第64話 regret
桃子の留学の話はすぐにバンドメンバーへ知れ渡った。そして緊急のミーティングと銘打って近くのファミレスに4人集まった。寮の食堂に集まっても良かったのかもしれないけれど、あまり他の学生たちに悟られたくないということで外に出た。
「桃ちゃん、それ……、本当に本当なんすか……?」
多忙な中やっと仕事を終えてやって来た美織は、席につくなりそう桃子に問いかけた。
「……そうよ。本当に本当」
「そんな………、あまりにも急過ぎるっすよ!」
「……ごめんなさい」
珍しく桃子は素直に頭を下げた。こればかりは自分に非があると思ったのかもしれない。
「いつか話さなきゃいけないとは思っていたのよ。でも、なかなか言い出せなかった。……そしたらこの間、出発の時期を早めようってお母さんに言われて、………本当にごめんなさい」
繰り返しの謝罪に、美織をはじめとした僕らメンバーは返す言葉が無い。
「謝らないで欲しいっす。……だって、桃ちゃんは悪くないっすもん」
美織は一生懸命フォローしようとするけれども、桃子は黙ってしまった。
この件に関して本質的に桃子が悪いわけではない。留学してアメリカの音大を目指すというのは並の人間にできるものではないし、桃子の能力をさらに伸ばすための最高のチャンスとも言える。そこへ自ら足を踏み出そうとしているのだ、僕らが止められる理由もないし、止めたところで桃子は振り切ってしまうだろう。
ただ、僕にはどうしても知りたいことがあった。
「……なあ桃子、どうして今の今まで一言も話してくれなかったんだ? もしかして、いきなり僕らの目の前からいなくなるつもりだったのか?」
「そんなつもりは無いわ。………でも、ギリギリまで隠していたかもしれない」
「何でなんだよ、僕らは仲間じゃないか! ギリギリまで黙っていようとしていたなんてそんなのないだろ!」
僕は思わず声を荒げてしまったが、抑えてくださいと瑛神に諭されてふと我に返った。
バンドメンバーである僕らにこそ一番に相談をして欲しかった訳だけれども、桃子には桃子の言い分がある。
「理由はひとつよ。みんなは優しいから、言ってしまったら絶対私に気を使うことになる。そんな雰囲気でバンドなんてやりたくなかったのよ」
ギリギリまで何も知らないほうが最後まで楽しくバンドが出来る。それが桃子の一番の理由だった。
その言い分は理解できた。多分、自分が同じ状況に置かれたら僕だって桃子と同じことをするかもしれない。
ただ、残される側からしてみたら、それはより悲しく感じてしまう。想像もしたくないけれども、朝目が覚めたらなんの予兆もなく桃子がどこか遠くへ行ってしまっていたら、僕は悲しみのあまり心にぽっかり穴が開くだろう。
何か桃子のために出来たことがあったのではないかと後悔するにはまだ早いのだけれども、手を打つにはもう遅すぎる、そんな状況に僕らは置かれていた。
「――ちなみに、出発はいつになるんですか?」
唯一平静を保っている瑛神がそう言い出すまで、誰も何も言えずに沈黙が流れていた。確かに肝心の出発日の事については何も知らない。母親から早いほうが良いとは言われたらしいけれども、具体的にいつになるのかによって僕らにできる事も変わってくる。
例えば、まだ少し余裕があるのならば1本ぐらいライブを演ったっていいし、何かしらの思い出作りぐらい出来るかもしれない。
しかしながら、桃子から返ってきた答えはさらに頭を悩ませるものだった。
「出発は10月25日。――学園祭の翌日よ」
「ちょっと待ってくれよ桃子!それじゃあライブも壮行会も何もできないじゃないか!そんな急過ぎる出発予定なんて――」
「……先輩、気持ちはわかるっすけど、落ち着いてください」
「ごめんなさい、こればかりはどうしようもできないの」
いつになく小さく見える桃子の姿を見て僕は我に返った。そして、これは変えることのできない運命なのだと悟った。
僕らのバンドは、きっとここまでだ。




