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いつもお読みいただいてありがとうございます。
今回はちょっと長いです。
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レインさんとの約束の日の朝。エリスと朝ご飯を食べている。
「あ、そういえばエリスに話してなかったんだけどさ」
「はい?なんですか?」
「オレ、今日商業組合に登録に行ってくるよ」
その言葉を聞いたエリスが食べようとしていたお肉をポロっと皿の上に落とした。
しかし、朝からお肉とはエリスさん肉食ですね。
「ええええ?ど、どうしてですか?シュンさん冒険者辞めちゃうんですか!?」
我に返ったエリスがすごい前のめりでオレに詰め寄ってきた。喋った勢いで、食べ物のカスがオレに飛んでくる。
「わっ、汚い・・・」
思わず目を閉じて顔を背けてしまう。
「あ、ご、ごめんなさい。」
正面から移動して隣に座ってきたエリスに顔をふきふきされる。
意外と恥ずかしいなこれ、子供に戻ったみたいだ。
「あ、いや、説明が足りなかったのはオレだ。すまない」
というわけで、レインさんと話した内容をエリスに説明した。
「なるほど。そういうことだったんですね。商談も無事に済んでよかったですね。これで、ウチの受付嬢達も落ち着きそうです」
エリスが寒気を感じたのか、ぶるぶると体を震わせる。理由を聞いてみると、あの日、アダルさんから石鹸を配られた後、石鹸を使った受付嬢達があまりの使用感の良さに、販売が開始された暁には、石鹸買うべしと殺気だっているそうな。
思わず、アイエ・・・と叫んでしまいそうだ。
「ああ・・・、そうなんだ。けど、ちょっと必死すぎない?たかが石鹸でしょ?」
オレがそう言うとニコリと笑ったエリスがオレの頬を両手で包み込んで、真っ直ぐに目を見つめて来た。
やだ、エリスさん大胆、朝から何するつもり?
「たかが、なんて言ったら世の女性を全て敵に回しますよ?シュンさん。シュンさんには出来るだけ多くの石鹸を作っておくことをおすすめします」
「は、はい・・・。」
エリスの圧を感じ、今度はオレがぶるぶる体を震わすのだった。
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昼の鐘が鳴る頃、商業組合の前でレインさんを待つ。
商業組合は、冒険者組合と違って用途に合わせた受付は作られていない。どの受付でも全ての業務に対応してくれる。なので、建物の中の受付数は冒険者組合より多い。そして、奥に商談用の部屋も複数あり商談にもよく利用される。さらに商談部屋が並ぶ廊下の突き当たりに誓約の儀を行うための部屋があるそうな。
「こんにちは。シュンさん。お待たせしましたな」
「いえ、大丈夫ですよ。まずは、商人登録からですかね?」
「そうですね。登録を終えたら先日の代金をお支払いいたしますね。その後、誓約の儀を行いましょう」
レインさんと2人で商業組合へ入り、受付にて商人登録を済ます。その際に担当してくれている受付嬢から商会名をどうするか聞かれた。
「商会名ですか。レインさんは、ご自身の名前を商会名にしてますが、自分の名前で登録するものなんですか?」
「そうですね。ほとんどの商人は、お客様に覚えてもらいやすいようにと思って自分の名前をつけますな。ただ、我が商会は古くからありますので、受け継ぐ際にその名前に変更するのが慣例となっております」
「なるほど。では、オレは店を持つ予定はありませんので、別の名前にしましょうかね・・・。そうだ。タバサム商会にします。それで登録をお願いできますか?」
「タバサム商会ですね。承知いたしました」
「タバサムとは、あまり聞かない響きですな。何か意味がおありなんですか?」
「ええ。昔どこかで聞いたような気がするんですが、確か笑顔という意味だったと思います」
昔とは言ったがこの世界でとは言っていない。笑顔商会、漢字で書くとダサいな・・・。でもまあ、思いつきとはいえ笑顔なのはいいことだ。悪くないだろう。
「なるほど。笑顔ですか、良いですな」
ほどなくして受付嬢の作業が終わり無事に組合員証を受け取った。その際にレインさんが登録料を払ってくれたのでお礼を言っておく。
そのままの流れで魔法袋と石鹸の代金を組合員証へ入金してもらった。
ちょっとした小金持ちになった。何かを売ってお金を手に入れるのは初めてだから感動するな。商売してみるのも面白いかもしれない。
商業組合の組合員証は、商会名、登録者名、そして預金残高が載っている。ただし、預金残高は本人の魔素を通さないと見れない。このお金は商業組合の受付にて引き出すことが可能だ。
「さて、それでは誓約の儀を行う為に移動しましょうか」
移動した先は誓約の間という部屋だった。
そのまんまな名前だな。わかりやすくていいと思うよ。
中に入ると、老齢な男性が1人講壇の後ろに立っていた。誓約の儀を行うためには、見届け人として教会から司祭が派遣されるそうだ。
今回の誓約内容は次の通りだ。
・レイン商会は石鹸の製作者を第三者へ教えない。すでに知ってる人は除外される。
・レイン商会とタバサム商会の合意の元、製作者を教える事は可能とする。
・タバサム商会の石鹸はレイン商会が取り扱う。
・片方が不利益を被る取引は行わない。
・上記の内容は、双方が合意の上にて変更、または内容の破棄が可能
オレとしては、石鹸の製作者がオレであることが広まらなければいいので1つ目の内容だけでも構わない。
すでに知ってる人もいるし、遅かれ早かれ知られてしまうだろうしな。ただし、オレとレインさんから製作者の名前がでなければ、噂という形でとぼけることもできる。悪あがきかもしれないが時間稼ぎにはなるだろう。
オレとレインさんがお互いに誓約内容を確認すると、司祭の男性が誓約の完了を約束の神マズラへ奉納する為の祝詞を唱える。それが終わると、オレ達は誓約書へサインをするように言われたので、2人とも誓約書へ名前を記入する。
サインが終わった瞬間にオレは意識がブレるのを感じ頭を振ると、目の前が白い空間に変わっていた。
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これは異世界転生名物、神の領域に意識だけ来たという奴だろうか。オレは辺りを見回してみるが、どこを見回しても果てのない白き地平が広がっている。
そしてふと右の方を見てみると、オレの方に向きながら笑顔で口をパクパクさせている女性がいた。
髪は金髪でトーガのような服を着ている。目は金色で唇がピンク色でプリッとしていてセクシーだ。そして胸もでかい。これまで色々な美人を見たが、やはり神というべきかその姿は誰よりも綺麗に見えた。
恐らくこの女性がマズラ神なのだろう。しかし、口をパクパクさせているが、オレに何かを伝えようとしているのだろうか?残念ながら何を言っているのか全くわからない。
しょうがないので、女神を無視して戻る方法を探すことにしよう。
オレが足元に手をついて色々探っていると、女神が居た方からドンドンと叩く音がする。オレはその音を無視し、さらに戻る方法を模索していると、叩く音がさらに激しくなっていくので観念して音のほうへ向く。
音の先では、笑顔を無くした女神が必死な形相で見えない壁のようなものを叩いていた。
仮にも女神なのにその表情はどうなんだろう・・・。
すると、オレに気づいた女神は必死にパクパクと口を動かしながら、指で目の前を指している。
オレは何を言っているのかわからないので、両手を上向きに上げ顔を左右に振りながら、わかりませんのジェスチャーをする。そして、女神に笑顔を向けて、軽くお辞儀をした後、改めて戻る方法を探そうとしたら、バンバンと音がするので、そちらへ目を向けると、女神は空中に一枚の紙を貼り付けていた。
器用だな、ハンドパワーというやつかな。
浮いてる紙には文字が書いてあったので読んでみる。
えーと、何々?目の前に見えない壁があり、私の声が貴方へ届きません。これは貴方の力によるものなので解除をお願いします。
ほう、オレはいつの間にかマズラ神様を拒絶していたようだ。なるほどなるほど。
オレも紙を出せないかなと考えていたら、目の前に紙が出現したので、そこに返事を書き込む。
お構いなく。と。
さて、どう戻るべきかと思考しようとしたが、マズラ神が泣き始めたのが見えたので、諦めて壁を解除した。
「ふー、泣く事はないではないでしょうか?えーと、マズラ神様?」
「ふぐぅ、ふぐー。酷いです。私が貴方に何かしたのですか?」
「確かに・・・、何もされていませんね。少し意地悪が過ぎたかもしれません。申し訳ありませんでした。謝りますので、泣き止んでください」
「全く、不敬です!本当なら天罰が下りますよ!!」
「なるほど。では、強引にこのような場所に呼ぶのは神だから何をしても許されると?」
「・・・それは、そのー。と、とにかく貴方に伝える事があります!」
「結構です」
マズラ神に返事をして離れるために移動しようとした瞬間に、腰に抱きつかれた。
こ、この感触は!?腰が幸せだ。って、違う!逃げなければ!絶対厄介事だ。オレの勘がそう告げている。
「ちょ!?離してくださいよ!」
「なんでー!?なんでですか?話を聞いてくれるまで離しませんよ!貴方と話ができるこの機会を逃せば、次にいつ伝えれるかわかりませんから!」
「何だか嫌な感じがするので聞きたくないんですけどっ!?」
「いーえ、聞いてもらいますー。大体、貴方に神々の神託を伝えようにも、夢の世界には入れないし、教会でも交信できない。ようやくこの領域に呼べたと思ったら見えない壁とか!?ふざけてますうー?」
可愛い顔した女神が逆切れしだした。
「そんなこと知りませんよ!オレは何もしてません」
「とにかく、ここで貴方に話を聞いてもらえないと・・・!」
「聞いてもらえないと?」
「他の神々に怒られちゃいます・・・」
「・・・・・・・・・」
「わかりました。聞きますよ。だから離してください」
「いえ、せっかくなので、このまま話しますね」
なんでだよ。もう逃げないというのに・・・。しかし、男として喜んでしまうのが悲しい。腰にフワフワが当たっている!恐ろしい罠だ。
女神マズラの話を要約すると。
かつて、数多いる神から悪神として神の世界を追放され、地上に封印された神がいた。その悪神は封印されながらも、一部の力を使い魔物に神の力を与えて、世界に混乱を起こしているそうだ。そうした魔物の対処として、神々も人々に加護を与えて魔物を倒すように神託を降ろしている。加護を与えられた人の中には、勇者や聖女と呼ばれる人もいるとのこと。
じゃあ、問題ないじゃないかと思ったが、時々人の手に余るほど強い力を持った魔物が出現したりするらしい。その相手をしていた神が1柱いたそうだが、その神は突然神の世界からいなくなってしまったらしい。
消えた神が最後に残した言葉が『私以外にも対処すればいいのに、いくら言っても他の神は何もしないから、もう疲れた』だそうだ。
「他の神々の自業自得としか言えんな」
「うぐう・・・。それを言われるとそうなんですが・・・。それで、もし人の手に余る魔物がでた場合、貴方に対応していただけないかと思いまして・・・」
「何故?オレが対応しなければならない理由がわかりませんが?それこそ、マズラ神様なり、他の神が対応すればいいでしょう?」
「私は戦闘系の神ではなく、戦闘系の神は脳筋といいますか、手加減ができないというか、力を使えば世界が崩壊します・・・」
「・・・事情はわかりましたけど、その件については、はいそうですかとは、言えませんよ」
「えええ。どうしてですか?」
なんだろう、女神の威厳とかそういうのはないのだろうか・・・。普通の少女のようなんだが。
「その話からするとオレに宿った力が、恐らく消えた神の力なんでしょうけど、そもそもこの力は押し付けられたもので、オレが望んだ力じゃないからです。それに、オレが対処したら、消えた神の気持ちはどこにいくんですか?マズラ様や、他の神々は何も感じないんですか?」
「そうですね・・・。虫のいい話だと思っています。ただ我々も、悪神の力を弱めたり、魔物が強くなる前に神託によって討伐してもらったりしてます。しかし、どうしても悪神へ妨害ができず、強い魔物が生まれてしまい人の手に余る時があります。その時、地上へ直接介入するとなると、消えた神のように上手くできないのです」
「だから、その時だけはオレに対応をしてもらいたい、と?」
「そうですね」
マズラ神がしゅんとして黙ってしまう。
全く、マズラ神だけが悪いわけじゃない。今回、偶々オレと話す事ができてしまったから、こんな嫌な話をしなければならなくなっただけだ。
神様というならもっと不遜な態度でいればいい、そうすれば、オレも素気無く突っぱねてやれるのに。
「はあ、わかりましたよ。ただし、オレができる範囲で対応します。オレは神の力を持ったとしても神じゃない。全てを救うことなんてできないんですから」
「それで十分です。ありがとうございます。シュンさん」
オレの名前知ってたのか。最後に笑顔になって名前を呼ぶところが小憎らしい。
その後、誓約の間に意識が戻ってきたオレは、無事に誓約の儀を済まして、レインさんと別れて家に帰った。
その夜、あまりに疲れた顔しているとエリスに心配され、何故か強制的に一緒に寝ることになってしまったのだった。




