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第18話 calvi

 ついにライブ当日、早めに会場入りした僕と桃子は控室で楽器の調整をしていた。美織は早番のシフトが終わってから来ると言うことで、しばらくは2人きりである。

 昨日の桃子の『独り言』のおかげで、古巣バンドのメンバーに会わなければいけない気の重さとか、自分自身に対するあまりにも低い自己肯定感とか、少し改善された気がした。気がしただけかもしれないけれど、そうならば確認のためにまた桃子に『独り言』を呟いてもらえばいい。そう思った。


「おはようございまーす。『Andy And Anachronism』さん入りまーす!」


 ライブハウスのスタッフが大声で挨拶をする。その先には大きな機材をキャスターのついたケースごとゴロゴロと転がしてくる見慣れた4人組がいた。

 一瞬胸が締め付けられるような痛みとドキッという心臓の大きな鼓動が全身を襲った。――大丈夫だ。この程度なら深呼吸をすれば落ち着く。


「……やあ、久しぶり」


「………」


 振り絞って出した挨拶は4人全員に反応されることなく漂う空気の中に消えていった。集団から人を除け者にする時のような典型的な無視。まるで学生のイジメだ。

 彼らにしてみたら無視するのは当然なのかもしれない。メジャーデビューして勢いのある今、地元に戻っての凱旋ライブの共演者がクビにしたギタリストと後輩と女子高生なのだから。正直なところバカにされていると思われても仕方がない。特にプライドの高い拓のことだ、ここに来る前からメンバーと口裏合わせて僕に一切関わらないように根回しをしているに違いない。


 こんなにわかりやすくシカトされるとわかった僕は、その瞬間彼らに対する情みたいなものがスッと消えた。よく、女性が恋人に対してとある瞬間を境に『冷めて』しまうというのはこういう感覚なのだろう。クビになる前、バンドに迷惑をかけてしまっていた後ろめたさや、拓のバンドマンとしての能力の高さに感心していたこと、バンドのために何ができるだろうか一生懸命自分なりに考えて尽くしていたこと、全部どうでもいいと思えてしまった。ある意味自己否定にも似ていて、今までの僕はこの瞬間にいなくなってしまったという寂しさと、新しい自分がこの瞬間に生まれたのだという新鮮さが心の中を渦巻いていた。


 人間、開き直ってしまえばもう怖いものはない。もうこいつらにへりくだる必要もないのなら、今日は好き放題やってしまおう。心の中に悪魔がいるのなら力を貸してほしい。こいつらを叩きのめしたいんだ。もちろん、僕らのバンド、僕らの曲、僕らのステージで。


 様子を窺うように桃子が僕の顔を覗き込みに来た。彼女が思っていたよりも僕は今いい表情をしているのかもしれない。心配なさそうだと確認ができた桃子はちょっと悪そうな笑顔を浮かべてはにかんで、柚香さんより数百倍上手いウインクを放っていった。


 ステージでは『Andy And Anachronism』のリハーサルが始まっている。僕の抜けたギタリストの穴は拓がギターを弾くことで埋めていて、ギターの裕太がコーラスを担当するように編成が変わっていた。


「化けの皮が剥がれたわ。やっぱり脩也がいないとアレは普通のバンド、面白くもなんともない」


 音響スタッフのいるPA卓の近くでリハーサルを眺めていた桃子は、今時ワイドショーの評論家でも言わないような棘のある言葉を並べて彼らを批評していく。他人を貶すことはあまり好きではない僕だけれども、桃子が並べるその言葉は不思議と僕の身体に浸透していくような感覚があった。あまり褒められたものではないかもしれないけれども、こういうのを優越感と言うのかもしれない。


「奇遇だな、僕もそう思うよ」


「あんたも言うようになったじゃない。それくらい棘のあるほうがいいわよ」


「不思議なもんだな、桃子に褒められて嬉しく思う時が来るとは」


「私の努力の成果ね。感謝しなさいよ」


 僕が桃子へ生返事を返して控室に戻ると、仕事を終えて会場入りした美織が遅めの昼飯であるテイクアウトの牛カルビ丼にがっついていた。こいつ、カルビ好きだな。

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