぶさかではない。二つ返事で了承した。


 なんとも紛らわしいタイミングで呼び出されたのは勘弁してほしかったが、割と好き放題やったのにお咎めなしだったのはありがたい。そして、これからもう少し忙しくなりそうなのが僕にとって救いだった。明日桃子が旅立ってしまったあとの僕の心の穴を誤魔化すためには、忙殺されるのが一番いいと思ったからだ。


 用件が済んで理事長室を出ると、そこには桃子が立っていた。


「遅かったじゃない。随分こっぴどく叱られたのね」


「ああ、誰かさんのおかげでな」


 皮肉っぽく僕が言うと、まるで自分が悪いなんて全く思っていないのか悪戯な笑みを桃子は浮かべる。やれやれと肩をすくめるのもこれが最後かと思うと少し寂しい。


「まあいいわ、ちょっと遅くなったけどさっさと行くわよ」


「行くってどこに?」


「後夜祭と言ったらキャンプファイヤーの周りでフォークダンスするに決まってるじゃない。……ほら、一緒に踊るわよ」


 僕はいろいろと桃子に言いたかったことがあるはずなのだけれども、とにかく今は踊り明かすのも悪くはないかなと思った。


 この気持ちはずっと心の奥にしまっておくことにしよう。

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