第52話 friend
『尾鷲桃子、学校に友達いない説』
珍しく桃子不在でスタジオに入った僕と美織と瑛神は、休憩中いつの間にかそんな話をしていた。確かに寮の中ではいつもひとり、もしくは僕の席の近くで飯を食っているし、部活もやっていなければ休日にバンド以外の用事で外出していくことも滅多にない。
桃子が友達と一緒に大須商店街あたりでクレープなんかを食べている姿を少し思い浮かべてみるが、違和感がありすぎて脳がコンパイルエラーを吐き出しそうだ。どちらかというと尾鷲桃子という女の子は馴れ合うより一人で行動するのが好きだし、クレープ屋より一蘭みたいな仕切りのついた豚骨ラーメン屋のほうが好きだろう。ただ、そんな桃子の状況を作り出しているのは他でもないバンドメンバーの僕らであることを忘れてはいけない。
「なんだか私たち、桃ちゃんの青春を奪っちゃっている気がしてきたっす……」
愛機のフェンダー・ジャズベースを担いだ美織が、申し訳なさそうな表情をしながらそれをスタンドに立てかけた。バカに明るい性格の美織は僕の目から見てもかなり友達が多くて顔が広い印象がある。大学時代、ベースばっかり弾いて留年していたわけだけれども、それ以外の留年の原因としてたくさんの友達から遊びに誘われたというのもある。そんな美織のコネで助けられたことも多々あるので、友達が多くてさらにその関係を維持できることはやはり武器だ。
「桃子のことだからそんなこと全く気にしていない気はするけどな。――でもやっぱり高校生のうちに友達がいないのはちょっと寂しいな」
「同感です。高校生のうちに絶対友達は作っておいた方がいいと思います」
一方の瑛神はあまり友達が多くないクチだ。おとなしめの性格ということもあるが、それ以上に瑛神の抱えるバックグラウンドが大きく影響しているだろう。何を隠そうこの松栄学園一族でありいわゆるボンボンなのだ。近寄りがたいと思う人もそれなりにいる。彼の兄であり僕の同級生である京介もそんな感じだった。彼も僕と出会って心を開いていなければ、今現在この学園で副理事長を務めるということもなかったかもしれない。
かくいう僕はまあ人並みといったところだろうか。高校、大学と軽音楽部にいたおかげでそれなりに人付き合いはあるけれども、美織に比べたら全然敵わないし、もちろん引きこもりの瑛神よりはまだ社交的な自負がある。横のつながりの大切さがなんとなくわかってきた故に、僕は一匹狼で青春時代を駆け抜けてしまいそうな桃子に少しお節介を焼きたくなっている。
「でも絶対そんなお節介したら桃ちゃんは嫌がるっすよねー。ステージ後方からスナップの効いた村上“ポンタ”修一モデルのスティックが飛んできそうっす」
「それはまずい、死人が出るぞ。主に僕」
「桃子さんのことだから、師匠の急所を絶妙に外して長く苦しむように攻撃して来そうですね」
「うっ……、想像できるが故に生々しい……」
冗談めいた話であるように見えるが桃子ならやりかねない。それほどまでに自分の意思に反することをされるのを嫌うのだ。でも、僕自身のエゴを言えば桃子にそんな独りよがりの青春なんて送って欲しくはない。普通の高校生であることのほうが幸せだと思うことだってあるはずだ。
「……そういえば、今日はなんで桃ちゃんは練習に来られないんすか?」
「詳しくは僕もよくわからん。ただ、学校に残ってやらなきゃいけないことができたってメッセージが来ただけだ」
「それってなんか怪しくないっすか? ここまでの文脈的に、今までの桃ちゃんじゃそんなことあり得ないはずっす」
「いやいや、さすがに考えすぎだろう。どうせ成績が悪くて補習を受けているとかその程度だろ?」
そんな感じで僕は高をくくってヘラヘラしていた。一方隣で顎に手を添えて探偵のような立ち振る舞いをしている瑛神は何かに気づいたようだった。
「友達はいなくても、『彼氏』がいる可能性はあるわけですよね?いや、彼氏がいなかったとしても今まさにこの瞬間、誰かから告白されている可能性も……」
「まさか……、放課後に男子から呼び出されてしまったから急遽練習に来られなくなったって事っすか?」
「いやいや、桃子がそんな色恋沙汰に現を抜かすようには見えないだろう」
僕が冗談だろと一蹴すると、美織がそれを突っぱね返してきた。
「それこそ桃ちゃんをナメすぎっすよ! 桃ちゃんとはいえ高校生の女の子っす。恋愛に興味が無いなんてありえないっす!」
吉田茂のバカヤロー解散ばりに声を張り上げた美織の圧に僕はのけ反ってしまった。桃子に限ってそんなことはないだろうと勝手に思っていた僕であったが、考えてみたらどこにもそんな保証はない。ぽっと出の好みの好青年が桃子の前に現れてコロッと乙女の顔に変貌してしまってもなんらおかしくはないし、むしろそれが自然ともいえるのだ。そして、そんな感じで簡単に靡いてしまう桃子を想像して、ちょっと胸がチクっとしてしまった。寮の管理人である今の僕は、そんな気持ちなんて抱えてはいけないのだ。
「と、とにかく、この話題は終わり。あんまりスタジオの練習時間も無駄にできないんだから、集中してやろう」
という感じで僕はこの話題から逃げた。しかしながら、言い出した本人が一番集中できていなかったのを美織と瑛神は間違いなく感じ取っていただろう。




