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第61話 beer

 コンビニでキンキンに冷やされていたサッポロビールを手に取りかごに入れると、他にもいくつかおつまみを選定しようと店内をだらだらしている。一方で弥生はいつのまにか500mlのチューハイを僕のかごの中に入れていて、なんだかんだで僕が奢ることになっている。こういうところは誰かに似ていて抜かりない。


 お会計に向かうとレジを打ち込むアルバイトの少年のような少女と目が合った。その子は先日、パトロール中の僕が図らずも揉め事から救ってしまった子で、桃子の親友だという鈴鹿すずか伊織いおりだった。彼女は青と緑を基調としたコンビニの制服を着ていて、僕と目が合うなりちょっと気まずいような恥ずかしいような顔をした。


「あっ、この間の……。えっと、伊織ちゃん……だっけ?」


「覚えていてくれたんですね。嬉しいです」


 伊織はそう言いながら淡々とバーコードを読み取る。何か悟られてはいけない、今は仕事中だと言わんばかりの手つきであっという間にかごの中の商品をすべて読み取ってレジ袋へ入れた。


「1890円です。お支払いは?」


「現金で。――学園祭実行委員もやって、アルバイトもして大変だね」


「いえ、そんなことないです。私がやりたくてやっているので」


 彼女恥ずかしそうに目線を下向きにしたまま、千円札2枚をレジへ取り込んですぐさま110円のおつりをレシートとともにトレーに乗せて返してきた。

 僕はその釣銭を財布にしまおうとすると。会計が済んだことを確認した弥生が横から割って入って、酒とつまみの入ったレジ袋をかっさらっていった。伊織が弥生を見たその瞬間、僕の気のせいでなければそれまで彼女の表情に帯びていた熱っぽさが一気に引いていったように思えた。


「ほら、はよ行こうや。ビールもチューハイも冷たいうちに飲まんと勿体ないやろ?」


「わかったわかった、……仕方ないなあ。――それじゃあ伊織ちゃん、また後で」


「……はい。ありがとうございました」


 伊織が最後に見せた表情のせいだろうか、店を出た後も何か心には罪悪感が残った。でもよく考えたらそれもそうかもしれない。いかにも真面目そうな彼女のことだ、寮の管理人が女連れで酒を買いに来るところなんて見ていて気持ちのいいものではないだろう。彼女にはちょっと悪いことをしてしまった。


 一方で自由気ままな弥生は、店を出るなりレジ袋からチューハイを取り出してプルタブを起こした。余程アルコール耐性に自信があるのか、『STRONG』の表記がある度数の高いチューハイを選んでいた。過去にそういう酒で悪酔いをした記憶がある僕は、最早缶をみるだけで尻込みするようになっていた。


「レジにいた子、知り合いなん?」


「うちの学園の生徒だよ」


「へぇ~、寮の管理人は女子高生の知り合いが増えていって役得やね」


「そんなわけあるか。いろいろ気を遣うせいで大変なんだ」


 弥生は缶チューハイを一口飲んで続ける。


「そうやろなあ、大の大人が女子高生に手出したりなんてしたらエライことなるもんなあ」


 僕はその瞬間はっとした。当たり前のことではあるが、世間的にはよっぽどのことがない限り女子高生に手を出すと弥生の言う通りエライことになる。そんなことは最初の最初からわかっていて、自分自身にも耳が痛くなるくらい言い聞かせていたはずなのだけれども、弥生に言われる今の今まですっかり抜け落ちていたのだ。フジロックに行ったあの日に気づいてしまった桃子が好きだという気持ちは、正真正銘のタブーだ。


「……いきなり黙り込んでどうしたん? もしかしてもう手を出したん?」


「んなわけあるか! ……万に一つも出すもんかよ。そういう仕事なんだから」


 弥生に半分だけ言い当てられてしまったことに焦ってしまった僕は、気を紛らわすために買ったばかりのビールを袋から取り出して開けた。心理状態によって味覚というものは変化すると言われるらしいが、心なしかいつもよりビールが苦く感じた。


「でもそれはそれで大変やなあ、修行僧みたいやわ」


「修行僧って……、そんなに禁欲的でもないよ」


「そうなん? 私が同じ立場やったら3日でクビになる自信あるわ」


 それはいくらなんでも貞操観念薄すぎだとツッコミを入れると、まだまだツッコミのレベルが低いと弥生に笑われた。そのあともお酒が回って来たのか弥生流のジョークは止まらなかった。この子は天才的に笑い話をするのが上手いし、もしかしたら僕が少ししょんぼりとしているところを彼女は見抜いていて、元気づけてくれているのかもしれない。


 そのあとも酒を飲みかわしながら弥生と話し込んだ。そして部屋に戻るとたまっていた疲れが出てしまったのか、僕はすぐ寝てしまった。

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