第68話 devil
その時の僕は、まるで悪魔に取り憑かれた感じだったと思う。
まず最初に瑛神へ電話をかけた。十中八九レイラとのデート中であるとは思うが、こんなときぐらい師匠からの無茶振りに応えてくれてもいいだろうというパワハラ上司みたいな気持ちだった。
「瑛神かっ!今何処にいる!?」
『い、今はちょっとやんごとなき場所に………』
「それじゃあわからないだろ!一体何処にいる!」
僕の怒涛の勢いに瑛神もびっくりしたのか、電話越しに驚いている顔が浮かぶ。本人は誤魔化してもしょうがないと観念したのか、あっさりと居場所を吐いた。
『れ、レイラの楽屋です……』
「レイラの楽屋? どういうことだ?レイラも出演するのか?」
『実はレイラ、サプライズでchokerと共演することになっているんですよ。もちろんバーチャルの姿で。……まあ、僕は別件でここにいるんですが』
「わかった、今からそっちへ行く。話は会ってからだ」
『ええっ!?今から来るんですか!? し、師匠……、後にしませんか?』
「今からじゃないと間に合わないんだよ!つべこべ言うな!」
まるで桃子が乗り移ったかのような傍若無人っぷりを発揮した僕は、その場にいた伊織に教えてもらってレイラの楽屋にたどり着いた。
そして扉を勢いよく開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「瑛神頼む!お前の持ってるきざ……、誰だお前……?」
楽屋の中にはウキウキで化粧道具を握るレイラと、もうひとり見たことのない女の子がいた。
瑛神はレイラの楽屋にいると言ったはずなので嘘をつかれたのかと一瞬思ったが、どうやら違うようだ。
「あっ、伊勢さんこんにちは。どうですこの瑛神くんのバッチリきまった感じ、最高に可愛くないですか?」
「瑛、神……? なのか? お前、何やってるんだ?」
レイラからバッチリメイクアップされていたのはもしかしなくとも瑛神だった。化粧とは怖いもので、もとの瑛神の面影が無いくらいバッチリ女の子になっている。
「実は女装コンに瑛神くんをエントリーしようと思っておめかししてたんですけど、思った以上に出来が良くてびっくりなんですよ。これなら優勝できちゃうんじゃないかなーって」
「確かにぶっちぎり優勝できそうなクオリティだ。………いや違う違う!そんな事を言いに僕はここに来たんじゃない!」
少し過呼吸になりかけていたところをなんとか自分自身で落ち着けて、ゆっくりと空気を吸って吐き出した。呼吸がもとに戻り、僕は本題を切り出す。
「せっかくメイクアップまでして申し訳ないんだけどさ、緊急事態なんだ。瑛神、機材を持って来てくれ」
「………師匠、端折り過ぎて話が見えないです」
「出るんだよこのロックフェスに。急に代打のチャンスが回ってきた」
瑛神は『マジですか!?』といつもより大げさに驚いた。
「他のみんなには伝えたんですか?」
「いや、これから行く。だからその間に寮から機材を持って来てくれ。頼む」
「それは構いませんけど………、この格好でですか?」
瑛神は顔面をおめかしされているだけではない。レイラの趣味なのか本人の意向なのかよくわからないが、ギャザーや刺繍がふんだんに使われている衣服を身に纏ってフェミニンなコーディネートがなされている。細身の瑛神ゆえなのか、不思議と余計に似合っている気がするのがこれまた面白い。
「……大丈夫、似合ってるから誰にも違和感持たれやしないさ」
「師匠!それは全く褒められてる気がしません!」
「いいから早く持ってこい!師匠命令だ!」
すると、瑛神はおそらく人生で一番渋い顔を浮かべながらレイラの楽屋を出ていった。
彼(?)には悪いが仕方がない。
「……もしかして、またchokerが何かやらかしたんですか?」
一人取り残されたレイラは、メイク道具を片付けながら僕に訊いてきた。
「さすがレイラ、カンが鋭いな」
「やっぱり……。実はこの間もとあるイベントで一緒したんですけど、ステージがショボいだの楽屋が狭いだの言って先方を困らせていたんですよね」
「……常習犯だったのか。たちが悪いな」
僕はひとつタスクをこなしたという疲れと、問題児に対する呆れを混ぜてため息をついた。
一方のレイラはメイク道具を片付け終わると、なにか思いついたのかまた別の準備を始めようとしていた。
「伊勢さん、もしもステージに立つなら『あの曲』をセットリストに入れてもらえませんか? 私もちょっとお手伝いさせてください」
僕はレイラのその提案に賛成した。どうせやるなら派手な方がいい。
まるで余ってしまった花火全部に点火して、いっそ空を明るくしてやろうと言うような、祭りのあとのあとの祭りという気持ち。
ここまで来たら徹底的にやってやる。




