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第17話 soliloquy

 衝撃のニュースが飛び込んできた。


 僕の古巣バンド『Andy And Anachronism』は今、全国ツアーの真っ最中だ。そしてそのツアーの中でもうちの地元で行うライブが2本ある。なんともおかしな話だが、その2本のライブのオープニングアクトを僕ら3人が務めることになってしまった。


 高校生バンド選手権の予選ライブ以降、スケジュールが合えば昔馴染みのライブハウスでライブをやっていたわけなんだけれども、これまた昔馴染みのブッキング担当が面白がって僕らをオープニングアクトにしてしまったらしい。

 僕は当初そのブッキング担当に、『何やってんだバカヤロー』とキレ気味に言ったのだけれども、うちのお山の大将である桃子は、


「面白そうじゃない。ひと泡吹かせてやりましょうよ」


 と、めちゃくちゃ乗り気だったため、不本意にも桃子の本意によってオープニングアクトを演ることが決定してしまった。


 クビになった立場上、古巣のメンバーにまた会うのは何かやはり気が重い。片やメジャーデビューバンド、片や田舎に帰って後輩と高校生とバンドをやっているアマチュアバンド、そんな釣り合いの取れないような関係であるのにもかかわらず共演するということがどうも僕自身の中で消化しきれていないようだった。


「それじゃあお先に失礼するっすね。明日のライブはぶちかましていくっすから、2人ともちゃんと睡眠をとるんすよ」


「ああ、お疲れ様」


「お疲れー」


 ライブ前の最後の練習が終わって軽バンに乗り込んだ僕と桃子の間には、唸るような660ccエンジン以外の音は流れていなかった。多分だけど、僕が明日のライブに対してあまり乗り気ではないことに桃子は感づいているのだと思う。なるべく態度には出さないようにしていたのだけれども、なんだかんだ一緒にいる時間が長い桃子にはバレてしまっているのかもしれない。


「……そんなに嫌なの?あいつらと対バンすることが」


「別に、嫌ではない」


「絶対嘘、顔にそう書いてある」


「お前が書いたせいだ」


「嫌なら嫌と言えばいいじゃない。直前になってから言い出しても遅いのよ」


 話を貰った時に最初のほうこそ少し嫌がったけれども、やっぱり桃子の押しに勝てずに嫌だと言い出せなかったというのはある。でも、これに関しては桃子は悪くない。悪いのは彼女の顔色を伺い続けている僕のほうだ。いっそのこと、クビにされてしまった立場なのだから見返してやろうじゃないかというような底抜けに前向きな気持ちがあればよかった。


「言っておくけど、私は『オープニングアクト』なんていう扱いですら不満よ。むしろ私たちが本命じゃないとおかしいと思っているわ」


「そんな無茶なこと言うな。少しは立場をわきまえろ」


「わきまえていないのはあんたの方よ。そんなに自信なさそうにするのはさすがにイライラするわ」


「……僕は実力がないからクビになったんだ。今更対バンしましょうなんて並べられて自信なんて持てるかよ」


 桃子は強めにため息をついてむず痒そうな表情でイライラを露わにした。僕が運転中でもなかったら腹に拳か頬に平手かどちらかが飛んできそうだ。


「もういいわ。もうあんたと今日は話す気しない」


「そうかよ」


「だからここからは独り言。……少しでもリアクションしたらあの動画流すから」


 殺し文句を言われたので黙るしかなくなった僕は、余所見ぜずに運転に集中することにした。少しでも助手席にいる桃子に目をやったら、本当にあの動画を流されかねない。


「『Andy And Anachronism』っていうバンドを見つけたのは3年くらい前。東京にいるお母さんに会うついでに時間つぶしのつもりで入ったライブハウスで見かけたのが最初」


 桃子は『独り言』と称して淡々と語り始める。あえて僕に向けてではなく、独り言ということにしなければ言えないようなことなのだろうか。そんなことを思いながら僕はただ桃子の言葉に耳を傾ける。


「どこにでもいるバンドだなと思ったわ。でも、一人だけ浮いているサイドギタリストがいるなってちょっとだけ興味を持ったの。『Genius』って曲を聴いたのもその時。こっそりCDも買わせてもらったわ」


 そりゃどうもと言いたくなるお褒めの言葉だったけれど、とにかく口を閉ざしておかなければならないので言葉をぐっと飲んで深呼吸をした。


「なんでこの浮いたギタリストがバンドの中心にいないんだろうって不思議でしょうがなかったわ。メンバーの誰もこの才能に気づいていないのかとか、それとも何か弱みを握られているのだろうかとか、もしかして私が単におかしいのか混乱したりとかもした。でも間違いなく、この人は『天才』だと思ったのよ」


 非常にむず痒い。『独り言』であるとはいえ、桃子にほぼべた褒めといっていい賛辞を受けているのだから。あまりに褒められるものだから、どこかにまた隠しカメラか何かがあるんじゃないかという疑いすら生まれてきた。


「そしたら何?バンドをクビになった?しかもウチの学生寮で管理人をやるって?冗談じゃないわよ。そんな才能をこんな田舎で埋もれさせるの勿体なすぎるわ。だから強引にバンドに誘ってみたの。……まあ、蓋を開けてみたら自分に自信がないただのヘタレだったわけだけどね。――でも、明日やっとそのベールを剥がせそうな気がする。はい、独り言おわり」


「……桃子、ごめん」


「一体何の話かしら?むやみに謝るのは明日のライブで大コケしてからにしなさいよ」


 僕は嬉しさと情けなさで気持ちがごちゃごちゃになってしまいそうだった。9歳も年下の女の子にバンド人生で初めて褒められて舞い上がっている反面、桃子にこんなにも気を使わせてしまっていたという事実に、いますぐ自分で自分の顔を殴りたい。初めて会ったときはおかしな子だと思っていたけれど、ここまで僕のことを想ってくれていたわけだ。男として、一人のバンドマンとして、ここは腹をくくって明日のライブに臨むしかないと思った。


 信号が赤になって久方ぶりに助手席を向くと、桃子は窓のほうを向いていて僕を見ようとはしなかった。


「ばーか」


 その声はどこか楽しそうに聞こえた。最高に嬉しい『ばーか』をこのタイミングで寄越すあたり、この子には多分一生敵わない気がする。

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