第43話 souvenir
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脩也の黒いミニバンは新東名高速をひたすら東へ進み、休憩のために駿河湾沼津サービスエリアへ止まった。このまま大きな渋滞に巻き込まれなければ1時間半~2時間程度で東京に着く。旅程はとても順調だ。
桃子はずっと助手席側の窓から外を眺めていた。脩也がずっと彼女の様子がおかしいことを気にかけているが、桃子はまるでそれを受け流すような素振りでいる。
桃子はなんとなくモヤモヤとしていることがある。きっかけは瑛神が加入したあの日のこと。瑛神は脩也のことを師匠と慕い、瑛神と仲良くしていたレイラという女の子も脩也のファンであると言っていたことに起因する。
脩也を評価したり慕う人間がどんどんあらわれ始めたのは、桃子の思惑通りであると言ってもいい。しかし、いざ脩也の周りに人が集まってくると彼の中で自分の存在が小さくなってしまっているのではないかと、いわれのないもどかしさのようなものを感じているのだ。そんなモヤモヤがずっと桃子の中で渦巻いていて、考えれば考えるだけ無駄とわかっていてもその事が気になってしまう。ここ最近、桃子が脩也に対して素っ気ない態度をとっているのは、彼女なりにモヤモヤしていることを悟られないようポーカーフェイスを演じているつもりなのだ。
車から降りた桃子は特にやることもなく売店のお土産コーナーを眺めていた。沼津のサービスエリアとはいえ、売店には隣県のお土産まで売っている。何か買い忘れたときには最悪ここで済ませられるなと、桃子はただそう思った。
「おお、ここに『東京ひよ子』売ってるやん。向こう着いたら買う時間も無いんやし先買っていこうや」
「今買うたら腐ってしまうやん……、そんなん後にしようや」
まるで漫才の掛け合いのような関西弁が桃子の耳に聞こえてくると、その声の主と思われる2人組の女子がお土産コーナーへやってきた。そして先にそこにいた桃子を見るなり、その片割れが指をさして驚いた表情を浮かべた。
「あーっ!見てや皐月!この人アレやん、中部地区代表のナントカルームナントカのドラムの子や!」
「弥生姉ちゃん、『アレ』とか『ナントカ』がめちゃめちゃ多いし、おまけに人のこと指差すとか普通に失礼なんよ……。こんなところで騒がんといてや恥ずかしい……」
弥生と呼ばれた女の子はしまったという表情を浮かべて、桃子へごめんねと両手を合わせて謝ってきた。年齢は桃子より2つか3つほど年上で、黒髪のマッシュウルフでややボーイッシュな弥生と、反対に桃子と同い年かそれ以下の幼い顔に、長いストレートの髪が印象的な皐月。会話の内容や顔のパーツがそこそこ似ているあたり、この二人は姉妹なのだろう。
「別にいいわよ。注目されるのは嫌いじゃないわ。――それにしてもよく私のこと知ってるわね」
「そりゃあもう。うちらもあんたと同じ決勝進出バンドやからね」
弥生と皐月の2人は姉妹でありながら同じバンドを組んでいる。妹の皐月はギタリスト、姉の弥生はドラマーで、関西代表として明日の決勝のステージに立つ。
この大会のことなどほとんど意識していなかった桃子であったが、同じ決勝進出バンドとはいえどもいえまるで有名人のように指を差されるというのは結構驚いてしまった。
「中部地区代表の尾鷲桃子、すごいドラマーって噂になっとるんよね。ウチもドラムやってるんやけど、あんたと手合わせ出来んの楽しみやねん。――あっ、すまんすまん名乗っとらんかったな。ウチは川越弥生、こっちは妹の皐月。よろしくな」
「……よろしく。ごめんなさいね、私あまり他のバンドのこと知らないのよ」
「そんならこれから覚えとってくれたらええわ。ウチら『metallic woman』ってバンドやから、またこのあとよろしく頼むわ。ほんじゃ!」
「ちょっと待ってやお姉ちゃん!結局なんも買わんの!?ねえちょっと!」
一体何をしに来たのかよくわからないまま嵐のように川越姉妹が去っていった。1人あっけに取られてキョトンとしている桃子は、そういえばそろそろ出発の時刻だということに気がつくと、小走りで脩也の車の方へ向かっていった。




