第19話 opposite
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「それじゃあ本番もよろしくお願いします」
音響スタッフがそう言うと拓たちのリハーサルが終わった。機材を一旦片付けている彼らを桃子は壁際で腕を組んでつまらなそうに眺めている。
桃子は今の『Andy And Anachronism』について、リハーサルを少し見ただけで化けの皮が剥がれてしまったと断言した。初めて観たときの衝撃のような物は無く、もうこのバンドに関しては興味すら失っていたのだ。
もはやそんなことより彼女の頭の中は、今日のライブでどうオーディエンスの度肝を抜いていくかのシミュレーションでいっぱいだ。曲順とかMC内容とかそういうのは事前に決めているので、いかに演奏する自分たちに勢いを与えていくか、ライブへ臨むためのテンションの作り方を考えていた。
そんな考え事に集中していて難しい顔をしている桃子の元に、『Andy And Anachronism』ボーカルギター担当の津島拓がやってきた。
桃子は彼が近づいてくるのに気づくと、あからさまに怪訝な表情を浮かべた。基本的に考え事の最中に余計なことを言ってくる輩は好きではない桃子だが、そんな中でも一番話したくない相手が向こうからやってきてしまったのだ。
「……何か御用で?」
「そんな怖い顔をしないでくれよ。今日はよろしくって挨拶に来たんだ」
桃子はそれが嘘だとすぐに分かった。本当に挨拶する気があれば会場入りの時にするだろうし、何より桃子は先ほど脩也が彼らにシカトされた瞬間を目の当たりにしているのだ。
「社交辞令の挨拶なんていらないわ。用件があるなら早く言って」
そう言われた拓は、桃子相手に遠慮する必要など無いなと悟って素に戻った。
「君、あいつのバンドに巻き込まれるとか可哀そうに。 ――心中お察しするよ」
「……まさか、そんなことを言いに来たわけ?」
「『そんなこと』とは心外だな。バンドをクビにされた腹いせに高校生の君や後輩の美織を巻き込んであいつはバンドを組んだんだろう? しかも、サイドギターだったくせにフロントマンになりやがったり、ほぼオーバーエイジなのに高校生バンド選手権で大人げなく地区予選を突破したりの傍若無人っぷり。――俺は正直、まさかあいつがこんな奴だったとは思わなかったよ」
桃子は拓の話を一通り聞き流していたけれども、あまりの勘違いっぷりに笑いが止まらなくなってきた。本当は腹を抱えて笑いたかった桃子ではあったが、ここは我慢をしなければいけないと思い口を押さえて何とかこらえている。
「――っ! なんで笑うんだよ!俺が何か間違ったこと言ったか!?」
「間違いも何も、全部綺麗に間違えるなんてなかなか芸が細かいじゃない。……もしかしてワザとやっているの?」
桃子の笑う様を見て、拓は何が何だか状況がよく分からなくなって混乱していた。彼がクビにした脩也はどうやら、彼の頭の中で都落ちした悪徳貴族のような振る舞いをしていたようだが、桃子の言う通り実際は全く逆である。むしろ傍若無人なのは桃子のほうで、脩也はそれに巻き込まれに巻き込まれているだけなのだ。
「まあ、勘違いしてくれていることは大いに結構よ。おかげで私はあんたたちに感謝しなきゃいけない理由ができたもの」
「俺らが感謝される……?意味が分からない、ふざけてるのか?」
「ふざけてなんていないわ。あんな才能の塊を私の手元にリリースしてくれるなんて大盤振る舞いもいいところよ。それこそふざけているわ」
「あいつが才能の塊だって……? ――やっぱり脩也になんか毒されてどうにかなっちまったんじゃないか?」
話はずっと平行線のままで、埒が明かないと思った桃子はいつも脩也がやっているようにため息をついて肩をすくめた。
「…… もう話にならないわね。『百聞は一見に如かず』っていうものね、今日の私たちのオープニングアクトを観てもらえればそれでいいわ。――あんたたちが逃がした魚はでかいわよ」
桃子はそう吐き捨てて控室に戻っていった。心なしかその足取りには勢いがあって、ライブにどうやって勢いをつけて入っていくか考える必要が無くなったようだった。一方で呆気にとられた拓は、頭上に浮かんだ『?』マークが消えないまま、所在のなさを煙草で誤魔化しに喫煙所へ消えていった。




