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今、貴方の頭の中に呼びかけてます。
『ありがとうございます』
19
オレがギヨムをのした後は大変だった。周りのギャラリーが興奮して急に宴会をしだしたのだ。ギヨムを倒したことで村の人達が怒るかと思えば、強さこそ正義なのか、逆にオレの強さを讃え出した。
とはいうものの、長は自分の息子を倒してしまったオレのことを怒っていないのだろうか・・・。
そう思っていたが、アレにはいい薬になっただろうと笑っていた。豪快な人だ。宴会は夜まで続き、その日は風呂にも入らず寝てしまった。
夜、目の前にはじっとりした闇が広がっていた。この感覚は神達に呼ばれた時の感覚と似ているが、今は闇が広がっていて何も見えない。自分の姿も見えず意識だけがここにある状態だ。そこに声が響いてくる。
『ふふ・・・。久しぶりと言うべきかな?』
『・・・・・・ああ。武闘大会で戦って以来だな』
その声は初めて聞くものだったが、久しぶりということは追放神かな?まあ、こんなことができるのはヤツくらいだろう。そして、どうやってとは聞くまい。腐っても神ということか。
『そうだね。あれから贈り物をしたんだけど、楽しんでもらえた?』
『魔物の大軍のことを言ってるなら最悪な贈り物だな』
『ふふふ、それは失礼』
『話はそれだけか?ならここから戻してくれるか?』
『まあまあ、そんな急がなくてもいいじゃないか。ここは時間の概念なんてないだからゆっくりしていってよ』
今オレの顔が見えていたら苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
『こんな何もないところでゆっくりも何もないだろう・・・』
『それもそうだね。じゃあ、最後に一つだけ。今回も贈り物をしておいたから楽しんでくれると嬉しいな。それじゃあね』
『あ!おい!!それはどういうこ・・・』
オレは最後まで言うことができず唐突に意識が戻り目を覚ました。目を覚ますとそこは昨日も寝ていた部屋。セオはすでに起きているようで、部屋には誰もいなかった。
寝過ぎたか・・・。それよりも不吉な事を言われてものだ、やれやれ。
オレが起きるとザシャが朝食を勧めてくれたので、朝食を食べつつエリス達がどこへ行ったのか聞いてみると、セオとアイラは勉強しにでかけ、エリスとアーティは村の散策へ、アヒムは狩りにでかけたそうだ。
「ふう。ご馳走様でした。美味しかったです」
「ふふ、ありがとう」
オレがお茶をずずーっと飲んでいると、ザシャがオレに頼み事があるそうで話をする。
「お風呂ですか?」
「そうなの。暖かい時はいいけど、寒くなると小川で水浴びするのも一苦労なのよね」
「なるほど。だから、お風呂を作って欲しいと?」
「ええ、お願いできないかしら?」
「来た時に作った簡易的なやつなら大丈夫ですけど、本気で作ろうと思ったら魔石が必要ですね。あります?」
オレの質問に困った顔をするザシャ。
「魔石はないわね・・・。どうにかならないかしら?」
「うーん・・・、オレも手持ちの魔石が無くなりそうなんで、あまり使いたくないんですよね・・・」
「そこを何とか・・・。魔石は後日エリスにどうにかしてもらうと言うことで」
ザシャが笑顔でさらり娘を売る。
「ちゃんと、自分で説得してくださいよ・・・?」
ということでエリス家の裏にお風呂を作る。ただし、今回は木材などの資材はないので全て土を固めて石にして風呂の材料にしよう。ここで問題なのが、ここにはスライムさん達がおらず、汚水やゴミを処理をする方法がないということだ。というわけで、その辺のことを考えつつ風呂を作る。
まずは、脱衣所や湯船、体を洗う場所を地面より高くし、その入り口には階段を登って入るようにする。なぜ高い場所に作ったかというと、湯船や体を洗う場所から髪や尻尾の毛、お湯を周辺に垂れ流すわけにもいかず、また地面に穴を掘ったところで満水になったら逆流してしまうので、お風呂場の下にそういった汚水と汚物が流れてくる場所を作る為だ。
お風呂場には魔素を注入すると水が一定量溜まる魔石をつけた貯水タンクに、貯水タンクから分岐してお湯を温める魔石を使ったタンクを作ることで、水とお湯の両方を使えるようにする。そして、汚水や汚物が流れていく場所は、人が入れるくらいの広さとドアを付け、そこには流れた水を蒸発させる魔石を設置する。蒸発した水分を逃すための窓もつけると、一番のポイントなる汚物を濾す為のフィルターの役目をする少し目の荒い布を設置する仕掛けを作った。
この布はオレが塩を作るときに使っていたもので、今回の風呂をつくるにあたりエリス家に贈ることにした。水は布を通り抜けて蒸発の魔石へいき、ゴミだけが布に残るというわけだ。後は、この布を洗って使えばいい。
まあ、この布は街に戻れば買えるしな。
ということでお風呂を完成させ、ザシャへ使い方や注意事項を説明すると、尻尾をブンブンと振りながら喜んでくれた。
「シュンさん!!」
そこへ、焦った様子で息を切らしながらアーティがオレへと飛び込んできた。
「おっと・・・、そんな焦ってどうしたんだ?」
アーティは息を荒くしながらも何とか息を整えてオレに説明してくれた。話をまとめるとギヨムが広場でエリスと戦い始めたので、助けを求めにオレを呼びにきたということだ。
「わかった。その場所に案内してくれ」
オレとアーティは急いでその場所へ向かうことにした。
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時間は少し前になる。アーティがエリスに村を案内してもらっていた。エリスの村には畑が少しと雑貨屋が1つある。装備を売っている店はないが、畑道具や狩りで使う道具の手入れができる職人がいる店がある。後は、狩りで余剰に余った肉を販売したり解体してくれる精肉店がある。2人は街とは違う村独特の風景を楽しみながら村を歩いていた。
その時、2人の前方で人が集まって騒いでいるのを見つけた。近くまで行ってみると、ギヨムが何かを喚いており、その周りに数人の男性狐人が倒れていた。
「おい!オレが人族に負けたのがそんなに楽しいか!?ええ?」
どうやらギヨムが昨日負けたことを話していたらしく、それに激昂して暴れていたようだ。そして、ギヨムはさらに男性狐人へ殴りかかろうとした時、その手をセオが止めた。
「やりすぎだ。もうやめておけよ」
「ああ?うるせえよ。邪魔すんな」
ギヨムはセオに返事をすると同時にセオの腹へと拳をめり込ませた。セオはギヨムの一撃にたまらず膝をつく。
「ぐふ・・・」
「セオ君!」
それを見ていたアーティがセオの名を呼ぶ。そして、エリスはセオが傷つけられた光景に、かつてアヒムが自分を庇って傷ついてしまった記憶が重なり、一気に頭に血が上った。
「ギヨムーーーーーー!!」
家族を傷つけられたエリスがアーティの横から弾丸のように飛び出し、ギヨムへ拳を放つ。ギヨムはいきなりの攻撃に驚きつつも、右手でエリスの拳を受け止めた。
「これはこれは、エリスじゃねえか。今日はあの人族の影に隠れてなくていいのか?」
ギヨムはにやついた顔でエリスを挑発する。
「おまえこそ、シュンさんがいなくて良かったわね。もしいたら、また一瞬で気絶してたものね。それよりも、セオを・・・私の家族を傷つけたこと、絶対に許さない!!」
エリスがオレの名を出したことでギヨムは昨日の敗北を思い出したのか、顔を憎々しげに歪める。だが、そんなことよりも弟を傷つけられたエリスの怒りは頂点に達していた。
エリスは掴まれてる手を引き、体を回転させてギヨムへ後ろ回し蹴りをする。ギヨムはそれをしゃがみ込んで躱すと足払いをする。エリスは蹴った勢いを利用して体の位置をずらして足払いを躱すと、すかさず姿勢を低くしているギヨムへカウンターの拳を放つ。ギヨムは左手を上げ腕でその攻撃を受けた。
「っぐ・・・」
さらにエリスは何度も上から打撃を放ちギヨムを打ち付ける。その攻撃を防御し続けるギヨムだが、さすがに打たれるばかりではなく、エリスの攻撃を躱すと下から拳を打ち出し反撃した。エリスがギヨムの攻撃を手で受け流そうとするが、ギヨムのその攻撃はフェイントであり、瞬時に手を引くと体を起こしてエリスから距離を取るのだった。
「っち、好き放題殴りやがって」
エリスは無言のまま、ギヨムへの距離を詰めようとすると、ギヨムの姿がエリスの目の前から消え、背後からギヨムの拳がエリスの背後を打った。ギヨムの攻撃で吹き飛ぶかに見えたエリスだが、オレが送った魔道具を発動することで、ギヨムの攻撃を無効化していた。
攻撃が効いていないことに驚くギヨムの隙をつき、エリスが裏拳を繰り出しギヨムの動きを止めると、またも連続で攻撃を始める。距離を取られるとギヨムの動きについていけないことがわかっているので、その隙を与えないように攻撃をしかけているのだ。
しかし、それも長くは続かなかった。ギヨムはなんとかエリスと距離を取り、自身の速度を活かした攻撃でエリスを翻弄しだしたのだ。エリスは魔道具によって致命的な攻撃を防御しつつ、冒険者時代に培った経験からギヨムと渡り合うが徐々に押され始める。
それを見たアーティは急いでオレを呼びに行くのだった。




