第67話 pinch
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学園祭ロックフェスのタイムテーブルが中盤から終盤に差し掛かろうとするとき、異変は起きた。
サブステージの進行係を務める鈴鹿伊織は、トリを担当する「choker」の2人の準備が進んでいるか確認するために楽屋に向かった。
すると、2人の入っている楽屋の扉に手をかけたとき、伊織は異変に気がついた。扉に鍵がかかっているのだ。
伊織は当初、着替え中なのだろうと思って扉を軽くノックしたのだが2人からの返答はなかった。
何度も何度もノックをするのだが、一向に返事はない。流石に扉の向こうで何か事件が起きているのではないかと彼女が焦り始めたところで、ドアの下の隙間からメモ書きの紙が向こう側から投げ込まれた。
『こんなしょうもないステージに出る気はない』
その紙を見た瞬間、伊織は焦った。この2人が出演を拒むのであれば、自分たちで作り上げてきたこのロックフェスが壊れてしまう。桃子をはじめとするこの件に関わったすべての人たちの協力を無にすることになるのだ。そんな恐ろしい情景が頭に浮かんだ伊織は、兎にも角にも「choker」の2人を説得するためにドアを叩く。
「お願いします!あなた方が出演してくれないとこのフェスは成り立たないんです!だから開けてください!お願いします!」
何度も何度も扉を叩く伊織ではあるが、楽屋の奥からは全く返事がない。
巷では問題児と噂されていた2人ではあったが、流石に出演をボイコットしたという話はなかったので安心していた。むしろそれすらパフォーマンスの一つであると思ってただけに、伊織はこうなることは予想できなかった。
とにかく自分一人ではどうしようもできないと思い、彼女はロックフェス実行委員の責任者に連絡を取った。
程なくして責任者である実行委員長が現れ、先程の伊織同様にドアを叩くのだが返事はない。そして伊織は痺れを切らしたのか、それとも焦りからか、楽屋の鍵を開けるためにマスターキーを借りてこようと思い立った。
「――それは駄目だ、大事になってしまったらロックフェスどころか学園祭が中止になる」
伊織は実行委員長のその言葉に舌唇を噛んだ。しかし考えればわかること。出演者の承諾なしに施錠された楽屋をこじ開けるなど、コンプライアンス重視のこの時代にはやってはならない。もしこれ以上の大きなトラブルに発展したとき、一介の学生である伊織も実行委員長も責任など取れないのだ。
「……仕方がない、こればかりは彼女たちが考えを変えてくれるまで待つしかない」
「でも、本当にボイコットされちゃったら……」
「問題が起こるよりはマシだよ。――そうなったときは運のつきだと思って諦めるしかない」
「そんな……」
諦めも肝心と言いたげの実行委員長であったが、伊織は伊織で親友である桃子のためにこのイベント自体を綺麗にやり遂げたいという気持ちがあったおかげでショックを隠せなかった。
そして実行委員長はお手上げといった感じで撤退し、伊織は楽屋の前に立ち尽くした。
そんな呆然とした表情の伊織の前に、同じように呆然とした表情の男が偶然通りかかった。
「――あれ?伊織ちゃん? どうしたんだよこんな所でぼーっと立ってて、具合でも悪い?」
「……伊勢さん、助けてください」
現れたのは脩也だった。彼は彼の理由でボーッと考え事をしながらこの近くをずっとふらついていたのだ。
「助けてくれって……、何があったのさ? ――もしかして、ここの楽屋の人たちのこと?」
脩也は脩也で先程ここの楽屋の中にいる2人組に嫌というほど罵声を浴びさせられたので、伊織も同じように嫌がらせをさせられていると思っていた。それだけに、伊織の必死の説明もすんなり頭に入ってきた。
このままではサブステージの最後の出演枠が空枠になってしまう。そう伊織から聞かされた脩也は、かつてないほどの大ピンチであるということを瞬時に理解した。
しかし、大ピンチであるはずの局面なのに不思議と脩也の心の奥底は湧き立ち上がっていた。
「伊織ちゃん、その件だけど、僕に任せてくれないかな? 大丈夫、必ずなんとかしてみせる」
こんな千載一遇のチャンスを彼は待っていたのだ。




