表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/75

第51話 photograph

 バンドの集合写真、いわゆる『アー写』を撮ろうと言い出したのは、晴れてうちのギタリストとなった松阪まつさか瑛神えいしんの想い人である度会わたらいレイラだった。

 確かにバンド活動をする上で写真くらいあってもいいだろうと、皆の満場一致で撮影することになった。そうなると必然的にカメラマンを連れてこなくてはならなくなる。今どきのスマートフォンを使えばそれなりにクオリティの高い写真をパパっと撮ることぐらいなんでもないのだけれども、専門家が撮る写真と比べてしまうとその違いは素人目にも明らかに分かってしまうのが現実。ただ、僕らにはそんなコネもなければお金もない。


「それなら、うちのお姉ちゃんにお願いしたら手っ取り早いですよ」


 レイラは駆け出しのカメラマンをやっているという姉に写真を撮らせたらいいと提案してきた。あとから考えたら、このときのレイラは姉に写真を撮らせたかったように思える。

 そうなると断る理由もないのでとんとん拍子に話が進み、あっという間に撮影が始まったわけだ。撮影が始まるといろいろな場所で4人の集合写真的なものを撮ったり、楽器を構えた各々の写真を収めていくわけなのだけれども、どうも僕の表情が硬いらしくちょいちょい物言いが入る。こればかりは仕方がない。昔から写真を撮られるのはどうも苦手なのだ。


「うーん、もうちょっと自然な表情にならないかなー?特にボーカルギターの人」


「ぼ、僕ですか……?」


「なーんか表情硬いんだよねー、緊張してる?――それとも女の子ばっかりで気が気じゃない感じかなー?」


「い。いえ、別にそんなことは……」


 初対面なのにまるで居酒屋の絡み上戸なおじさんみたいに馴れ馴れしいカメラマンはレイラの姉、度会わたらいライカだ。どうでもいいが度会姉妹はラ行を欲張りすぎではないかと思う。おそらく度会家のPCのキーボードは『R』のところだけ無駄にすり減っているに違いない。あとツッコミを入れるのであれば、ライカという名前に反して使っているカメラがキヤノンであることだろうか。このへんは詳しくないので言及しないでおいたほうが良さそうだ。


「やっぱり硬いねー、表情の硬い男の人って結構多いんだけどそれって損だよー?硬いのは腹筋と上腕二頭筋と股間だけに――」


「……お姉ちゃん、いつものテンションはやめてって言ったでしょ」


「ごめんごめん……、ついついいつものノリでねー」


 ライカのいつものテンションというのはこれ以上に居酒屋のおじさんっぽいノリなのだろう。それくらいは想像に難くない。

 それよりも僕の表情筋の硬さを何とかしなければならない。ヨーグルトとか塩麹に漬け込んで柔らかくなるような代物だったらよかったのだけれども、いかんせん写真を撮られることが苦手な僕はどうしても硬くなってしまう。


「じゃあ一旦休憩にしよーか。緊張をほぐすには会話したり自然に笑ったりすることが大事だからねー、おねーさんが会話のネタになるアレを特別にやっちゃうよー」


「お姉ちゃん、『アレ』ってなに?まさか変なことじゃないよね?」


 妹のレイラでさえ知らないような秘策がライカにはあるらしい。僕は一瞬嫌な予感がして半歩後ろに下がったが、その様子をしっかり桃子と美織には見られていた。2人とも笑いをこらえてくすくすしているので、あとでまたこの件についてイジられるに違いない。ちくしょうめ。


「実はねー、副業で占いをやっているんだよねー。最初はこんな感じに緊張をほぐすためにやってたんだけど、案外当たるってちょっと評判になりましてねー」


 カメラマンの副業で占い師ができるものなのか甚だ疑問ではあるが、この際何でもいい。早いことこの硬い表情を紐解いて撮影を終わらせたい。

 ライカはちょうど撮影場所として使用していた寮の食堂のテーブルに何やらタロットカードのようなものを広げ始めた。そしてそれだけでなく易者さんがよく使っているような竹ひごの束と水晶玉を取り出して机の上に置いた。


「さあ、手相を見せてください」


 笑顔で僕の手を見せてくれと乞うライカ。一体どこからツッコミを入れたらいいのかさっぱりわからない。そのカードと筮竹ぜいちくと水晶玉は何のために存在するのだろうか。これだけ用意してどんな占いをするのか少しワクワクしていただけに肩透かしにあったような気分だ。


「うーん、パッと見た感じ女運が強そうだねー。もしかして伊勢さん結構女の子にモテちゃう人?」


「……いや、全然全く」


 その瞬間なぜか殺気に似た冷たい視線を感じた気がしないでもないが、無視しておくことにしよう。僕自身の肌感覚としては、女性にモテているという感覚は無いのだから嘘は言っていない。


「ほほーん、じゃあ無自覚にモテてるのかもねー。でもそれもここまでかもねー」


「それは……、これから先はモテなくなるってことですか?」


「いや、違うよー? これからは多分、自覚せざるを得ないくらいモテるようになるってことだよー」


 まさかそんな馬鹿な。……まあでも、こういう占いっていうのは当たっているようで当たっていないようなのが常だ。どうせ女は女でもメスの犬とか猫に懐かれるようになるお決まりのパターンだろう。そういうわけであまりこの件について深く考えないことにした。


 肝心の僕の表情の硬さは幾分緩和されたようで、占いが終わるとすんなりと撮影が進んだ。今時はPCを使っていろいろ修正もできるらしく、出来上がりを楽しみにしてくれとライカが豪語して撮影はお開きになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ