第70話 tieing
桃子が見つからないまま、サブステージのタイムテーブルは最後の枠を迎えようとしていた。
結局chokerの二人組はへそを曲げたまま楽屋から1歩たりとも出ようとはせず、その空いた枠を僕がなんとか埋めようと奔走した。しかし、瑛神、レイラ、美織、柚香さんと順調に協力を得られて来ていたのに、最後の1ピースである桃子がどうしても見つからなかった。
あれほどまでに学園祭ロックフェスに出ようとしていた桃子なのだから、この話を聞いたらすぐにでもドラムを叩く準備をするはず。だから絶対に逃げるようなことなんてしないと僕は信じている。聡明な桃子のことだ、何か考えがあるのだろう。
自分にそう言い聞かせ続けていたわけだが、ついに開演時間の10分前になってしまった。
「師匠!美織さん!お待たせしました!!機材持ってきましたよ!」
息を切らしながらやってきたのは女の子にしか見えない格好をした瑛神だった。
「……瑛神くん?なんでそんな可愛らしい格好をしているんすか?」
「そ、それは後で説明します……。それより美織さん、僕の部屋にこれしかベースがなかったんですけどこれでもいいですか……?」
瑛神はベースケースから取り出したのはサンバーストカラーの美しいリッケンバッカー4001だった。
「こここここここここれはっ……!りりりりりりりりりりりりりリッケンバッカー4001じゃないっすか!!!」
「いやいや、テンパるにしてもリアクションが過剰すぎるだろ……」
「過剰にもなるっすよ!これ、いくらすると思ってるんすか!」
「さ、さあ……?20万円くらい?」
「……先輩の楽器に対する金銭感覚の疎さには逆に尊敬するっす」
なにやら呆れられたのか、久しぶりに美織からバカにされたような言葉を浴びた。……なんだよ、20万円のベースだって十分高級だろう。
そしたら美織から金額を耳打ちされた。なるほど、その値段なら驚くのも無理はない。
「1970年代前半製……。瑛神くんは本当にお金持ちっす、貴族っす」
「……だな。女装もかつては貴族の嗜みだったらしいしな」
「ちょっと2人とも……?何言っているんですか?」
と、冗談を交えていられたのもつかの間。どんどん開演時間が迫ってきた。
そして桃子はまだ来ない。
僕も瑛神も美織もそわそわした表情に変わってきた。このままでは本当にトリの枠が空枠になってしまう。そうしたら単に盛り上がりに欠けるだけでなく、伊織や他の実行委員の生徒達が作り上げてきたこのロックフェス自体を台無しにすることになる。せっかくの学園祭だ、できればそんな結末を迎えることだけはしたくない。
「……仕方がない。僕が時間を稼ぐ」
瑛神が持ってきてくれた黒いSGをケースから取り出し、僕はステージへ上がった。
観客の皆はchokerが出てくるとばかり思っていたようで、こんなアラサー男が一人ギターを担いで出てきたものだから、みんな豆鉄砲を食ったかのような表情をしている。
でもやるしかない。絶対に桃子が来ると信じてこの場を繋ぎ止める。
アンプで適当に音作りを済ませると、僕はスッと息を吸って6弦の5フレットと5弦の7フレットを刻み始める。歌詞の発音には自信がないけれども、先日のセッションオフ会で何度も歌ったから完全に覚えている。
「先輩の歌っているこの曲って……」
「ビートルズの『Get back』……。まさか師匠、桃子さんが来るまで延々と続ける気ですか……!?」
ステージ袖では美織と瑛神がやや慌てている様子が見て取れた。でもそんなの気にしてはいられない。今ここで『Get back』を止めたら、それこそすべてが終わってしまう気がしたからだ。桃子が来るまで何分でも何十分でも続けてやろう、そんな気持ちだった。
オーディエンスは案の定シラけ気味だ。無理もない。アイドル2人組を見に来た人たちにとってしたら、なんの茶番かわからないような一人舞台なんて見るに値しないのだ。騙されたと思って立ち去る人もちらほら見える。
こりゃあ人生最大級の大恥だなと自嘲しながらも、曲は二回り目に突入する。
すると、僕のギターの音以外の音が聞こえ始めた。具体的に言うとベースともう1本のギターの音。
僕はびっくりしてステージの左右に目をやると、美織と瑛神が各々楽器を構えていた。
「先輩ばっかりステージに立つとかずるいっす。私にもせっかくのリッケンバッカー弾かせてくださいっす」
「師匠だけに恥ずかしい思いさせたくないので、お邪魔します」
僕は心の中で二人にありがとうと言い、曲が途切れないように演奏を続けた。
厚みを増したアンサンブルはひたすら『Get back』を奏で続ける。ドラムのビートこそ無いが、誰が聞いても僕らが奏でる『Get back』だ。
それでもステージとオーディエンスとの間に流れる空気はまだ重い。人数が増えたところでこのままではビートルズのコピーバンドでしか無いのだ。
桃子、早く来てくれ。頼む。
僕らが僕らの音を奏でるために、お前が必要なんだ。




