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さて、エリス達4人と思い思いに過ごした後、ついに追放神への元へと向かう日が来た。
「無事に帰ってきてくださいね・・・」
エリスが不安な顔をしながらオレを見つめてくる。アーティやリンカ、アダルさんも同じような顔をしていた。
「ああ、ちゃんと帰ってくるよ」
そう言いいながら手に黒い玉を持ち、神の力を籠めるとオレの体が消えて家にはエリス達4人だけが残った。
オレは目の前が一瞬暗くなるのを感じたが、次の瞬間には視界が切り替わり、目の前に見えたのは空と大地の境目のない白い空間だった。
足に感触があるということは地面はある。ただ、上下左右どこを見ても白いため、果てがあるのどうかはわからんな・・・。
「やあ。ようやく来てくれたんだね」
辺りを見回しているオレへと不意に声が聞こえてきたので、オレはそちらへと顔を向ける。
「ああ、ようやくご対面ってわけだ」
「まずはこちらへどうぞ」
そこにはいつの間に用意されたのか、テーブルに椅子とティーセットが置かれていた。そして、それを用意しただろう人物が立っている。
黒い髪を腰まで伸ばし色く美しい肌を持った少年が立ってた。いや、少年と呼ぶにはもう少し歳を重ねており、これから青年になろうかという感じだろうか。
「えらく洒落た歓迎だな」
オレは追放神が用意したティーセットを見ながら肩をすくめた。そのティーセットは白い空間に合うように作ったのか、少し青みがかかった陶磁のような滑らかな材質で、凝った意匠がされていた。
「ふふ、初めてのお客様だからね。そして、ずっと待ち望んでいた人が来てくれたんだ。ちゃんとおもてなししないとね」
そう言うとティーポットを持ち上げてカップに紅茶を入れ、すっと椅子に座る追放神。
「さ、かけてよ。大丈夫飲み物に細工なんてしてないよ」
オレは追放神に促されるままに椅子に座ると、そのまま紅茶に口をつける。
「美味いな」
神がお茶を入れるのが上手とはこれいかに。
「それはよかった」
そう言って微笑みながら自分も紅茶を飲み始めた。
しばし無言の後、追放神が口を開いた。
「君のその力は、あの人のものだよね?何故君がその力を持っているか教えてよ」
さて、どう答えたものか。・・・いや、どうせなら話してもいいか。どうせすることは変わらないし、いまさら追放神がオレの力を知ったところで何ができるわけでもないしな。
オレはそう思い、自分が力を得た経緯などを話、時に追放神からの質問を答えていった。
ほどなくして、追放神が紅茶を一口飲み口を潤した。
「なるほどね・・・。だったら、その力を持つ君と僕は戦う運命にあったってことだね」
「嫌なことにそうらしい。やっかいな事を押し付けられたと思っている」
「あはは。はっきり言うね。でも、僕は少なくとも君と遊んでいる時は楽しかったよ。だから、君がその力を継いでくれて良かったと思ってる」
「そう言われても、オレは複雑な気持ちだよ・・・」
オレはうんざりした表情を作りながら嘆息してから、表情を引き締めた。なぜなら、目の前の追放神の気配が変わったからだ。
「でも、ここからは本気の戦いさ。さあ、そろそろ始めようか。僕の終わりか世界の終わりかを決める戦いを。僕が勝てば世界を壊す。多少力が減ったとしても、この世界にいる神々を殺すだけの力が僕にはある」
「だったら、オレはそれを止めよう。散々虐げられたお前には悪いが、壊されちゃ困るものがいっぱいあるんだ」
「それでいいさ。そうでなくっちゃ締まらない」
追放神がそう言いながら席を立つと、オレも同じように席を立ち向かい合う。
「僕はこの世界の神々が悪と呼ぶ存在。名前はないんだ。せっかくだから君がつけてくれると嬉しいな」
こいつ・・・、最後になんてことをぶっこんでくるんだ・・・。名前ねえ・・・。そもそも追放神は悪と呼ばれ、世界を壊すなどと言っているが、それしか知らない存在なのだ。神の力を持ちながらその意味を与えられなかった存在。
破壊と創造が世界を作るというなら、オレに力を与えたほうが創造を司っていたのかもしれないな。
「そうだな・・・。エンリルなんてどうだ?」
「エンリル!いい響きだね。さすがあの人の力を受け継いだだけあるね。エンリル。うん、これからはそう名乗るよ」
「受け継いだかどうかは関係ない気がするが・・・、まあ、気にいってもらえたなら何よりだ。・・・じゃあ、始めようか」
「そうだね。では、改めて僕の名はエンリル。世界を壊し、君を殺す者だよ」
「オレの名は、シュン。神切瞬だ。前世の世界で営業マンを仮の姿とし、その実、道理を外れた神を殺す家に生まれ、神と相打ちになってここへ来た。そして、お前の・・・敵だ」
オレの言葉が終わると同時に、エンリルは自分の長い黒髪を体に巻きつける。すると全身を覆った髪が形を変え、頭に角を生やした兜を被った黒い騎士のような格好になる。
オレはエンリルに対抗するように亜空間から白に輝くコインを取り出した。
そして、コインを右手に持つと、左手を腰に添える。すると腰にベルトが現れる。そのベルトのバックル部分にあるプレートを右から左へスライドする。
スライドしたそこには、コインをはめる穴があり、そこへコインを挿入すると、今度はプレートを左から右へスライドする。その瞬間、プレート部分から無機質な声が流れる。
『ヴァイスフォーム』
声が流れた瞬間に、足元に直径1メートルの白い魔法陣が現れ、そこから鞘に収まった1本の剣が出現し、目の前まで浮かび上がってくる。
オレが左手で鞘の部分を掴んだ瞬間に背後に白く輝く半透明のフルプレートアーマーの騎士が現れる。続いてオレの体を魔法繊維でできた黒いスーツが覆う。
全身が黒いスーツに覆われたオレは剣を掴んでいる手を左に振る。オレの動きと同じようにオレの背後の騎士も同じ格好となり、同時にオレの体と被さるように一体化し、半透明だったアーマーが純白へと変わり質量を帯びる。
そして、オレは白騎士の姿になる。
オレは左手に持った剣を腰につけると背中にマントが出現して変身完了だ。
全身を覆う純白の鎧。その兜の側頭部あたりから2本、竜の角のようなものが後ろに伸びていた。
お互いの変身が終わった瞬間に、オレは白い剣を抜剣し、エンリルは手から黒い剣を出現させた。剣と剣がぶつかり合い火花を散らし、その衝撃でオレとエンリルの周囲に衝撃波が生まれる。
鍔迫り合いをしたのも一瞬、すぐに剣を引いたエンリルがオレの腹に蹴りを放ち、オレは剣の刃で防御するが、その威力に後方へ吹っ飛ばされる。
すぐさまエンリルが剣を振り上げて切迫するが、オレも着地をしながら迎撃体制を取る。幾重もの剣戟が音を立て、無音の空間に響いていく。
しかし、エンリルの攻撃は重く、そして強い。その為、すぐさまオレが防御一辺倒になり、一方的な戦いへ流れていった。
ついにはエンリルの一撃がオレの胴へと入り、ヴァイスフォームの鎧にヒビを入れながらオレを吹き飛ばした。
「っぐ・・・。ぐほ」
オレは上手く受け身を取れずゴロゴロと体を回しながら血を吐く。
「今までは、瞬の力に負けていたけど、それはあくまで僕の分けた力で戦っていたからさ。ここでは、僕の力を十全に振るえる。どうやら、瞬の力では僕に届かないみたいだね」
そう言いながら剣を肩に担ぎオレに近づいてくるエンリル。
やれやれ・・・。まあ、確かにコイン1枚分の力でどうにかできるわけないか・・・。
オレは剣を支えにして立ち上がると、瞬時に光魔法を使って傷を癒した。
「確かに、エンリルの言う通りだな。けどな、オレもさっきので大体エンリルの力を測れた。ここから第二ラウンドといこうか!」
オレは再び腰に手を当てるとバックルが光輝き左へスライドした。現れたプレートには、さらにもう一枚コインをはめる穴が出現しており、オレはそこに黒いコインをはめ込むとバックルを右へスライドさせる。
白い空間に無機質な声が響く。
「ヴァイス!シュバルツ!カオスフォーム』
声が響くと同時にエンリルがオレに切りかかってくるが、オレの足元から白と黒の光が螺旋を描きオレを包みながら空へと柱を作ると、エンリルの剣を弾き返した。
「っぐ・・・」
ヴァイスフォームの白い鎧は修復され、その白を基調とした鎧に黒のラインが生まれていく。マントは裏地が白に表は黒に。兜にも黒いラインが刻まれていくのと同時に、額の部分からシュバルツフォームにあった黒い角が1本生まれ、白の角と併せて3本の角を持った兜となる。
最後にシュバルツフォームで使っていた黒い大剣の真ん中に、ヴァイスの白い剣がはめ込まれてオレの手に収まると、オレは剣を横なぎして白と黒の螺旋の柱を消し去った。
「へえ・・・。まだまだ楽しめそうだね!」
オレの変身後の姿を見ながら笑っているかのような声をあげるエンリル。兜に覆われた姿からは表情が見えないが声が弾んでいる。きっと笑っているんだろう。
「そうだな!」
オレは前へと疾走し、エンリルは剣を構える。オレが振り上げた剣を真っ向から受け止めるつもりなのか、エンリルは剣を下から切り上げてくる。
2つの剣がぶつかった瞬間、エンリルの剣の勢いが止まり、さらにその足元の地面にひびが入っていく。
「っぐうううううう」
オレの一撃のあまりの衝撃と威力にエンリルがうめき声をあげた。
「うああああああ!」
それでも、エンリルは負けじと力をこめてオレを押し返した。オレは即座に後ろに飛ぶと、剣を構えてエンリルを見る。
「ふふ・・・、いいね。こうでなくっちゃ戦いにならないところだったしね」
「ああ。存分に楽しもうか」
お互いに踏み込んで剣を振るう。剣をぶつけ合い、躱しあい、共に攻撃を与え合う。
エンリルの鎧が砕け、オレの鎧も破損していく。
「っは!」
エンリルが横切りでオレの頭を狙い、オレはそれをしゃがんで避けると体を回して蹴りを放ち、エンリルの腹を穿つ。
「ぐふっ」
エンリルが大きく後ろに吹き飛び、オレは追い討ちをかけるべく飛びあがると、剣を振り上げてエンリルを狙った。
しかし、エンリルも黙ってやられる訳もなく、すぐに立ち上がるとオレの一撃を躱し、カウンターでオレの銅へ剣をいれてくる。
「ぐは・・・」
オレの鎧にヒビがはいり一部がくだける。
どれくらい時間が経ったのか、オレもエンリルもすでにボロボロの状態である。
「ふふ・・・、ここまで追い詰められるとは思わなかったよ。ここでなら僕が負ける訳ないと思ったんだけどね」
「オレも負けられない理由があるんでね」
オレはそう言って軽く笑う。
「負けられない理由か・・・。いいね。僕には理由も意味も意義も何もないよ!!」
エンリルが叫びながらオレへと向かってくる。その時、頭に声が響いてきた。
『お待たせ。準備が整ったよ!』
やれやれ、ようやくか・・・。さて、後はどうフィニッシュを決めるかだな。
オレは軽く息を吐き、意識を集中する。そこへ常人では目で追えないほどの速さで迫るエンリルが来る。
一歩が永遠に感じるほどの感覚。その感覚の中でエンリルの攻撃を上体を逸らして避けると、拳を握って思い切り腹を殴って上空へと吹き飛ばした。
「ぐはああああああ」
叫びながら上へと飛んでいくエンリル。
「ここまで、お膳立てしたんだ。しっかりやってくれよ」
『まかせて!』
その声が頭に響くと、エンリルの向かうさきに黒い渦のような空間が現れた。そして、エンリルがその渦に触れる直前に、白い半透明の2本の腕が渦から出現すると優しくエンリルを掴み、渦の中へと引き込んでいく。
「な、なんだこれ?シュン、何をしたんだい!」
「エンリルが求めてたもんだよ。あっちに行ったら片割れによろしくな」
「意味がわからない!」
突然の不可解な現象にエンリルが叫びをあげるが、正直なところオレもあの渦が何なのか、どういう原理なのか少しもわからないので説明のしようがない。
『あれ・・・』
その声が響いてきたところで、エンリルの下半身が飲み込まれたまま動きを止めた。
ん?どうしたんだ・・・。
『おかしい・・・。これ以上この子を引っ張れない』
「どいうことだ?」
『どうやら私の想像以上に世界の境界が分厚いみたいだね・・・』
「大丈夫なのか?」
『何とかやってみる。けど、このままだとこの子が持たないかも・・・』
「はあ、やれやれ」
オレはため息を一つつくとバックルに触れる。
全く世話が焼けることだ。
オレがバックルに触れると無機質な声が響く。
『ファイナルアタック』
すると、オレの足元に白と黒の螺旋が生まれ、回転しながら右足に絡み付いた。
「っは!」
そして、高く飛び上がると左足をひいて、右足を突き出しながらエンリルへ向かっていった。
「はあああああああ!」
エンリルを蹴りで渦の向こう側へ押し込んでやるつもりで放った一撃だったが、エンリルに当たる直前で見えない壁のようなものに阻まれてしまう。
だが、オレは壁をぶち破るつもりで蹴りのエネルギーをぶつけ続けた。
っく・・・、硬い。
「こなくそおおおおお!フルパワーだ!」
オレの足に緑、青、赤、黄の光が加わる。そして、ついに見えない壁が割れるような音が響くと、オレはエンリルに渾身の一撃を放った。
「うわああああああ!」
最後にエンリルが叫び声をあげると、そのまま渦へと吸い込まれていく。
オレは蹴りを放つのに全力を使ってヘトヘトになっていたので、着地して大の字で寝転んだ。そこへ声が響いてくる。
『最後まで面倒かけてごめんね・・・。それと、これが最後だと思うから、言っておくね。ありがとう。本当に、ありがとう』
「ああ、これっきりにしてくれたらそれでいいさ」
『ふふ。安心してよ。全部終わったから。それじゃ、バイバイ』
「元気でな」
オレがそう言うと、もう声は聞こえなかった。
これで本当に終わったらしい。
オレは力を抜くと目を閉じ、少し休むことにした。
その時オレは知らなかった。エリス達が持っていたコインがひび割れ、輝きを失ったことに。




