第31話 mysterious
瑛神とレイラの所属する『individual』というサークルはストイックに曲作りをするようなサークルだった。瑛神をはじめとしたメンバーが曲を作ってレイラが歌い、それをネット投稿してリスナーの反応を見る。そしてその反応からフィードバックをして次回作へ繋げるという、恐ろしく早いペースでPDCAサイクルを回していく創作グループだ。
見学に来た僕は ほんの少しその活動の様子を見させてもらっただけで彼らの本気度というか熱量というか、そういうものが十分に感じ取れた。僕のようなマイペース人間では到底彼らの境地にたどり着けるようには思えない。
一方で僕が『伊勢海老P』であることをレイラに暴かれてしまった。やっぱりそうですよねと思いがけない邂逅に喜ぶレイラと、言葉が出ないままあんぐりだった瑛神との対比がかなり面白かった。……いや、面白がっている場合ではないのだけれども、瑛神はその後素直に事実を受け入れていたように見えたので、ひとまず僕は安心した。しかしながらやっぱり動揺は消えていないようで、サークルの活動が始まってからも彼のややぎこちない姿が垣間見えた。
「あっ、弦を切ってしまった。――誰もスペアなんて持ってませんよね?」
まるで彼の動揺を象徴するかのように、作曲作業中の瑛神がギターの弦を切ってしまった。あいにく僕は手ぶらで来てしまったし、ギタリストではないレイラが替えの弦など持っているわけがない。
「すぐ近くに楽器屋さんがありますよ。私、買ってきましょうか?」
「いやいや、自分で買ってくるよ。ちょっと待っててくれるかな」
瑛神はお気に入りの一本だというSonicYouthのサーストンムーアモデルのジャズマスターをスタンドに立て掛けて、財布とスマホを持って音楽室を出ていった。当然のことながら、部屋には僕とレイラが残されてしまう。
『伊勢海老P』のファンだという彼女のことなので、瑛神が出ていった途端に質問攻めに合いそうな気がした僕は、頭の中で国会弁論のような質疑応答の練習をしていた。予想通り2人きりになるとレイラから質問攻めに合うわけなのだが、レイラからの質問というのはとても予想外なものだった。
「伊勢さんって、瑛神くんが住んでいる寮の管理人さんなんですよね?」
「……そうだけど、それがどうかした?」
「普段の瑛神くんってどんな感じなのかなーって思ったんです。――彼とは付き合いが結構長いんですけど、未だによく分からないことが多いんですよね」
「うーん、レイラさんでわからないなら僕にはもっとわからないよ。彼が寮に来たのは本当に最近だから」
「そうなんですか……、話しっぷりを見た感じ仲が良さそうだったのでてっきり師弟関係なのかと思っていました」
回りくどい話にはなるけれどもあながち師弟関係であるのは間違っていない気がする。でもやはりリアルで会ってからまだ数日しか経っていないので、親交度合いで言ったらレイラのほうが数段上であろう。
「瑛神くん、音楽のことだけは一生懸命話してくれるのにその他のことはからっきしなんですよ……。いつも何をやっているんだろうなってすごく不思議で不思議で」
「確かに不思議そうな雰囲気を持っているよね。ちょっとミステリアスと言うか……」
「そうなんですよ!私、彼の生活が気になって心配で仕方がないんです。ちょっと前だって平気で2徹3徹してご飯全然食べないで倒れちゃったり、いつもサークル活動のときはエナジードリンクを何本も飲んでいたり、大学の単位だって取れてるか怪しいし、私達以外に友達とかいるのかなって思うし……」
絵に描いたような不健康エピソードの連続に僕は苦笑するしかなかった。寮に入って多少生活が改善されそうであるからそこは大正解だったであろう。しかしながら、こんなに自身のことを心配してくれる異性がいる瑛神は幸せものだ。そのレイラのホスピタリティに気がついていなさそうなのがまた彼の罪なところである。
「レイラさんは、瑛神のことが好きなんだね」
「す、好きとかそんなんじゃないですっ!……ただ、彼からは何も言ってくれないからいつも気になってしょうがないんです」
図星である。こういうのは人によっていろいろなパターンがあるので実に面白いと思う。必死に表情を殺して悟られないようにする人もいれば、彼女のようにその一挙手一投足に意思が現れてしまう人もいる。個人的には、後者のほうがなぜか応援したくなる。
「――そんなに気になるなら、瑛神のことデートにでも誘ってみたら?」
「ででででデートだなんてそんな無理ですよ。――私なんかじゃ瑛神くん絶対に嫌がりますって。私全然可愛くないんですもん」
「そんなことないと思うよ? 瑛神はシャイだけど、ちょっとひと押ししたらすぐに仲良くなれる気がする」
「そ、そうですかね……? 私なんかでも大丈夫ですかね……?」
レイラは顔を少し赤らめながら、やや不安そうな顔をしている。……全く、こんなに初々しくて健気な娘を無意識のうちに誑かしていたとは、瑛神にはあとで説教をしておかねばならない。
僕はとっさに思いついたデートプランをレイラに提案してみた。と言っても内容は単純。音楽バカの瑛神のことなので、一緒に楽器屋に言ってギターでも選んでもらえばいい。レイラもなにかしらの楽器が奏でられるようになりたいという願望があるみたいなので、まさに一石二鳥だ。
「……わかりました。私、やってみます」
僕は、他人を応援するなんて久しぶりだなという懐かしい感覚になった。




