第34話 broken
新しいギターの購入の翌々日、僕は約束通り美織が働く楽器屋の棚卸を手伝うことになった。棚卸と言いつつ陳列の並びとかも変更したいらしく、ちょっとした内装工事みたいな作業をやることになった。
僕は脚立に上って天板に腰を掛け、壁に固定されているギターハンガーを移設する作業をしていた。壁にビス止めされたハンガーを逆回転の電動ドライバーでねじを回して外していく。まるで学園祭の後片付けみたいな作業で、懐かしさと寂しさでちょっとセンチメンタルな気持ちになったのは内緒だ。
「先輩、次はあっちの壁をお願いするっす」
「オッケー、ちゃちゃっと終わらせて早くバンドの練習しないとな」
「そうっすね、じゃないとまた桃ちゃんに怒られちゃうっす。――先輩が」
一昨日の瑛神とレイラのキューピッド作戦はそれなりに成功したと言えるのだろう。心なしか、寮で見かけた時の瑛神の表情が少し緩んでいるように思える。ペナルティエリアまでうまいことボールを運んできてやったのだから、あとは瑛神かレイラのどちらかがゴール目掛けてシュートをすればいいだけだ。こればっかりはタイミングがあるだろうから、絶対に間違えないでほしい。
一方で、高校生バンド選手権の決勝大会を目前にして、遊んでいる場合ではないと桃子に釘を刺されてしまった。それゆえ、今日は作業を早く終わらせて沢山バンド練習をしておきたい。
――そんな焦った気持ちが仇になったのかもしれない。脚立から降りようとした矢先、僕は不意にバランスを崩して転落してしまった。とっさに身体をかばった左手に走る激痛と、頭を打った衝撃だけはよく覚えている。
「……先輩!先輩っ!!!!」
美織の叫び声以降は意識がもうろうとしていてはっきりと覚えていない。ただ、これまでに見たことが無いくらい顔をくしゃくしゃにして涙ぐむ美織の顔を、後からなんとなく思い出せた。
病院に運ばれた僕には、脳しんとうと左手首骨折という診断が下されたのだった。
※今回は骨折という描写にしていますが、脚立からの転倒、転落災害は死亡災害になり得るので非常に危険です。脚立を扱う際は補助者を設け、2m以上の高所ではヘルメットや安全帯等保護具の着用を行ってください。また、脚立の天板上に立っての作業や、ひとつの脚立を複数人で使用することは絶対にやめてください。




