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今日もお読みいただいてありがとうございますん。
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翌日、部屋のドアをノックする音で目を覚ました。
「はーい・・・」
オレは布団から出て扉を開けるとそこに執事さんがいた。
「朝から申し訳ありません。貴方がシュン様でよろしかったでしょうか?」
「ええ、オレがシュンです」
「昨日お手紙をいただいた件ですが、フーゴ様より本日の昼の鐘のなる頃に屋敷へ来ていただきたいと言付かっております。ご予定は大丈夫でしょうか?」
これはまた随分早いお返事で・・・。それほど至急の要件なのだろうか?
「はい、大丈夫です。では、本日の昼の鐘のなる頃に伺いますとお伝え願えますか?」
「はい、かしこまりました」
「あ、ちなみにフーゴ様の屋敷へは私1人でいくべきでしょうか?」
「いえ、お連れ様がおられましたら、ご一緒にと申しておりました」
「承知いたしました。では、3人で伺わせていただきます」
「承りました。フーゴ様へお伝えしておきます。それでは」
「はい。ありがとうございました」
オレがそう言うと、執事さんは綺麗なお辞儀をして帰っていった。
さて、それじゃあ昼までに準備をしようか。その前に、せっかくだから朝の鍛錬でもしようかね。
オレは着替えてから宿の裏手に行くと、まずは体をほぐしていく。体がほぐれてきたところで、型の練習をしようとしたところにリンカが現れた。
「よ、旦那おはよ。朝から精が出るね」
「リンカか、おはよう」
「どうせならアタイとこれでやらないかい?」
そう言うとリンカは両手に持った木剣を見せてきた。
「ああ、構わんぞ」
「へへ、そうこなくっちゃ」
リンカが1本の木剣をオレに投げてきたので、オレはそれを取ると軽く振って感触を確かめる。
「準備はいいかい?」
「いつでもいいぞ」
「じゃあ、早速!」
そう言ってリンカは一瞬で距離を詰めると上から剣を振り下ろしてきた。オレはそれを半身になって躱すと、左から横なぎしてリンカの胴を狙う。
リンカは右からくる攻撃に対して、木剣を縦に構えてオレの攻撃を防ぐとそのまま距離をとる。
離れたリンカは剣を正眼に構えてオレと対峙する。
今度はオレからリンカへと攻撃をしかける。オレは左下から斜めに剣を振り上げると、リンカは上から合わせるように剣を振り、木剣同士がぶつかって小気味いい音がでる。
そこから何度も互いに木剣を振ると、その度に衝突した木剣が音を奏でた。
「さすが旦那だね。相変わらず強いね」
「そらどうも。リンカも剣の腕が上がってると思うぞ」
「はは。それは旦那がこうしてアタイに付き合ってくれてるからさ。アタイが旦那の家に来てからも、ちょくちょくと打ち合ってくれて、その度に色々と教えてくれるんだ。腕も上がるってもんさ」
「その教えたところをちゃんと自分のものにしてるのはリンカだろ。オレはそこまで大したことはしてない」
「謙虚だねえ。ところで、旦那1つ賭けをしないかい?」
リンカはそう言うと、打ち合いを止めてオレから少し離れた。
「賭け?」
「ああ、どっちか1本とったほうが、相手に好きなことを命令できるっていうのはどうだい?」
「好きなことねえ・・・」
「何でもいいよ?アタイのこの体でももちろんいいさ」
そう言ってリンカは両腕を組んで胸を持ち上げる。
「や、そういうのは間に合ってるよ・・・」
「っちぇ、相変わらずノリが悪いね。じゃあ、旦那が勝ったら思いついた時に言うってことでいいじゃないか。たまにはこういう遊びがないと息が詰まるってもんさ」
「まあ、いいだろ。たまには付き合ってやるよ」
「へへ、そうこなくっちゃね!」
そう言うと再びリンカの攻撃が始まる。以前のリンカは鬼人族の腕力を活かした攻撃で、相手の防御などお構いなしに攻めていた。
しかし、それだとその攻撃が通らない相手や、躱すことに特化した相手に通じなくなるのではという話をし、リンカに色々なことを考えて剣を振るように教えた。
最初は躱される前に相手に剣を当てたらいいという謎の理論で、オレの話を聞かなかったので、実際に打ち込ませて、躱したところをカウンターで、ボコボコにしたらようやく話を聞くようになった。
それ以来、こうしてリンカと剣の打ち合いをしながら、リンカへ指摘をするようになっていった。
リンカは木剣を構えるとすぐには打ち込まず、まずはオレとの距離を詰めてきた。そして、互いの間合いに入ると木剣を軽く振り、オレの動きを牽制してくる。
軽く振られた木剣は威力はないが速さがあるので、オレはそれを少し下がって躱すと、上から剣を振り下ろした。
リンカは剣を引き戻して、その攻撃を受けると一歩踏み込んでオレの剣を押し戻す。すると、リンカの力で押された剣が一気に上に跳ね上げられてしまったので、リンカはすかさずオレの胴を狙って木剣を横に振り抜いた。
オレは跳ね上げられた剣から手を離すと、即座に体を回転させつつしゃがみ込む。
オレの背中をリンカの木剣が通り過ぎるのと同じタイミングで、右足を踵からリンカの足を狙って回す。オレの足払いがリンカに決まると、リンカは綺麗に仰向けに倒れた。
オレは立ち上がると上から落ちてくる剣を右手で掴み、リンカの眼前に出して口を開く。
「これで1本だな」
「・・・最後のはずるくないかい?」
「剣だけで勝負を決めるとは言ってなかっただろ?戦いだったら使える物は何でも使わないとな。熱くなりすぎて戦いの幅を縮めないしたほうがいいぞ」
オレは笑いながらリンカを起こそうと手を差し伸べる。
「そうだ、ね!」
リンカはオレの手を取ると自分の方へ引っ張る。突然すごい力で手を引かれ倒れてしまったオレは、リンカの顔の横に手をつくことで踏ん張ると、一見してリンカを押し倒すような姿勢になってしまった。
「リンカ、技能を使っただろ・・・」
オレはじと目になってリンカを批難する。
「へへへ。やられっぱなしも悔しかったんでね」
「全く・・・」
オレはそういって体を起こそうとすると、リンカがオレを抱きしめてきた。オレは頭をリンカの胸にホールドされてしまう。
「おい・・・何の真似だ」
オレはすぐに離れようとするが、リンカの真剣な声がオレの動きを止めた。
「旦那。アタイは旦那が好きだ。聞こえるかい?アタイの鼓動・・・。これはさっきまで動いてたからってだけじゃないよ?旦那と一緒にいると、旦那としゃべってると、旦那が笑うといつもドキドキするのさ」
「・・・・・・」
「もっと触れ合いたいし、もっと一緒にいたい。けど、これはアタイの一方的な気持ちで、アタイの我がままさ。ただ、時々どうしていいかわからなくなるんだ・・・。アタイの思いが旦那にとって迷惑なのはわかってる。何度も断られてるのに、それでもこの気持ちが消えないのさ・・・」
オレは黙ってリンカの言葉を聞いていた。
出会った頃に比べると、リンカは随分周りを気にするようになった。いや、元々”槍水仙”のメンバーのことを誰よりも大切にしていたから、本来は心根が優しい女性なのだ。
ただ、酒癖が悪いというだけで・・・。それも最近は上手く調整するようになっている。オレの言ったことを素直に受け入れている証拠だ。そんなリンカの努力やいじらしさをオレはちゃんと見ている。
「迷惑じゃない・・・」
「え・・・?」
「リンカは最近ちゃんと成長してるし、今のリンカに好きだと言われるのは・・・正直嬉しい」
オレがそう言うとリンカの鼓動がさらに早くなった。オレはさすがに驚いたので、顔を上げてリンカの顔を見ようとした。
「だ、駄目!今は・・・駄目だよ旦那・・・」
オレが顔を上げると、リンカは顔を背けて横目でオレを見つめていた。そして、その顔、いや肌全体が紅潮していた。
「だ、大丈夫か・・・?」
オレはリンカの初めてみる反応にどうしていいかわからず固まってしまう。
「わ、わかんねえ・・・。迷惑じゃないって言われて・・・、嬉しくて、自分がどういう状況かわかんねえ」
リンカは恥ずかしいのか目を閉じてしまう。
ああ・・・、これは駄目だ。
可愛いと思ってしまった。この一途にオレを思い続けてくれた女性にときめいてしまったのだ・・・。
しかし、この気持ちに流されるわけにはいかない。
オレがリンカの気持ちに答えるとしても、エリスやアーティの理解を得られなければ、彼女達を悲しませてしまう。オレにとっては、あの2人が大切なのだ。
「リンカ・・・。オレは・・・、エリスとアーティが大切だ。だから、あの2人がリンカを受け入れてくれないと、リンカの気持ちに答えられない・・・。すまない」
オレは申し訳ない気持ちでリンカへ返事をした。
「そっか・・・。なら問題ないな!!」
「・・・はい?」
「姉さんと、アーティからは、旦那がアタイの気持ちに答えてくれるなら良いってさ。むしろ、旦那はとにかく押しまくれば折れるって教えてくれたよ!」
リンカが笑顔でオレにそう言うと、オレは一瞬頭が真っ白になり固まってしまう。
「それは・・・、つまり、エリスとアーティは、リンカがオレの恋人になっても大丈夫と言ってるわけか・・・?」
「ああ!姉さんもアーティも、アタイが1人増えたとしても、旦那なら何とかするから大丈夫って言ってたな!」
「そうか・・・」
オレは思わず苦笑いをしてしまう。
「旦那は・・・、アタイみたいながさつな奴じゃダメかな・・・?」
急にそんなしおらしいことを言うなんてずるいじゃないか。
「駄目じゃないさ」
オレはそう言うと、リンカに静かに口づけをするのだった。




