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第57話 cover

 学園祭が近づくにつれ、その準備が段々と本格化してきた。校内では放課後になるとあちこちで出し物の練習や展示の製作が行われている。僕は生徒指導部から依頼された仕事を全うすべく、あまりかっこいいとは思えない緑色の腕章をつけて学園内の安全パトロールをしていた。

 あちこちでダンスや演劇の練習、合唱部の声出しなんかが行われていて校内はとても賑やかだ。そんな表舞台に立つ面々が練習を重ねる一方で、それを裏方で支えるような生徒たちも着々と準備をしていた。家庭科室をのぞいてみると衣装制作のためにミシンの取り合いが起きていたり、その隣の調理室では出品する食べ物の試作が行われていたり、これはこれで青春の麗しい1ページだなと思いながら僕は巡視をした。

 しかしながら生徒数の多いこの学園では、深刻な作業スペース不足が起きているように思えた。各クラスの教室や理科室や家庭科室などの特別教室だけではもはや足りなくなっていて、廊下や部室で作業する生徒も見受けられる。こういう人目の届かない場所で作業するようになると、往々にしてケガやトラブルが起こりやすい。警備会社に勤めていた頃に先輩がそんなことを言っていたなと思い出した。

 幸いにもそんな現場に出くわすことはなかったので一安心だ。安全パトロールをしなくてもいいくらいに平和なのが一番望ましい。


 しばらく巡視を続けていると、先日桃子が友達と作業をしていた空き教室の前を通りかかった。すると、その部屋の中からは何やら電動工具でベニヤ板を切っているような音が聞こえた。僕は念のためその部屋を覗いてみると、中には木材をカットしている男子生徒と、その生徒をなにか問いただすように話しかけているもう一人の生徒がいた。――問いただしている方の生徒には見覚えがある。桃子の友達だというあの中性的な子だ。


「だから何度も言っているじゃないですか、この部屋はロックフェスティバルの運営委員が使う部屋なんです。勝手に使わないでもらえますか?」


「なんだよケチ臭いなあ。誰もいないんだからちょっとぐらい作業部屋として使わせてよ。ただでさえ作業場所が少ないんだからさあ」


「それでもダメなものはダメです!こっちは予め生徒会と先生方にこの場所を使うと申請しているんですから、勝手に使われると困るんです」


 何やらこの空き教室の使用をめぐって男子生徒と桃子の友達の間で押し問答が繰り広げられているようだった。男子生徒との言う通りただでさえ作業できるスペースが少ないので、ましてや電動丸鋸で大きなベニヤ板をカットするような場所をとる作業なんてなかなかできる場所がない。ただ、空いているからと言って勝手に使うのはマナー違反だ。そういう小さなトラブルから大事に発展するケースだって少なくない。とある養豚農家の1匹のブタが他人の畑のジャガイモを齧ったことがきっかけで軍隊出動する羽目になったという出来事だってあるのだ。こういう小さないざこざは芽が小さいうちに摘んでおきたい。

 僕はゆっくり足を踏み出してその空き部屋に入った。経験上、こういういざこざはどちらかの側についてしまうと拗れてしまいがちなので、僕は少しおちゃらけた口調で2人の間に入っていった。


「はーい、毎度お馴染み安全パトロールでございます」


 今思うとこのつかみは完全にスベったと思う。あまりにも導入が不自然すぎる故、男子生徒は怪訝な顔をしているし、桃子の友達は虚を突かれたようにキョトンとしている。


「……なんだよ、生徒指導部のパトロールが何の用なんだよ。今こいつと話し合いをしているんだから構わないでくれよ」


「そうもいかないんだよ。それ以上に君に忠告しなきゃいけないことがあってね」


 男子生徒はどうも腑に落ちないらしく、さらに顔をしかめて僕のほうを見てきた。


「忠告しなきゃいけないことだって?なんか俺が悪いことしたって言うのかよ」


 僕はまるでライブで歌い出す直前のように息を吸って肺に空気を取り込むと、言い間違えないようにはっきりと発音して男子生徒へ忠告した。


「悪いも何も、電動丸ノコの安全カバーを外したまま使うやつがどこにいるんだよ。そんなものを使ってたら指がいくらあっても足りないぞ」


 男子生徒はてっきり作業場所の取り合いについて忠告されると思っていたようで、改めて自分の使っていた丸ノコを見て少しだけ反省の色を見せた。


「そ、それくらい注意して使えば大丈夫だろ!」


「大丈夫じゃないから忠告しているんだよ、第一こういう電動工具は労働安全衛生規則で――」


 僕はいかにカバーのない工具が危険かということを長々と男子生徒に語っているうちに、彼はもう面倒臭くなったのか話をはぐらかしてどこかへ行ってしまった。そして結果的に場所の取り合いに関する揉め事も無かったことになったわけだ。


「ふぅ……、ちゃんと安全に使ってくれるかなぁ彼」


「あ、あの……」


 そういえば男子生徒とこのスペースの取り合いをしていた桃子の友達がいたことを僕はすっかり忘れていた。その子は相変わらずのショートカットで中性的な凛々しい顔をしていて、ぱっと見では男なのか女なのかわからない。そしてその声も女子にしては低め、男子にしては高めのこれまた中性的な声でなんとも判別がつきにくい。仕方がないので服装に目をやると、松栄学園ブランドとも呼ばれている、可愛くて人気の高い女子の制服であるセーラー服を身に纏っていた。


 ………ん? セーラー服?女子の制服?


「………えっ? 君は女の子だったの!?」と言い出してしまいたくなる気持ちをぐっと押さえて冷静になる。

 もしかしたら男かもしれないと少しモヤモヤしていた訳だったのだけれども、どうやら桃子の友達は女の子のようだ。………いや、男でも女でもモヤモヤしている僕のほうがおかしいわけなんだけれども。


「あっ、あのっ! た、助けていただいてありがとうございます!」


「い、いや、別に助けた訳じゃないからそんなに感謝しないでくれよ……。あれは単純に危ないことをしていたわけだから」


「そ、そういうこともちゃんと見てて凄いなって思います!か、かか、かっこいいです!」


 その子はなんだか話し慣れていないのか、物凄く緊張した口ぶりで僕に尊敬の念を込めた言葉を投げかけてきた。顔も真っ赤にしているし、もしかしたら物凄い恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。


「本当?そう言ってくれると嬉しいよ」


 その言葉を軽くあしらうように受け流すと、特に長居する理由も無いので、僕は引き続き安全パトロールをしようとその場を立ち去ることにした。


「あ、あの! お、お名前は……?」


「名前……? 伊勢脩也って言います。寮の管理人やってます」


「ぼ、ボク……、いや私は、鈴鹿すずか伊織いおりって言います!こ、この学園祭のロックフェスの運営担当やってます!よろしくお願いします!」


 伊織は一人称が『ボク』であることを気にしているのかはよくわからない。しかしながら、顔を真っ赤にしてまるで体育会系の部活のように名を名乗る伊織の初々しさに僕は少しほっこりとしてしまった。


 今日のところはこれくらいにして僕はその場から立ち去った。伊織の印象としては真っすぐで活気のある体育会系女子というイメージだったので、桃子は良い友達を持ったなという、お節介すぎる保護者のような気持ちになった。何様のつもりなんだ僕は。

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