第59話 session
秋の3連休、いわゆるシルバーウイークに入ったわけなのだがとても暇だ。休みだというのにバンドの練習もない。かと言って欲しいものを買いに行くようなお金もない。そんな空虚な休日でこの連休を浪費するのは人生の無駄と言える。
桃子は何やら母親に会いに行くと言って東京に行ってしまったし、美織は学園祭シーズンという繁忙期のおかげでバタバタしている。取り残されたように暇を持て余した僕は、どうせレイラといちゃいちゃしているんだろうと高をくくって瑛神へ電話をかけてみた。すると、意外にも暇していると言う返答が帰ってきた。
どうやらレイラはバーチャルシンガー関連で色々やることがあるらしく、瑛神に構っている暇がないとかなんとか。師匠が師匠なら弟子も弟子だと言う感じで、僕ら男性陣は女性陣から雑な扱いを受けられがちである。
「師匠、せっかく暇なんですからセッションをしましょうよ」
「もうお前と2人でセッションするのは飽きた」
寮の食堂で扇風機の風を浴びながらガリガリ君を齧る僕は、瑛神のありきたりな提案をサラッと一蹴した。しかしながら瑛神はまだ何か考えがあるのか、自分のスマホを取り出して何やら画面を見せてきた。………どうでもいいが瑛神の手帳型スマホケースに挟まっていたレイラとのプリクラ写真を僕は見逃さなかった。さり気なく見せつけてくるのがなんとも苛立たしい。
「そう言うと思ってました。だからバンドセッションのオフ会に参加するよう手配しておきました」
「オフ会でセッション……?」
瑛神が言うにはウェブサイトやSNSで参加者を募っているバンドオフ会に参加しようというわけだ。しかも、場所は名古屋市内で飛び入り参加OKというご都合主義っぷりである。……まあ、見ず知らずの人と上手にセッションできるような腕前ではないけれども、勉強しに行くという点ではやぶさかではない。左手の怪我が治っておまけに新しいギターも買ったわけだ、ちょっと他人のギタープレイから刺激を受けておくのも悪くはない。
「でもなんで突然オフ会なんかに?」
「実はとある人からお誘いがありましてね。――覚えていますか?『Metallic woman』のドラムの人」
「ああ……、あの関西弁のキツいマッシュウルフの……」
「そう、彼女は川越弥生さんっていうんですけど、実はSNSで相互フォローなんですよね」
瑛神はかなりのネット中毒だけれども、どうやら川越弥生も相当なネット中毒らしい。高校生バンド選手権が開催されるずっとずっと前にはもう、この2人は相互フォローだったとかなんとか。
とりあえず参加してみるだけ参加してみようということで、僕は堕落してすっかり重くなってしまった腰を上げた。部屋に戻ってギターやら何やらを準備すると、すっかりバンドワゴンとしてこき使われている僕の黒いミニバンに荷物と瑛神を積み込んで国道1号線を西へと走らせた。
オフ会会場となる貸スタジオには10人ばかり集まっていて、各々楽器を構えては旋律を奏で合っている。さすがに僕よりも数段楽器が上手い人だらけで少し尻込みをしてしまったが、割とオープンな雰囲気ということもあって一度演奏を始めてしまえばあとはどうってこと無かった。
ひと演奏終えて瑛神と一緒に少し休憩を取っていると、向こうから関西弁の女、川越弥生がやってきた。
「ホンマに伊勢さんを連れて来てくれたんやねー!さすが御曹司!」
「御曹司……?」
聞き慣れない名前で呼ばれている瑛神のことを見ると、少し気まずそうな表情で答える。
「あ、ああ……、『御曹司』は僕のハンドルネームです。………一応間違ってないでしょう?」
確かに三男ではあるが御曹司なのは間違いない。それを自分からハンドルネームにして名乗るあたり、ちょっと自虐的に自分の立場を使っているように見える。なんとも瑛神っぽい。
「いやー、ずっと伊勢さんに会いたかってん。この人あの伊勢海老Pなんやろ?おまけにライブもかっこええし男前やしもう幸せやわー」
「い、いや、ちょっと褒め過ぎだよ……、そんなに大したもんじゃないって」
「そんなん謙遜せんでええって。――そや、これから一曲演らへん?まだ今日全然演奏できてへんからウズウズしとんねん」
弥生はドラムスティックをぐるぐる回して手首の準備運動をしている。彼女のスレンダーボディから伸びるその腕の動きはしなやかで、桃子がもう少し大人になったならばこんな感じになるのかなと思った。
他のドラマー、しかも女性のドラマーを前にしてまで桃子の事を思い出してしまうあたり、僕は相当桃子にぞっこんなのかもしれない。プレイヤーとしても、一人の女性としても。




