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第29話 chickenpox

 ひとまずご近所問題の解決策として、桃子のトレーニングルームを別の空き部屋に移設することにした。案の定文句をたらたらと原稿用紙数十枚分言われたが、今までどおりトレーニングができるようになると自然に桃子からのクレームは消えていった。


 一方で瑛神の方は夏休み明けからちゃんと大学に行くように約束を取り付けたので、ひとまず安心といったところだ。ただ、根本的に桃子と瑛神の仲が改善したわけではないので、また何かあったときには僕が間に入って仲裁をしなければならないだろう。


 しかしながら彼をボーカロイド曲の制作に没頭させるよう間接的に影響を与えたのがまさか僕だとは思わなかった。

 その昔、僕はボーカロイド曲を作って動画サイトに投稿しているうちに『伊勢海老P』という通り名がついていたのだけれども、だんだんと時間が取れなくなってからは完全に放置していた。ちなみに、P名の由来はアイコンを伊勢海老の画像にしていたから。苗字が伊勢だから伊勢海老というシンプルにも程がある理由だ。


 ふと思い立ってボーカロイド曲を投稿していた動画サイトを開いた。ログインパスワードなど記憶の遥か彼方に置き去りにされてしまっていたので、煩わしいなと思いながらパスワードの再設定をしてログインする。そして自分の投稿した曲の動画を見ると、驚くべき再生回数が表示されていた。


「いちじゅうひゃく……、さんじゅうななまんかい!?」


 バカでかい独り言が出てしまったことに自分自身しかいない自室で恥ずかしくなってしまった。でもそれも無理はない。僕が投稿した当初は100回そこらの再生回数だったのだ、放置してたらものすごく伸びているとか最早これは雑草とか竹林の類だろう。凄い曲は何千万回と再生されているのでそれと比べると見劣りするけれども、37万回再生でも大したものだと思う。


 しかしながら何故こんなに伸びたのだろうか。確かに投稿から何年も経っているから再生数が増えるのはなんとなくわかるけれども、それにしたって増え過ぎだ。何か理由があるはず。瑛神なら何か知っているのだろうか。

夕飯のときに瑛神へ聞いてみると、至極丁寧に経緯を教えてくれた。


「――伊勢海老Pのブレイクしたきっかけですか?それなら、『レイラ』って歌い手さんが歌ったのが引き金になったんだと思いますよ。彼女、かなり人気ですから」


「なるほど、そういう理由だったのか。どおりで最初は100再生とかだったのにいきなり伸びたわけか」


「そうですね、やっぱり衆目にさらされるっていう機会が大切なんでしょうね。――それにしても、管理人さんはやけに詳しいですね。伊勢海老Pの曲が当初ほとんど再生されていなかったこともご存知なんですね」


 僕はシリコンスプレーでも吹いたんじゃないかというくらい口を滑らせてしまったと思って慌てて取り繕った。『伊勢海老P』が僕であることが瑛神にバレてしまったら、彼の引きこもりの原因を作ったのが僕であると京介に伝わってしまうかもしれない。そうなれば僕の給与査定がお釈迦になりかねない。


「ま、まあ、ちょっと気になって調べたんだ。僕もバンドやってるから勉強としてね……」


「やっぱり伊勢海老Pは凄いですよね。シンプルなアレンジながらメロディの良さを十二分に引き出しているし、曲構成も無駄がなくて素晴らしいと思うんですよ」


 僕は掻きむしりたいのに掻いてはいけない水疱瘡のようなむずむず感を覚えながら、瑛神の賛美歌のようなお褒めの言葉を聞いていた。もし『伊勢海老P』が僕であることがわかったら瑛神はどんな顔するのだろうかと、岡村靖幸もドン引きするような想像をしているうちに晩御飯を食べ終えた。


「そのきっかけを作ったレイラさん、明後日うちのサークルの会合に来るので管理人もいかがですか?もちろん、管理人ではなくひとりのバンドマンとして」


「……えっ?その歌い手さんと知り合いなの?」


「ええ、まあ。自分で言うのもなんですが、彼女に『伊勢海老P』の曲を歌ってほしいってお願いしたのは僕なんですよ」


 タイミングの悪いことが重なるのは人生経験で何度もあったけれども、逆にこんなに都合のいい人の繋がりを目の当たりにするのは初めてだ。

 ということはつまり、『伊勢海老P』の曲をブレイクさせた仕掛け人は他でもない瑛神ということになる。これではますます瑛神に正体を明かしにくいではないか。


「それじゃあ明後日よろしくお願いしますね」


「お、おう……」


 断るわけにもいかず、そのサークルの会合とやらに行くことになってしまった。思っていたよりも瑛神はアクティブで、それなりに交友関係も広そうにみえる。


 京介、瑛神のことは心配しなくても大丈夫そうだよ。むしろ僕は、僕自身が心配だ。

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