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第40話 costume

「うわああああ!!見、見ないでくださいよおお!!!」


 我らが暴君尾鷲桃子の手によって開かれたドアの向こうにはやっぱり瑛神がいた。それだけならまだ良かったのだけれども、神がかり的にタイミングが悪かったみたいだ。


 ――端的に言うと、瑛神は何故かメイド服を着てギターを担いでいたのだ。もともと小柄で童顔な瑛神には、ヒラヒラのメイドエプロンが何故か良く似合っている。更に、彼のお気に入りの1本である渋いジャズマスターとのミスマッチ具合がこれまたなんとも言い難い味を出している気がする。………ここまで脳内で饒舌になってしまうと何か変態っぽく見えてしまうのでよろしくない。


「あれ?伊勢さんじゃないですか。どうもお邪魔しています」


 すっかり瑛神に視線を奪われていたせいで隣でカメラを構える度会レイラのことに全く気が付かなかった。彼女はどうやらメイド服を瑛神に持ちかけた仕掛け人みたいだ。

 しかしながらこの絵面は情報量が多すぎる。一度に大量の魔法カードとトラップカードを出された気分だ。こういうときはスペルスピードの早い順に処理して行くに限る。公式ルールブックにもそう書いてあるから間違いない。


「………なんでレイラがここにいるんだ?」


「えーっと、『弾いてみた動画』がとても伸び悩んで困っているという瑛神くんの手伝いをしに来ました」


「瑛神の『弾いてみた動画』?」


「はい、瑛神くんはいろいろな曲を弾いては動画におさめて投稿しているんですが、とうとう再生数が伸び悩んでしまったみたいで……」


 瑛神はギターの演奏技術向上と備忘録的な用途で、自作ボーカロイド曲以外にもこういう演奏動画を投稿しているらしい。なかなかにストイックなところがある。

 しかし再生数が伸び悩むと人間というものは欲が出てしまうのだろう。おそらくはレイラの入れ知恵でこんな格好をしてギターを弾く羽目にでもなったのだろう。


「それで視聴者の目を引くためにメイド服を着たってわけか………」


「そういうことです。瑛神くん、本当に女の子みたいでめちゃくちゃ似合いますよね!脚も細いし色白だし、これで動画も伸びることに間違いなしです!」


 レイラは何故か楽しそうにしているが、当の瑛神は羞恥のあまり座り込んでしまった。

 本来ならば外から人を呼ぶときには予め僕の方に申請をしておいて欲しかったのだけれども、それを叱りつけるにはあまりにも瑛神が気の毒であったので僕は閉口した。しかしながら、思った感じとは違うけれどもなんやかんや2人の関係は上手くいっているみたいで安心した。


「……脩也、そんなメイド服とか動画とかどうでもいいの、私達はそこの陰キャラに話があって来たわけ」


 桃子がしびれを切らして僕へ肘打ちを入れてきた。彼女の言うとおり、僕らがここに来た目的をすっかり忘れてしまっている。このままメイド服ネタを引っ張ったら僕のほっぺたがひっぱたかれるに違いない。


「すまんすまん、すっかり忘れていた。――瑛神、お前に話があるんだ」


「………お話、ですか?」


「うちのバンドでギターを弾いてほしい」


 僕はできるだけシンプルに短く要件を伝えた。こういう大事な話をするときははぐらかされないように最小限の言葉にまとめるのが効果的だ。

 一方でスカウトされた瑛神は、混乱のあまり何を言われたのかよくわからなくなってしまったようで、返答もトンチンカンだ。


「師匠のバンドでギターを弾くんですか……? それって、メイド服も着なきゃですか?」


「……そんなわけ無いだろ、着用の予定なし」


 瑛神はまだ事態を飲み込めていないようだ。無理もない、もし僕が同じ状況に置かれたならば意味がわからなすぎて全員を追い返すだろう。それくらいこの状況は意味がわからない。


「瑛神くんやったじゃない!ずっと伊勢海老Pの曲でギターを弾きたいって言ってたもんね」


喜んでいたのは隣にいたレイラだった。瑛神とレイラはサークルで音楽のことについて語らう間柄であるので、そんな願望じみたこともお互いに知っているのだろう。


「それは本当なのか?」


「そりゃあもう口癖のように。ね?瑛神くん」


「う、うん……」


「本当か!?じゃあうちでギターを弾いてくれるんだな?」


 こんなに簡単に話が進むのであればそれに越した事はない。できるならば今すぐ美織を呼んでスタジオへ練習をしに行きたいくらいなのだから。


「じ、自信はあまり無いですけれど、師匠がそう言ってくれるなら、是非お願いします」


「ありがとう瑛神! 本当に助かった……」


 僕は溜め込んでいた息という息が全部吐き出されるくらい安堵した。これで少なくとも高校生バンド選手権を棄権する必要がなくなる。そうすれば、美織だって余計な責任を感じなくても済む。



 瑛神の加入が決まったということで彼の部屋をあとにした。どうやらまだまだ彼らは動画の撮影を続けるらしく、今度は邪魔が入らぬよう、ドアロックだけでなくチェーンもかけて二重の策を講じたようだ。


 僕と桃子は改めてマスターキーを使って扉を開けたことを謝罪したわけだが、瑛神もレイラもそれほど怒っていなかったので助かった。暴君っぷりを見せつけた桃子には、後で管理人としてビシッと言っておかなければならない。


「桃子、結果オーライとはいえ流石にやり過ぎだ」


「………別にいいじゃない。どうせみんなあんたのことが好きなんだから」


 桃子は拗ねるというよりも少し落ち込んでいるかのように見えた。いつもなら『私がマスターキーを持ってきていなかったらギターレスで演奏しなきゃいけなかったんだから感謝しなさいよね』とでも言ってきそうではあるので、ちょっと桃子らしくなくて変な感じだ。桃子なりに反省しているのかもしれない。少し問いただしたいところだけれども、もう2度とこんなことをやらないと約束を取り付けたのでこれ以上の言及はやめておくことにする。


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