004
「よ。眠そうだな、ユーゴ」
朝のHRが始まる十分前の教室に入るなり、雄吾はそんな挨拶に出迎えられた。
「そう言うお前は死にそうだな、水瀬」
教室前側の一番廊下側列の最前席に座るのは、水瀬伊織。宮本武蔵の甥っ子の名前を持つ彼ではあるが、線の細い優男で、病的に顔色が悪い。背も程々に高く、中々に整った顔立ちではあるのだが、青い唇や、濃いクマがそれを台無しにしてしまっている。もっとも、それ以上に中身がアレなので、見た目が良くてもモテはしないだろう。
対照的な体格の二人ではあるが、だからこそ妙に馬が合い、高校一年生からの付き合いとは思えない程に仲が良かった。
「しかし、早いな。珍しい」
クラスメイトの邪魔にならないように伊織の隣に回る雄吾。実際、何処にいても狭い教室では邪魔臭いのだが、それでも彼は一応他人に気を使える人間ではあった。
「ああ。ちょっと一年生の女の子を見て来たから」
「…………」
新入生に可愛い女の子がいないかチェックするのは、どうやら漫画やゲームの中だけの話しではないらしい。事実は小説よりも奇なり、と言うのはこう言うことを指すのだろうか? 多分、違う。
そもそもチェックしてどうする気なのだろうか? 学校内と言う狭い範囲での恋愛事は面倒事を招くと言うことを、身を持って体感した去年の夏を思い出させた方が良いのかもしれない。その尻拭いに、雄吾がどれだけ奔走したかも付け加える必要もある。
「そんな眼で見るなよ。僕も懲りた。純粋な眼で見て来ただけ。観賞だよ」
「下級生を観賞と言う時点で、かなり変態チックなんだが」
「『一〇〇パーセント不純なら、それは純さ。世界中全員が露出狂だったら、服を着ている奴が変態になる』と言ったのは、他ならないユーゴじゃないか」
「何が他ならないだ。そんなことは絶対に言っていないぞ」
が、この友人には何を言っても無駄かもしれない。
如才のない男ではあるので、同じ失敗を繰り返す様な愚は犯さないと信じるとしよう。ただ可能性の男でもあるので、より大きな失敗をする可能性は高い。
「まあ、見てな。今度こそ雄吾のお眼鏡に適う女の子を見つけて連れて来て上げるから」
雄吾に彼女ができないのは、別に選り好みが原因ではない。単純にモテないだけだ。男子が大きい胸が好きなように、女子も大きな胸筋を好きならば良かったのだが、どうもそうではないらしい。それに、もし雄吾が女だったとしても、顔に刀傷のある男性は遠慮したい。ちょっと悪がモテると言うが、そんな奴は悪いのではなくて単に危険だ。
しかしかわいい女の子を紹介してもらえると言うのなら、それはわざわざ言うでもなく嬉しい。
「自分のをまず優先してくれ。俺の分は期待しないで待っているから」
よって、曖昧な返事をすることしかできない。
伊織の上から目線の女の子の評価を聴き流している内に、予鈴が鳴り、担任教師が入って来る。新任の若い女英語教師は、高校生と言うか人間離れした雄吾の大きさに目を剥いた。慣れるまで我慢して下さい、と申し訳なさそうに雄吾の友人は深々と頭を下げた。
新学年と言っても、一年生が二年生になったくらいでは特別に大きな変化はない。教室のメンバーの顔触れは更新されるが、一年も同じ学校に通っていれば目新しいとは到底感じられない。授業内容も発展進展しているが、机に座ってノートを取ると言う古式ゆかしい方法までは進歩していない。
今週の前半はその授業も、オリエンテーリングの意味合いが強く、午前中に行われた授業の内容は薄く、退屈の一言だった。
寝不足に加え、無味無臭な刺激のない授業。授業の合間にバナナを食べつつ眠気と戦っていた雄吾ではあったが、給食(高校生にもなって給食である。珍しいが、安い、バランスが良い、そして美味いと学生や親の受けは非常に良い。やや量に不満が残るが)を食べ終えると、いよいよ抗うのが難しいレベルになって来た。
隣で伊織が喋っているのはわかるのだが、その内容まで頭に入って来ない。学び舎である学校で惰眠を貪ると言うのは忌むべき行為だと考える雄吾だが、それで授業をまともに受けることができないとなれば本末転倒もいい所。
「悪い、伊織。ちょっと寝る」
そう言い残し、雄吾の瞼が落ちる。昼休みの教室の喧騒が徐々に遠のいて行き――
「っ!」
――代わりに本能的な嫌悪感を抱かせるフルートの音色が耳朶を打った。
殆ど反射的に雄吾は身体を起こし、椅子から飛び上がる。鉛のようだった重い意識が嘘のように冴え渡り、研ぎ澄まされた五感がその異常を拾う。
誰もいない。
ほんの一秒前まで教室にいた筈の三十七名のクラスメイトが誰一人いない。ご丁寧に机と椅子まで消え、教卓すらなくなっている。代わりではないだろうが、床には血管にそっくりな植物が枝葉を伸ばし、黒板は乾いた大地のようにひび割れている。カーテンは全てボロボロに劣化していて、窓ガラスは洗剤でも入れたかのように泡となって膨らみ、青色をした月の光を複雑に反射させている。
「夢の、続き?」
台詞こそ疑問形であったが、確信が雄吾の中にはあった。空気と言うべきか、雰囲気と言うべきか、臭いと言うべきか、この奇怪な肌触りを間違えるわけがない。周囲に人がいないことを確認して詰襟の学生服を脱ぐと、教室を抜け出して廊下に移動する。服を脱いだのは、学生服では肩周りの動きが窮屈だからであり、それ以上の意味はない。
目的とする場所は決まっている。迷いのない足取りで雄吾は変わり果てた校舎を進んで行く。当然と言うべきか昼休みの学び舎に人影は一つもなく、階段を駆け降りる足音だけが不気味に反響している。
素早く下駄箱に到着した雄吾は、自分の下駄箱を探す。廃墟よりも賑やかに、そして明らかに異常な姿に変わり果てたこの夢の世界ではあるが、物事の大凡の場所には変化がない。下駄箱は予想通りに現実と変わらぬ場所に合った。もっとも、中身はなかった。代わりに掌サイズの繭が、そこを占拠している。恐る恐る触れて見れば、人肌に暖かく、そして脈動していた。
念の為に他の人間の下手箱を探って見るが、どれも結果は同じ。成果はなしだ。もっとも、他人の靴を雄吾が履くことができるかどうかと問われれば、不可能だと断言できる。校舎を出るには、どうにも落ち着かないが上履きのまま移動する必要がありそうだ。
どうせ夢である。という考えはもう雄吾の中にはない。あの痛みの現実感を思い出せば、軽はずみな行動はできないし、あまり常識から外れたことをするのも憚られる。上着を抜いたのだ、行動力を優先とした結果であり、問題はない。
上履きのまま校舎を出て一分も歩くと目的地へと辿りつく。そこは校庭の隅を通るアスファルトが敷かれた通路の一角。そこだけ、明らかに色が違う。まるで濡れているように暗くなっており、その理由を雄吾は知っていた。身を持って、知っていた。
「俺の、血の跡…………」
良く見れば、細かな肉片や骨片のような物も散らばっている。
これはあの夢の延長線上の出来事だ。間違いないだろう。
と、言うことは?
「あら? あらあら?」
鈴が鳴る様な美しく甘い声を背中に聴き、考えるよりも早く雄吾の身体が跳ねた。
咄嗟に距離を取った大男の正面に、白い影。
何から何まで、白い少女だった。
髪の毛も、肌も、夏物らしいノースリーブのワンピースも、全てが白い。
例外は狂気を宿す二つの燈色の瞳と、柔らかに動く唇の紅。
後光を放つような異様な神々しさこそ消えているが、美少女ぶりは変わらない。
しかし見た目に騙されてはいけない。この美しい薔薇には、棘どころか毒がある。
一流のピアニストの様な美しい指先は、雄吾の肉をこそぎ落とし、心臓を引き抜いた。形の良い唇に雄吾の肉を押しこみ、舌で味わい、歯で楽しみ、幸福そうに嚥下した。
「嗚呼。なんてことでしょう。まさか、またお会いできるなんて。愛しい人。貴方様から会いに来て下さるなんて、なんて幸運でしょうか」
穏やかに笑いながら、狂気を振り撒く彼女。二度も美しいと思えるわけがない。
じゅるり。と、白い少女は口から合うれそうになった涎を啜る。
「私としたことが、はしたないですわ。上も下も、我慢が効きません。これでは、貴方様に嫌われてしまいますね」
「…………安心しろ。今の所、お前に対する好感度は下がりそうにない」
「あら? あらあら? そんなにも私のことをお慕い下さっているなんて、思ってもみませんでしたわ? うふふ。私達、両想いでしたのね」
無論、雄吾の台詞は『底をついているから下がりようがない』と言う皮肉だが、全くこの少女には通じていなかった。そもそも。根本的に、会話が通じていない。そんな気配すら感じられる。
初対面の人間の身体を引き千切り、貪り食う時点で、同じ文化を共有しているわけがないので、当然と言えば当然と言えば当然か。
「貴方様。ねえ、愛しい人。丁度お昼時ですわね。一緒にお食事をしませんか?」
「君が食べて、俺が食べられる?」
「勿論ですわ。少しくらいなら、私を食べて頂いても結構ですけど」
何故か白い頬を赤らめて、美少女は「いやん」と身体にしなを作る。そんなあざとい仕草も、彼女が行うと少しもわざとらしくない。これでもし『食べる』が性的な行為を示す比喩であったとしたら、一も二もなく賛同できる嬉しい申し出だろうが、とてもではないがそんな楽観的なことを思える様な状況に雄吾はいない。
「結構だ。もう喰ったさ。腹一杯だ」
じり。と、雄吾は左足を下げる。体重を乗せ、いつでもこの場から動けるように構えた。
「あら? あらあら? 振られてしまいましたわ。悲しいです。とても、悲しいですわ」
歌う様に彼女は言って、踊るようなステップを踏み、一歩二歩と前へ足を進める。
「ですが、貴族とは奪う者。恋とは奪う物。全身全霊を持って、手に入れて見せますわ。愛しい人」
二人の距離は二メートルにまで近づいた。
限界だ。これ以上近付かれるのは、不味い。昨夜の心臓を穿った一撃を想い出し、雄吾は強くアスファルトを蹴って無理矢理に間合いを離す。と、同時に彼女の右腕が閃く。
認識してからでは到底回避が間に合わないスピードによる突きが二発。あらかじめ距離を取っていなければ、間違いなく喰らっていただろう。紙一重でその回避に成功した雄吾は、二発目の突きが引くに合わせ、長すぎる右足を少女に向かって伸ばす。
巨大と言える雄吾の足の裏は、これ以上ないタイミングで少女の鳩尾へと吸い込まれる。一二〇キロ近い重量から繰り出されたヤクザキックは、五〇キロを少し超える程度であろう美少女の華奢な身体を叩き折る――――はずだった。
が、現実は少しも雄吾の想像に沿ってはくれなかった。上履き越しに足の裏に感じるのは少女の柔らかな身体の感覚ではなく、大型トラックのタイヤを蹴飛ばした時のような感触。人間のそれではない。
しかしそれでも、体重差から考えれば堅さを無視して吹き飛ばすことは容易かろうとインパクトの瞬間に力を籠める。が、ピクリともしない。壁を蹴飛ばした時のような衝撃が膝に帰って来るだけで、むしろ雄吾の方が退く程だ。
「酷いですわ。酷いですわ」
無論、当然の様に白い少女は何の痛痒も感じている風ではない。
「婦女子のお腹を蹴飛ばすだなんて、貴方様には罰が必要ですわ。すわ」
言うが早いか、小さな掌が雄吾の突き出した右足の足首を掴む。
ぞくり。
瞬間、雄吾は裸で冬の海に突き落とされた様な寒気を覚える。掴まれた箇所から、あらゆる熱量が消えて行く感覚。命の灯を盗まれて行くと言う例えは、決して的外れではないだろう。
これ以上、掴まれるのは不味い。咄嗟に雄吾は白い少女目掛けて左足の蹴りを放つ。
「あら? お行儀がわるいのね、愛しい人」
その一撃は頭を僅かに下げるだけで回避されてしまう。が、それで十分。両足を少女へと向け、身体を支える術を失った雄吾の身体が重力に任せて落下する。加えて、空中で身体に捻りを加える。
流石の少女も、雄吾の全体重を片腕で支え切ることは不可能だった。制服のズボンの裾が千切れ、靴下を巻き込みながら足首の皮と肉を犠牲に、なんとか雄吾は高速を振り解く。
しかしまだ油断はならない。雄吾はアスファルトの上に落ちると同時に身体を転がし、少女から距離を取る。
「うふ。うふふ。でも、殿方は少しやんちゃなくらいが可愛いものですわ」
が、懸念した追撃はなかった。白い少女は、掌にべっとりと付着した雄吾の皮膚と血を異様に長い艶めかしい舌で舐め回すことを優先したらしい。それは食欲に負けた、快楽に負けた、そう言ったわけではなく、雄吾をいつでも仕留めることが出来ると言う絶対の自信からの行動であることは明白だった。
その読みは正しい。
実を言えば、雄吾は技術面では決して劣ってはいない。
昨日は成す術もなかった突きを回避し、反撃まで打った。相手の雑な高速を振り解き、一息つける程度の距離を取ることもできた。行動自体は間違っていない。状況に対して最前手を打てているし、焦りや動揺も押し殺せている。
高校二年生としては異様なまでの健闘を見せている。
が、それだけでは勝てない。雄吾は勝てない。
問題となるのは、少女の持つ異様なまでの身体能力――いや、ただ身体能力が高いと言うだけでは説明がつかない、存在その物だ。大型トラックが少女のキグルミを着て暴れていると説明されれば、雄吾は一も二もなく信じただろう。
それ程までに、根本的な生物としてのスペックが違い過ぎている。
人間が素手でライオンに勝てないように、雄吾がこの少女に勝つのは難しい。
「ですが、それを嗜めるのも女の務めでしょう。お仕置きですわ、愛しい人」
勝ち目の薄さを感じる雄吾に、少女が台詞と同時に駆け寄る。
「くっ!」
単純な、しかし瞬きよりも速い突きを横に滑って回避し、身体を捻じりながら右の剛腕を振り回す雄吾。堅く握りしめられた拳はコンクリートであれば粉砕し、人体であれば骨にヒビくらいは入れられたかもしれない。
が、相手は少女の形をした異形である。防御すら必要ない。完全に側頭部を捉えた一撃を物ともせず前進し、猛禽の如く左手が襲いかかる。殴った反動を利用し、無理矢理に距離を取ろうとする雄吾であったが、少女の方が一手早かった。脇腹に鋭い痛みが走り、炎に焙られたように熱い。
それでも、雄吾は左膝を少女の鳩尾にぶつけて反撃を行った。生理的な機能その物が違うのか、単純に威力が違うのか、少女は眉一つ動かさない。雄吾と同じような痩せ我慢ではないだろう。拳や膝に残る手応えで、雄吾には嫌でもそれが理解できてしまう。
だが、ここで攻撃の手を休めると言う選択肢はない。相手の異常な攻撃力は、雄吾の鍛え上げられた肉体を容易く傷つけることが出来るのだ。防御に回った瞬間、その防御を貫いて昨日の二の舞になることは想像に容易い。攻撃し続けることで、相手の選択肢を減らすことが、最も有効な防御方法だった。
もっともその最大の防御ですら、一手誤れば即死が見える薄氷の上を歩くのにも等しい大博打に変りない。一瞬一瞬がクライマックスであり、瞬きをするだけでも、息を吸って吐くだけのことも、命懸けの一大事であった。
隙を見せる度に肉を削られ、鮮血を散らしながら、永劫にも似た拷問の時間が徐々に終焉へと向かっていくのを雄吾は感じる。圧倒的なスペックの差が容赦なく勝敗を決定付けた。
白い少女の手刀が、優に七センチは雄吾の右の太腿を抉る。白魚のような指先で傷付けられた、丸太のような腿からは血が零れ、痛みと衝撃が雄吾の身体からバランスを奪った。体力も限界だったのだろう、傷だらけの大男は受け身も取れずに背中からアスファルトに倒れてしまう。
立ち上がろうにも、既に末端部分の感覚はない。血を失い過ぎたからか、それとも指先その物を失ったからか、その判別を付ける気力すら、今の雄吾にはなかった。肩で息を切りながら、運命を受け入れることしか、もう彼には選択肢がない。
「うふ。楽しかったですわ。また、お付き合いして下さいね」
対する白い少女は、無傷。純白の身体には多少の砂埃や血痕こそあるものの、ダメージと呼べる物は何一つ見つからない。雄吾の肉を幾度となく抉った爪でさえ、一枚も割れてはいなかった。
まるで勝者の義務であるかのように雄吾を見下していた少女は、満面の笑みと共に青年に近づき、その傍らで膝をつくと分厚い青年の身体を撫で回した。それだけのことが、彼女が行うと不気味なほどに妖艶に感じられる。
が、この後に行われる行為はもっと劇的なそれだ。白い指先が強引に胸を裂き、心臓を取り出し、それを美少女が啜ると言う、グロテスクな展開だけが用意されている。
もう、雄吾がその運命に介入する力はない。
「あら? あらあら? 愛しい人。貴方様はこんな状況でも眼を閉じないのですね」
だからこそ、最後まで睨みつけてやろう。
下らない意地と、馬鹿みたいな見栄が、闘志だけが雄吾の意識を維持させる。
「流石です。流石ですわ、愛しい人。その気高い精神が、枯れることなき意志こそが、私にとって極上の御馳走となるのですから」
が、それすらも彼女にとっては血と肉を彩る調味料にしかならないようだ。
完敗も完敗だ。
恐らく、心臓を抉りだされた直後に現実に目覚めるだろう。せめて、情けない声を上げないようにと雄吾は最後の時を迎え入れる。
心臓に向かって振り下ろされる少女の腕。蕩けてしまいそうな笑み。
妙にゆっくりと流れる時間の中で、
「その人から離れるっすよ、白い【フォビア】」
少女の胸に灼熱色をした槍が突き刺さるのを、雄吾は見た。
「あら?」
高速で飛来したであろう槍は、飾り気のない槍投げ競技用のそれに似ていた。無論、ただの槍ではないことは明白だ。雄吾が必死の思いで蹴っても殴っても傷一つつかなかった肌が、いや、肌どころの騒ぎではない、少女の手首程はあろうかと言う投槍は身体を完全に貫通してしまっている。
「あらあら?」
それも、一発だけではない。二発目が右の肩を貫き、三発目が脇腹を掠める。四発目は少女の左手によって弾かれてしまうが、びくともしなかった少女の身体が槍の勢いを殺しきれずに大きく開き、五発目が一発目に近い場所に突き刺さった。
「私を貫いて良いのは、貴方様だけだと言うのに。失礼ですわ」
見た目同様、その攻撃は効果的だった。
少女は苦痛に顔を歪めて後ろに跳び退り、続く四本の槍を回避する。槍は地面に突き刺さり、アスファルトを砕き、火花を散らす。状況はわからないが、雄吾は必死になって転がり、無様な姿でそれを何とか避ける。
そうして、二人の距離が大きく離れると、
「人語を操る人型のフォビアっすか。それに、私の槍を四発も耐えるなんて、かなりの上玉っすね。見た目も凄い綺麗っすけど」
一人の少女がその間に跳び込んで来た。
男子と見間違うばかりの短い頭髪。健康的に焼けた肌。
行動的な特徴に似合わない、タレ目と左の泣き黒子。
クリーム色をしたワンピースタイプの制服。今年の一年生であることを示す黄色の腕章。
奇妙なこの夜に出会った二人目の少女は、白い歯を見せて雄吾に笑いかける。
「助けに来たっすよ? 感動したっすか?」