第37話 responsibility
目が覚めると固いベッドの上だった。視界にはジプトーンの天井ボードが映っていて、鼻をつく独特の清潔感があるにおいも相まって僕は病院にいるのだなと理解した。
「――先輩!! ………生きてて良かったぁ」
「フラワーカンパニーズ以外でその言葉を聞くのはなんか新鮮だな。――ほら、見ての通り元気だよ」
泣きじゃくって目が真っ赤になった美織が、ここにきてさらに追加の涙を流し始めた。台湾まぜそばに丼の追い飯じゃないんだからそこまで泣かないでくれ。見た感じ美織は相当な量の涙を流したのだろう。僕の不注意で心配かけてしまって本当に申し訳無い。
「……まあ、気が付いてよかったわ。ちゃんと気を付けて作業しなさいよね」
「桃子も来てたのか、心配かけてごめんな。……いや、本当に僕の不注意でこんなことになって申し訳ない。全然元気だから、早く退院してバンドの練習しないとな」
「………あんた、その身体でバンド練習ができると思ってるの?」
僕は一瞬何のことかよく分からなかった。頭を打ったわけだけれどもちゃんと意識は戻ったのだから、経過観察で問題が無ければすぐに退院できるだろうと思っていたのだ。
訳が分からないままふと自分の左腕を見ると、そこにはご丁寧にミイラのような包帯が巻かれているではないか。そしてそこで初めて僕は事の重大さに気づいたのだった。
「……これって、折れてるのか?」
「ばっちり折れてるっす。お医者さんが言うには、左手首の骨折で全治2か月ぐらいだろうって」
僕は気が遠くなった。左手首の骨折ということはつまり、ギターが弾けないということを意味している。これが足だったならば、全治まで時間はかかったとしてもまだギターが弾けるので救いがあった。しかし、手首の骨折、しかも誤魔化しのきかない弦を押さえる左手となると、どうあがいてもすぐにギターを弾けるようにはならない。
高校生バンド選手権の全国大会まであと少しだというのに僕のせいで出場の危機に瀕してしまうとは、何とも申し訳なさでいっぱいになってしまう。
「すまん、僕のせいで……」
「いえ、今回ばかりは私も悪いっす。そもそも、先輩をうちの店の作業に駆り出したのが原因なんすから」
「そんな責任の所在を奪い合う会話なんて聞きたくないわよ。――とにかく脩也は治すことに専念しなさい。あと、美織は後でちょっと話があるわ」
最年少ながらリーダーシップあふれる桃子の言動に、オーバーエイジ2人は少し気おされながらも結局は桃子の言うとおりにすることにした。手首が折れているとはいっても全く動かないわけじゃないし、もしかしたら痛みが治まれば弾けるかもしれない。確かに諦めるにはまだ早い。
面会時間が終わるからと言って桃子と美織は病室を出て行った。そして入れ替わるようにやってきた医師から今回のケガについて説明を受けたわけだが、先ほど美織から聞いたことと一字一句変わらなかった。幸い脳しんとうの影響もほとんどなく、明日また検査をして問題がなければ退院できるということで僕は胸をなでおろした。
夜になって消灯時刻を過ぎたけれども僕はボーッと物思いに更け、新しくギターを買ったばかりなのに弾けなくて残念だなとなんとも呑気なことを考えていた。いや、おそらくは他のことを考えないようにしていたのだろう。
この怪我のせいで高校生バンド選手権の全国大会を棄権するようなことがあれば、多かれ少なかれバンド内がギクシャクすることは間違いないのだ。そうなったら立場的にも性格的にも一番気に病んでしまうのは美織だろう。あんな感じで明るく振る舞ってはいるけれども、そういう人間ほどいざという時にめちゃくちゃ打たれ弱い。
何か良い方法を考えなくてはならない。僕のこの怪我をむしろチャンスに変えられるような、そんな一発逆転の策があると信じて。




