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2階の商談部屋に通してもらい、ソファーを勧められたので席につく。レインさんは、お茶を用意してからテーブルを挟んでオレの正面に腰を下ろした。
テーブルやソファーは年季を感じさせるが、質がよく丁寧に使われてきたんだろう、まだまだ使えそうなくらいしっかりした物であった。
「改めて、いきなりお店に来てしまってすいません。メイヒムで別れる時に何かあればとおっしゃってくれましたので、早速お願いをしに参りました。」
「いえいえ、シュンさんならいつでも歓迎いたしますよ。それに、メイヒムへの行商の時はお世話になりました。それで、ウチのジェシカが随分興奮しておりましたが、今回は石鹸を商会で取り扱って欲しいと言うことでしたかな?」
「ええ、そうですね。レイン商会が石鹸をすでに取り扱ってるのはわかっていますが、それとは別にこの石鹸も置いてもらえないかと思いまして」
オレはそう言いながら石鹸をテーブルの上に置いた。ジェシカさんに使ってもらったので、石鹸は拭いてある。
「では失礼して。ほお、これは・・・」
「よければ、レインさんもその石鹸を使ってみますか?」
「よろしいですか?」
「もちろん」
ジェシカさんに出したものと同じ物を用意して、レインさんにも手を洗ってもらう。手を洗い終えたレインさんは自分の手を見つめながら驚いている。
「はは、これは驚きましたな。ジェシカの興奮の理由もわかるというものです。シュンさん、これはすごいですよ。この石鹸を知ってしまえば、もう今までの石鹸を使う事などできないでしょう」
「それはさすがに大げさでないですかね?」
「いやいや!大げさではありません。これは売れますよ、これをどこで手にいれたんですかな?」
「これはオレが作った石鹸なんです」
「な、なんと!?シュンさんがお作りに?シュンさんは高明な錬金術師様なんですか?」
「いえいえ、ただの冒険者ですよ」
「ただの冒険者はこんな凄い物を作ったりできないと思いますが・・・。ふう、メイヒムへ行く時も簡易な家を作ったりと、驚かされましたが、まだこれほどの驚きがあるとは、人生とは何が起こるかわかりませんな」
そう言って、お茶を口にするレインさん。オレも用意してもらったお茶を飲む。レインさんが少し落ち着くの待ってから商談の続きといこう。
「それで、いかがでしょう?この石鹸をレイン商会で販売していただけますか?」
「もちろん。むしろこちらから、この石鹸を販売させてくださいと言うべきでしょうな。いやはや、メイヒムへの道中でシュンさんには何かあると感じてましたが、私の勘も捨てたものではありませんな」
「そこまで言われるとこそばゆいものがありますね。」
「ははは、シュンさんもそういう仕草をされるんですな」
その後、販売の話を詰める。現状の石鹸と差別化する為に高めの金額設定にする。そして、こちらのお願いとして、1人1日1個の個数制限をしてもらうようにした。万が一買い占めができてしまうと、ハイエナと化した受付嬢達が買い漁るかもしれない。あるいは、買い占められて受付嬢達が買えないとなると、血の雨が降るかもしれないしな・・・、いや流石に考えすぎか。
さて、無事に石鹸の話がまとまったな。あとは、魔法袋の話をしようか。
「では、先に石鹸をお渡ししようと思うんですが、それと一緒に見て欲しいものがあって、テーブルに出してもいいですか?」
「石鹸の他にですか。なんでしょう?」
オレは、腰のポーチから魔法袋を取り出してテーブルに置く。
「ここに今回お渡しする分の石鹸が入ってます。そして、中に入っている石鹸以外にこの袋も買っていただけないかなと」
「ま、まさか・・・、これは魔法袋ですか?石鹸だけでも驚かされましたが、まだこんな隠し球を出されるとは・・・。今日という日は、私の商人生活の中で転機となる日なのかもしれませんな」
レインさんが震えながら袋を手にとる。
いや、そこまで重い話ではないはず・・・。言い過ぎでしょう、レインさん。
「これはどこで手に入れたのですか?」
「先日行ったメイヒムで迷宮に行きまして、そこで偶然手に入りました」
「なるほど。そうでしたか。しかし、よろしいんですか?魔法袋はオークションに出せば恐ろしいほどの値段になりますよ?」
「構いませんよ。魔法袋が手に入った時、レインさんの話を思い出しました。きっと、これも縁というものでしょう。お譲りする金額としては、金貨30枚でどうでしょうか?」
「ば、ばかな!?」
驚いてレインさんが思わず立ち上がる。オレはそれに驚いて、ちょっとビクッとしてしまった。おお?この金額では納得できないのだろうか・・・。吹っかけすぎたかな?
「安すぎますよ!オークションなら金貨100枚以上しますよ?」
あ、そっちか。安すぎて驚いたのか。よかった。
レインさんも自分が興奮していたのに気づき、ソファーに座り直す。
「さっきも言いましたが、レインさんとの縁を大切にしたいんです。きっとこれからもお世話になると思いますので。ただし、これを金貨30枚でお譲りするにあたり、条件がありまして」
「はは、シュンさんもお人が悪いですな。魔法袋でこれだけ破格の条件を出されて、断れる商人がいるわけがないですよ」
「その条件とは、石鹸の作り手がオレであることを秘密にして欲しいんです。理由としては、この石鹸を作ってるのがオレ1人なので、もし他の商会に知られてその商会も欲しいと言われると、オレの生産が追いつかないからです。まあ、他の商会では相手にされない可能性もありますけど」
「いえいえ、これは他の商会に持ち込まれても必ず興味を持たれるでしょう。理由は理解しました。私共、レイン商会としてもこの石鹸は専売としたいところなので問題ありませんな。とはいえ、口約束だけでは不安も残りますな。そこでシュンさんに1つ提案があります。商業組合にて商人登録をしませんか?」
「商人登録ですか?えーと、何故商人登録を?」
「ええ、いくつか理由がありますので、1つずつ説明しますね。まず1つ目は商人登録すれば商業組合にお金を預けることができます。そして、商業組合の組合員証を使えば、組合員証によるお金の受け渡しが可能なので、金貨や銀貨を持ち歩く必要がありません。今後の取引を考えるとシュンさんも作ったほうがいいという判断です」
ほお、商業組合の組合員証にはそんな機能があるのか。冒険者の組合員証には魔物の魔素を少し吸収する機能があるから、各組合にそれぞれに合わせた機能があるということかな。
「2つ目に、商業組合にて商人同士で行える誓約の儀をする事ができるということです。これは、約束の神マズラ様に誓約すると、その誓約を守らない場合や、故意に破らせようとしたり、悪意を持って破らせようよとしたら、神罰が下ります。例えば、私に無理やり石鹸の製作者を喋らせようとすると、その人に神罰が下るということですな。」
「なるほど。そんなものがあるんですね。ちなみに、商業組合への登録は簡単にできるものなんですか?」
「いえ、登録には別の商会からの推薦状と、登録料に金貨1枚が必要ですな」
金貨1枚とは・・・、約100万円・・・。庶民が登録できる金額ではないんだが・・・。
「それは高額ですね・・・。それだとほとんど商業組合に登録できる人がいないんでは・・・?」
「いえいえ、ほとんどの商人は伝手のある商会へ見習いとして働いて、その商会から推薦状をもらい、また独り立ちのお祝いとして金貨1枚を出してもらうのですよ。今回は、私が推薦状と登録料をご用意しましょう。魔法袋のお返しとしては全然釣り合ってはおりませんが・・・」
「いや、そんなことはないでしょう。レイン商会からの推薦状なんて、この街で商人を目指す人からしたら、天からの啓示に等しいじゃないですか」
「ははは、シュンさんもお上手ですな!しかし、私ごときが天と同じとは恐れ多い。むしろ、久方ぶりにここまで興奮させてもらえたシュンさんこそ、天の使いではないかと思いますよ」
「ははは、それこそ恐れ多いですね」
まさか目の前の男が神の力を持つとは思うまい・・・。
「ふと思ったんですが、誓約について、仮に身分の高い人に迫られた場合はどうするんですか?」
「ああ、そうでしたな。仮に貴族の方に聞かれた場合などは誓約書を見せるのですよ。神罰自体は誰にでも下ります。ですので、そうならない為に、誓約書の内容を貴族の方に確認してもらいます。そうすれば、あちらも強引には事に及びません。ちなみに、わざと誓約違反をさせて第三者に神罰を下そうとした場合、その誓約違反をさせようとした人に神罰が下ります。神を不敬に利用しようとした罰ですな」
ふむ、そのマズラという神は働き者だな。とはいえ、この仕組みはオレにとってありがたいな。
「わかりました。そういうことでしたら、是非商業組合に登録したいと思います。お願いできますか?」
「ええ、お任せください。では、推薦状を用意いたしますので、2日後の昼の鐘が鳴る頃に、商業組合の前で待ち合わせはいかがでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
というわけで、流れで商人登録することに。
まあ、いいかこれで商売できれば冒険者を辞めても生きていけそうだしな。
レインさんと話をまとめオレは商会を後にするのだった。
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