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「作業中にすいません。ちょっといいですか?」
「あ、はい。何でしょう?」
オレが話しかけた男性は特に気を悪くした様子もなくオレに返事をしてくれる。
「オレは冒険者のシュンと言います。ここにプティーという女の子はいますか?」
「失礼ですが、お嬢様とはどういった関係でしょう?」
お嬢様?ふむ、プティーは留学生としか聞いていないが、カーラ様が気にかけているくらいだし、もしかすると良い家柄の子なのかな。
「以前に王都で特別講師をした時、彼女と知り合いました。その縁で先日手紙を使ってプティーにオステンエストまで同行できないかお願いしたんです」
「手紙で・・・?」
男性は何かを考えこむように少し俯いてしまう。その時、遠くから黒髪に簪をした少女が歩いてきた。そして、その少女から鈴の鳴るような声が聞こえてくる。
「先生、お久しぶりです」
「プティー様!」
その声を聞いた男性はプティーの名を呼ぶと、姿勢を正してプティーに向き直る。
「この方は、私の知り合いですから、安心してください」
その一言で警戒が解けたのか、男性が申し訳ありませんと謝罪してきたのでオレは気にしないように返事をしてから、プティーへと視線を向けた。
「久しぶり、プティーさん」
「プティーでいいですよ。私のほうが年下ですし敬語も不要です。お元気でしたか?」
「ではお言葉に甘えるよ。それから、オレは元気だったよ。プティーも壮健そうで何より。今回はありがとう。本当に助かったよ」
「いえ、カーラ神様からお告げがありましたし、それに、私共にとっても益のあることですから」
やはりカーラ様が根回ししておいてくれたらしい。
「ところで、そちらの方は?」
「ああ、オレの恋人のリンカだ。オレと同じく冒険者をしている」
「旦那の嫁のリンカだよ。よろしくね」
「おい、しれっと嫁とか言うんじゃないよ」
「いいじゃないかい」
オレが半目で呆れているのに対してへへへと顔を赤くして笑うリンカ。そのやりとりを見て、プティーはクスクスと笑っていた。
「後3人ほど連れがいて合計で5人なんだけど、大丈夫かな?」
「はい、問題ありません。そのように手配をしておきますね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
オレはその後プティーと軽く話を詰め、出発は2日後の朝ということになった。
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2日後、無事にオレ達を乗せた船は出港した。天気はよく青空の中どこまでも広がる海が綺麗に広がっている。さらに風も出ているため、船の甲板へ上がると感じる風が心地いい。
が、そんな心地いい航海の最中、オレは汗だくで甲板にいる・・・。
メイヒムからオステンエストまで1週間ほどかかるのだが、リンカが船に乗っている間、暇だと言うことで甲板で体を動かしたいと言い出した。
オレは船に乗せてもらっている立場であるし、甲板で作業する船乗り達の邪魔になるから我慢しろとリンカに言ったのだが、直接プティーに話を持っていってしまった。
すると意外にもプティーが甲板の空いているスペースを貸してくれたのだ。
そして、最初はリンカだけが剣の素振りをしていたのだが、アーティも暇を持て余していたようで、2人で模擬戦をするようになった。
いくら風があるとはいえ、今は火の月(夏)だ。
この暑い中よくやるなと思って見ていたら、アーティがオレを誘ってきた。
しかし、断固としてオレは断った。そう断ったのだ。
するとどうだろう。アーティやリンカがずっとオレの後をついてきて、ひたすらおねだりをしてくるのだ・・・。
さすがに1日中付きまとわれてはオレも折れるしかなく、この暑い中汗だくになっているというわけだ・・・。
とはいえ、やるからには本気で相手をしようじゃないか。幸い暑いのは嫌いじゃないしな。
「いくよ旦那!」
「いつでもどうぞー」
ちなみに模擬戦は素手ですることにした。万が一武器を使って船を壊したら後が怖いからな・・・。
リンカの声にオレが返事をすると、リンカは走り出すのと同時にアーティへチラッと視線を向ける。そして、そのままオレに肉薄すると右の拳を振り抜いてきた。
オレはそれを左手で払い除けてから、一歩踏み出してカウンターを放とうとするが、そのタイミングに合わせて背後からアーティが足を払いをしかけてきた。
オレはその足払いをわざと受けると、そのままアーティの上に倒れ込む。
「えっ?あわわわわ」
オレが倒れてくるとは思っていなかったのか、アーティは動揺してオレの下敷きになってしまう。
そんなオレ達をリンカはチャンスと見たのかニヤリと笑うと、すぐさま上から拳を振り下ろしてきた。オレはそれを横に転がって交わすとリンカの拳がアーティのお腹に当たってしまう。
「ぎふ・・・」
「あああ!アーティすまねえ!」
拳をアーティに当ててしまったことで、リンカが慌ててアーティの心配をする。リンカの攻撃を躱したオレは、そのまま立ち上がってリンカの後ろに立つと、リンカの頭にチョップした。
「はい、終了」
「アイタっ!」
オレのチョップを受けて蹲るリンカを余所に、オレはアーティの横に座るとアーティに声をかけた。
「大丈夫か?」
「うぐぅう・・・」
「大丈夫じゃなさそうだな。ポーション使うから、ちょっと見せてくれ」
「・・・・!やっ、ちょっとま・・・」
オレはリンカに殴られた場所を見ようと、アーティの服をめくりあげる。服をめくると、白い肌にうっすら青いアザができているのが見えた。
「きゃああああ!」
するとアーティの悲鳴と共にオレは右頬をビンタされ、アーティはお腹を隠すように体を丸める。
「シュンさんの変態!あいたたた・・・」
「ポーションをかけようとしただけだがっ?」
「それでも皆の前で服をめくるなんて変態です!」
「理不尽!」
「今のは旦那が悪いね」
そこへオレの攻撃から回復したリンカがアーティを擁護する。
まさかガサツなリンカからそんなことを言われる日が来るとは・・・。
「ふー、悪かったよ。ごめんなアーティ。リンカ、これ頼めるか」
オレはアーティの頭を軽く撫でてからポーションをリンカに手渡すと、その場を離れる。そして、遠くからオレ達を見ていたエリスとアダルさんのところへ歩いて行く。
「お疲れ様です。シュンさん」
エリスはそう言うとオレに汗を拭くための布を渡してくれる。
「ありがとう」
「けれど、今のは駄目ですよ?」
エリスにも釘を刺されてしまった・・・。
「後でご機嫌をとらせていただきます・・・」
「よろしい」
エリスの返事に思わず苦笑してしまう。
「それにしても、さすがに暑いな」
オレは空を見上げると、さんさんとふりそそぐ日差しに目を細めた。
そんなオレの様子を見ていたエリスが不思議そうに尋ねてきた。
「そういえば、シュンさんて魔法で涼しくできるのに、何で魔法を使わないんですか?」
「あ・・・」
忘れてたわ・・・。
オレはその事実に体の力が抜け、そのまま膝から崩れ落ちるのだった・・・。




