第72話 birthday
開幕から余力を残そうなんて気は全く無かった。その証拠に1曲目からキラーチューンである『Genius』だ。まるで同時刻にメインステージで行われている僕の古巣『Andy And Anachronism』に宣戦布告するかのように高らかな爆音を放つ。
思えばこの曲はバンドの始まりの曲だ。あの日、スタジオに入った僕と桃子がこの曲を演奏していなければこんなドラマみたいな日常も、素敵な仲間とも出会えていなかったのだ。改めて僕のことをクビにした古巣バンドのメンバーには感謝をしなきゃいけない。
そんな皮肉を込めた感謝の気持ちを歌うかのように、『Genius』が終わるとMCも挨拶も挟まずすぐ2曲目の『ハローグッバイサンキュー』を始めた。
ダークなサウンドのままゴリゴリと進むのかと思わせて、サビでポップな4つ打ちになるというギャップのある曲。『Genius』が僕らの始まりの曲ならば、この曲は自分自身の存在を証明してくれた曲。あの古巣との対バンオープニングアクトの日、この曲でオーディエンスの気持ちを掴めていなければバンドをそれ以上続けようなんて思わなかったかもしれない。
会場には一旦出て行ったはずのお客さんが戻り始めていた。もちろん先ほどまで朝日小梅というビッグネームがステージにいたということもあるだろうが、今日ぐらい自分の実力のおかげだと自惚れても誰も咎めないだろう。
本来歌うはずだったchokerの二人と大きく異なるのは、僕らが録音されたトラックを使うようなアーティストではなく愚直なまでのライブバンドだったということ。こんな大ピンチもチャンスに変えてしまうような打席が回ってきたことも奇跡と言えば奇跡だけれども、必然と言えば必然なのかもしれない。
とにかく今言えるのは、バンドをやっていてよかったということ、バンドは本当に楽しいのだということ、これに尽きる。
これまた間髪を入れずに3曲目の『ROCKSTEADY』を鳴らす。伊勢海老Pこと僕の出世作、泥臭く前へ進むという強い思いを込めた曲。決して順風満帆な物語などない、ただ続けていれば必ず視界は開けてくる、限界なんて走り続けた後で知ればいい。そんな歌だ。
不思議なことにサブステージの客席は前列から順々に人が集まってくる。最前列では警備担当の男子生徒が慌てふためいている。一時は中止にになりかけたライブがここまで盛り返すなんて誰も思っていなかったのだろう。まるで田舎の公立高校が甲子園で強豪を倒して勝ち上がるかのような、そんな番狂わせの展開にも似た雰囲気にオーディエンスは酔いしれていた。
惜しいことにステージの持ち時間は限られている。どうあがいても次の曲が最後になってしまう。
僕はちらっとステージの袖を見ると、度会姉妹の姉ライカがGOサインを出しているのを確認した。
「次で最後の曲です、スペシャルゲストをお呼びしましょう」
するとステージ上のスクリーンには、プロジェクションマッピングの要領でバーチャルキャラクターの美少女が映し出された。その姿はまるでモナリザのような優しい顔で、綺麗な銀髪が靡いているおかげでどこか神秘的だ。
そう、スペシャルゲストはバーチャルシンガーのレイラだ。本来はchokerの2人とのコラボの予定であったが、それが潰えた今、レイラを出すならここしかないと楽屋でこっそり相談したのだ。
「うわ!『レイラ』じゃん!マジかよこんなところで見られると思わなかった!」
「それにしても一体何者なんだあのバンド……? chokerなんかより全然良いじゃないか」
「あのギターボーカルって寮の管理人さんじゃない? ……ほら、バンドやってるって言ってたし」
「えっ……、尾鷲さんのお母さんって朝日小梅なの!?」
一瞬静かになった会場からはいろいろな反応や噂話が聞こえてくる。本音を言えばこういう驚きの様子をもっとじっくり眺めていたいのだけれども、そんな余裕がないのが実に惜しい。
『こんにちは、バーチャルシンガーのレイラです。出てきて早々最後の曲ですが、よろしくお願いします』
レイラがバーチャルモデル越しにあいさつをすると、桃子がこれまでにないほど大きな声でカウントを取りながらスティックを叩いた。そして4人で場の空気を雪だるまのように音圧で押し固めて、それを惜しげもなく客席へ解き放った。
最後の曲は『Birthday』、僕がバーチャルシンガーレイラに贈ったデビュー曲。本当ならレイラに対して誕生おめでとうと贈った曲なのだけれども、今この状況ではちょっと意味が変わってくるかもしれない。
4人で鳴らす最後の音、これが終わればまた僕らは新しい人生が始まる。不安と期待にあふれている門出を祝うような、新たな人生を歓迎するようなそんな音。
丁寧に丁寧にレイラは歌い上げる。そして演奏をする僕らは、その一音一音をまるで胸に刻みつけるかのように力強く鳴らした。
最後のEコードを鳴らし終わったとき、僕は泣いていた。
アンコールも追加公演もない、そんな最後のライブが幕を閉じた。




