21
敢えて言おう!ありがとうと!!
21
オレが件の場所についた時、エリスは所々に攻撃を受けており口から薄らと血を流していた。ギヨムの動きは速いがエリスは冒険者としての経験から、ギヨムの動きを読みつつも時に行動を誘導して何とか凌いでいた。
「っち・・・、めんどくせえ」
ギヨムがエリスの動きに焦れて攻撃が大雑把になった。エリスはそこを見逃さず、少ない魔素を利用して技能の風属性を使ってギヨムの顔へ風魔法を放つと、風の球がギヨムの顔を打ち体勢を崩す。さらにエリスが右ストレートをギヨムへ決めた。
エリスの拳を受けて吹き飛ぶギヨムだが、すぐに起き上がり鼻から出た血を拭った。それを見たギヨムはいよいよブチギレた。
「いい加減にしろよ!ちまちまと攻撃してきやがって!!」
ギヨムが吠えるとその体から異質な圧力が放出された。
これか・・・、追放神が贈り物と言った意味がわかった。ギヨムから放たれる力にゾクゾクと嫌な感じがするぜ。
ギヨムが動き、エリスの前に現れると拳でエリスの腹を打ち、エリスを吹き飛ばした。
「が・・・はっ・・・」
エリスから苦痛の声が漏れる。吹き飛んでくるエリスの元へオレはすかさず移動してエリスを受け止めた。それを見たギヨムが口を開く。
「おーおー、ようやくおでましか。今度こそオマエをぶっ飛ばしてやるよ」
「昨日はオレに一撃で沈められたのに随分な自信だな」
オレは軽くギヨムを挑発するが、ギヨムはニヤニヤしながら余裕の表情を浮かべる。
「俺を昨日までと同じと思うなよ?俺は選ばれて力を授かった!そして、ようやくその力が馴染んできたんでなあ。もうオマエなんかには負けないさ!」
大層な自信がおありなようで・・・。とはいえ、追放神に力を注入された以上こっちもさくっと変身するか。
オレはそう思ってコインを出すためにエリスを寝かせようとすると、エリスがオレの腕を痛いくらいに掴んできた。
「シュンさん・・・」
「よく戦ったよ・・・。後はオレに任せてくれ」
「悔しいです・・・。私の家族を傷つけられて・・・。二度と昔のような後悔をしたくないから強くなったはずなのに・・・」
オレの腕を握るエリスの手は震えていた。それは悔しさもあるだろうが、自分の無力さに涙しているのだろう・・・。
「大丈夫。今はオレがいるよ」
オレの腕を握るエリスの手にそっと自分の手を重ねて言う。
「わかっています。シュンさんがいてくれるから安心しています。それでも・・・!それでも、今だけは私が何とかしなきゃいけなかったんです・・・。私が過去を乗り越える為に・・・」
「エリス・・・」
エリスの気持ちもわかる。どんなに努力してもタイミングが悪ければ意味をなさないことがある。どんなに頑張っても届かない頂きが存在する。それは理不尽ではないのかもしれない。けれど、それを理不尽と叫びながらオレ達は足掻き続けるしかないんだろう。
ただ、そんな理不尽に手を差し伸べてくれる手があったならどれだけ幸せだろう。あるいは、そのタイミングで手を差し伸べることが出来れば、その人の世界は変わるだろうか・・・。
「私は力が欲しい!倒すためじゃなく、守るための力が!」
それはエリスの心からの声だったのだろう。エリスが叫んだその時、オレの亜空間から緑のコインが勝手に出現してエリスの目の前に浮かぶ。
ふむ・・・。オレのコインが勝手に出てきてしまった・・・。これはあれかな?力が欲しいか?力が欲しいのなら・・・ってやつかな・・・。
「これは・・・?」
エリスがコインを見て呟くと、コインは緑の輝きを放ち、白い毛皮にうっすらと緑の光を纏った狼が出現する。
その狼が天高く轟くように遠吠えをすると、エリスの左手首につけている腕輪が光り輝きながら緑色に変化し、狐のモチーフが狼へと変わりその口を開けた。
すると、そこにはコインを嵌めろと言うかのように窪みが存在していた。
「使えってさ」
オレはエリスにそう言うとエリスの瞳に力が宿る。
「何をごちゃごちゃとくっちゃべってんだあ!」
痺れを切らしたギヨムが動き出そうとした瞬間、出現した狼ことフェンリルが咆哮を放ちギヨムの動きを止める。その隙を逃さずエリスは立ち上がると、腕輪の着いた左手を顔の横まで持ち上げる。
すると腕輪についた狼の口が天を喰らうかのように上を向く。そして、エリスは右手に緑のコインを持ち上から下へスライドすると狼の口が閉じて緑の光を放ち、その光はエリスを飲み込んだ。
エリスの体が光り輝いてその体のシルエットを写し、手首から魔法繊維で出来た黒いスーツが生まれ首下から足首までを覆うと、薄紫だった髪と耳、尻尾が緑色に変わり髪の毛は腰まで伸びる。
続いて手と足に風が集まり、手には指の動きを阻害しない穴空きのグローブが形作られ、足にはヒールのついたブーツが現れる。
最後に体全体に風を纏い、鎖骨部分が空いた肩から膝上までのワンピースのような服になると、追加で首から肩を覆うようにヴェールが現れ、ヴェールは背中も覆うと先端が2つに分かれてなびいた。変身が完了するとエリスは両手で伸びた髪を払い笑顔でポーズを決めた。
「こ、この格好・・・!?ていうか、最後は体が勝手に動いたんですけど!?」
っふ、ポージングは正義。そして、その姿はまさか、伝説のプ・・・いや、これ以上は禁則事項だ。まあ、それは置いておいて、オレの神の力でエリスが変身したが、神の力をオレ以外が扱おうと思えばその力に体が耐えられないはずだが・・・。
オレがそんな事を考えていると、エリスの傍にフェンリルが来て体をエリスに擦り付けていた。
ああ、なるほど。エリスに収まりきらない力がフェンリルとして顕現することで、力を分散しているわけか。
エリスが自分の変化に驚いていると突然エリスに向かって拳が飛んできた。しかし、エリスがそれを右手で受け止めると、攻撃の主であるギヨムが驚く。
「なんだとっ!?」
「さっきまでの私と思ったら大間違いよ。もうあなたの好きにはさせないわ」
エリスは握っている拳を引くとギヨムが前のめりになり、そこへ左拳でギヨムの腹を打つとギヨムが大きく後ろへ吹き飛ぶ。ギヨムはその威力に呻きながらも空中で体勢を立て直して両足で地面で着地するが、その足は勢いを殺しきれず地面に線を引きながら下がっていく。
「てめえ・・・」
ギヨムが腹を押さえながらエリスを睨むと、彼の体から黒いモヤのようなものが立ち登っていくとギヨムの傷が癒えていく。
「俺様があの方からもらった力があれば無敵だ!」
ギヨムがニヤついた笑みを顔に浮かべてエリスへ迫ると、エリスとギヨムが同じタイミングで蹴りを放ち、2人の足が交差する部分から衝撃波を生む。次にエリスは手を掌底の形にしてギヨムの顔を狙うが、ギヨムは顔をそらして攻撃を躱す。
対するギヨムは左肘でエリスの顎を打ち上げようとするが、エリスはそれを体を回転させて躱して逆に肘でギヨムの胸を打つ。ギヨムは瞬間的に体を後ろに逸らすことで威力を軽減させ耐えると、手を組んで上からエリスに攻撃をする。その攻撃をエリスは腕を交差した手で弾き、そのまま両手で掌底をギヨムに当てる。
「かはっ・・・」
ギヨムの口から空気が漏れる。さらに、エリスはそこから胴への肘打ち、アッパーカット、さらにサマーソルトキックを決めた。その連続攻撃によろめくギヨム。ここが決め時かと思ったその時、エリスの体と口が勝手に動く。エリスは腕輪のついた左手を顔の前にもっていくと、左手の腕輪から緑の光を放ち狼の紋様が現れる。そして、その手を開いて前へ突き出す。
「喰らいなさい。フェンリルストライク!!」
突き出した左手から風の竜巻が生まれ、ギヨムの動きを拘束するとフェンリルがその竜巻の中心を走りギヨムの体を貫く。ギヨムを貫いたフェンリルは口に黒い塊を咥えて着地をすると、首を上から下に振って黒い塊を噛み砕いた。
フェンリルに貫かれたギヨムはそのまま前に倒れ意識を失った。戻ってきたフェンリルが褒めて褒めてとエリスの元へすり寄ってくるので、エリスは笑顔でフェンリルをモフってあげる。
「ありがとうね」
エリスがそう言うとフェンリルは風のように消え、エリスの姿も元に戻る。さすがにエリスへの負担も大きかったのか、エリスが倒れそうになったので、オレはエリスを受け止めた。
「お疲れ様」
「ふふ、やりました。けど、これってシュンさんの力ですよね?」
「ああ、そうだな。どういう訳かエリスにも使えたみたいだな」
オレもよくわからん。
「なるほど。ありがとうございます。私、シュンさんと一緒になれて幸せです」
エリスはそう言うと、疲れて眠ってしまった。
「よく頑張りました」
オレはそう言ってエリスの頭を撫でると、エリスが穏やかに笑ったような気がした。




