第25話 reboot
予定されていた『Andy And Anachronism』の凱旋ライブ2日目は中止になった。表向きにはヴォーカルギターを務める拓の体調不良と発表されたが、本当の理由は対バンの僕らにも知らされてはおらず、よくわからない。
一方で僕らはライブの反響がものすごく良かったおかげなのか、追加で作ったデモCDも瞬く間に捌けてしまった。あまり積極的なプロモーションもしていないのにこれだけ騒がれるのはなかなか珍しい。それゆえ、黄色い声援のような反応を貰うとなにかすごくむず痒い気持ちになる。それもそうだ、すごいのは僕のまわりであって、僕自身すごいことをしているという実感があまり無いのだから。
ライブが終わるとまもなく学校のほうは夏休みを迎える。僕と美織の全力を尽くした家庭教師の甲斐あって、桃子はなんとか赤点ゼロで期末テストを乗り切った。多分だけど、やっぱりこの子は勉強しないだけで本質的に頭は良いんじゃないかって思う。ほとんど勉強していない家庭科と保健体育と音楽がほぼ満点なのも、なんだかすごく桃子っぽい。
「どう?なかなか素晴らしい成績だと思わない?」
「やっぱり桃ちゃんはやれば出来る子っす!私とおんなじっすね!」
昔から口癖のように言っていた美織のセリフを聞いたせいで過去の苦労を思い出してしまい、僕はまたひとつため息をついて肩をすくめた。『やればできる子』なのだと豪語する当時の美織のことを僕が世話をしなかったら、きっと2留どころでは済まなかったのだから。
「これで心置きなく夏休みを満喫できるわ。――もちろんバンド漬けよ、2人とも覚悟は出来てる?」
「もちろんっす。今度、練習中のスタジオからリモート店番出来るか試してみようかと思うっす。昔、大学でリモート出席とかやろうとして失敗したんすけど技術的に厳しかっただけっすから、今なら余裕っすよ」
僕は改めて科学技術の進歩は人間をダメにする可能性を大いに孕んでいるなと美織をもって再確認した。斬新な発想をポンポン捻り出して来るあたり、美織も美織で桃子とはまた違ったタイプの天才なのだと思う。
「それで……、脩也のアレはまだなの?」
「ああ、アレならもうそろそろ京介が持ってきてくれるはず。――とか言ってたらやって来たみたいだ」
寮の食堂から玄関先に出ると、僕の親友兼この学園の副理事長である松阪京介が黒いミニバンを転がしてやって来た。
「やあ、待たせて済まないね。脩也が欲しいって言うから持ってきたけど本当にこれで良いのかい?――もっといい車もあるんだけれど」
「いやいや、立派過ぎて恐縮だよ。こんなのまともに新車で買ったら僕は1年くらいタダ働きになっちゃうし」
京介が乗ってきた黒いミニバンは彼の弟が元々乗っていたもので、今度また新車を買うからこいつを譲ってくれるということだった。お金持ちのおこぼれに與る感じでなんとも貧乏くさいけれども、これほどの車を格安で譲ってもらえるなら僕はどんなみみっちい真似でもしてやろうと思う。
まるで新しいおもちゃが来た時の子犬のように、美織と桃子はテンションが上がって車内ではしゃいでいる。僕の名義の車なはずなんだけれども、完全にこの二人にインテリアの主導権は奪われてしまうに違いない。
「見て美織、カーナビにBluetoothオーディオまでついてるわ!これでもうガサガサのAMラジオとはおさらばね!」
「後部座席もめちゃくちゃ心地良いっすよー、あの軽バンの奴隷輸送船みたいな後部座席とはこれでおさらばっす」
なんだか酷い言われようだが、あの軽バンはかなり頑張ってくれた。流石にもう廃車だけれども最後に記念撮影くらいはしておこうかと思う。一方で京介は喜んでくれて良かったと聖人みたいな顔をしている。いや、僕にとって本当に彼は聖人だ。
「本当にいいのか京介?こんなの格安で譲ってくれて」
「良いに決まっているだろう。君のおかげでこっちも助かっているんだから、こんなのでいいのかなんてこっちが聞きたいくらいさ」
「……そうなのか?」
「そうさ。校則と門限やぶりの常習犯で、おまけに成績も良くなくてうちの教諭陣が手こずっていた問題児を君が更生してくれたんだから」
僕は一瞬なんのことかよくわからなかった。しかし京介の言葉を1つずつ咀嚼していくと、自ずと一人の女の子が浮かび上がる。確かに僕とバンドを組んで以降の桃子は門限破りをしていないし、成績も少しは良くなった。でも、そんなに大したことをやってのけたという自覚はない。僕自身、ただ普通に桃子の手のひらで踊らされている感じがするからだ。
「尾鷲桃子のこと、これからもよろしく頼むよ。管理人さん」
「はっ、はいっ!」
いつもならすぐに肩をすくめてしまう僕がピンと背伸びをして返事をする姿があまりに滑稽だったのか、桃子にクスッと笑われてしまった。
あの日、僕は桃子の気持ちを少し突き放してしまったことに対して彼女が気に病んではいないかと心配していた。しっかりしているとはいえ桃子はまだ17歳、一時の気の迷いだったり昂りすぎてしまったりまだまだ精神的に不安定な部分だってあるだろう。それを支えてあげるのが親代わりとも言える寮の管理人なのだ。僕がブレるようではダメだ、しっかりしなくてはいけない。
当の桃子はこちらの気持ちは全く気にしていないようで安心した。上司にヘコヘコする滑稽な僕の姿を野次ろうと、桃子は車から降りて僕の顔を覗き込んできた。毎度毎度からかわれてしまっていて少し情けなくも思うけれども、やっぱり桃子はこうでないとこっちも困ってしまう。
「私からもよろしくね、管理人さん」
桃子のその悪戯な笑顔からは、少し夏の匂いがした。
-1章 おわり-




