99 闇に同化しつつも
冷やされた大気の恩恵を受けて、雲一つ無い満天に広がる星々が輝きを大地に落としている。その明るさは丸々とした二つの月と相まって、まるで今宵は光の精霊がカーニバルでも催しているかのよう。
ガス灯の明かりや携帯ランプで足元を照らさなくとも、石につまづく事の無い穏やかな夜である。
ここ、パルナバッシュ王国 国王レアンドロ六世の直轄領も、灯火も何も設置されていない広大な農地であるのにも関わらず、二つの満月と星々の明かりに煌々と照らされており、小さな丘の稜線がうねりながら地平線まで続く、まるで子供向けの切り絵の紙芝居のように、あざやかな夜の風景が見て取れた。
『直轄領第一検問所』
核開発を進める施設に物資を運び込むには、王都カーランから続くこの占有道路を使って直轄領に入る。
外界と直轄領を遮る第三検問所から始まり、そして第二、第一検問所で積荷の確認を受けてやっと、施設に到着する事が出来るのだが、今、この第一検問所で何やら物騒な物音がした。
……タス!タス!……
夜空にシンとハウリングを起こしながら響いたのは、二発の銃声。それも何やらサプレッサー(発射音抑制装置)を銃口に装着させて、人の鼓膜に配慮したような、くぐもった音の銃声だ。
張り巡らされたフェンスの切れ目に据えられた、小さな箱のような検問所、そして振り子を利用した遮断機で通せんぼされた通用口に一台のトラックが停車し、係官と運転手が会話を始めた矢先に、その銃声は轟いたのである。
(……クリア……)
(……オールクリア……)
銃声に続き、トラックの外から聞こえて来たのは、アムセルンド公国陸軍参謀部 参謀情報部三課のエージェント、バイパーとシルバーフォックスの囁き声。
そう。この物資を運ぶトラックこそが、核施設破壊を目論むオレルたちが乗った偽装のトラックであったのだ。
「社長、あなたの証言通りだったな。これで全ての検問所は通過出来た。施設もあなたの情報通りであって欲しいものだ」
「嘘など……嘘など言うものか!これが終わったら、これが終わったら必ず私を解放してくれ!」
「私に二言は無いよ、こちらが要求した情報を満足させ、そしてその情報に虚偽が無いと確認したら解放する」
何と、このトラックを運転しているのはオレルであり、その隣の助手席には、マヌエルルーチョ運送の社長であるガウディーノ・マヌエルルーチョが手錠で拘束されているではないか。
「社長、もう一度おさらいするぞ。施設は二棟に分かれており、手前の二階建てが研究棟で奥の二階建てが宿舎棟。そしてヴァレリ・クリコフは特別に研究棟の二階に自分の部屋を与えられている」
「そ、そうだ。貴重な物資を搬入している際に、私は何度かクリコフ氏に会って挨拶をしている。彼が自分で言った事だから間違いない」
「ふむ、しかし何だな。そんなに社長自ら陣頭指揮を取っているのか?運転手ならいくらでも用意出来るだろうに」
「運送業者の出入りも、限られた者しか認められていないのだ。だから私も運転手を引退出来ないでいる」
「まあ、見知りの業者の社長が同乗しているからこそ、近衛警備隊の連中も甘いと言ったところか。今回はそれで助かっている。それでだ……地下施設の搬入口は、研究棟の正面から右端に向かって伸びる、下り勾配のスロープで良いのだな?」
「あ、ああ。そうだ。地下施設は六階あって、スロープは地下二階に直通となっている。地上に一番近い地下一階は発電と館内の中央制御室、そして我々が出入りする地下二階は資材の備蓄庫、さすがにその下までは聞かされていない」
額から首筋から冷や汗を垂らしてオレルの質問に答えるガウディーノ社長。自分の魂を人質に取られていれば、素直に従うしか生き延びる方法は無いのだが、オレルから王国を裏切る事を強いられており、その後ろ暗さもあってか、ガタガタ震えて怯えている。
社長がもたらした情報を脳裏で映像化し、情報が欠けた部分について考察を重ねているオレルだが、運転席のドアを軽くノックする音に気付き、開けた窓から首を出す。
「中佐、オールクリアです」
オレルが見下ろした先にいたのは、シルバーフォックスを先頭に、バイパーとグリズリーの三人。
「死体の隠蔽と電話線のカット、終わりました」
そう、この三人は既に実力行使に出ており、通過する検問所の警備員をことごとく排除しながら、最新鋭の通信装置である『電話』の電話線を切っては通信妨害を行なっていたのである。
「ご苦労、これで検問所突破は全て終了だ」
オレルはそう言いながらトラックのエンジンを切ってドアを開ける。そして手錠で繋がれたままのガウディーノ社長に向かって「大人しくしていろよ」と指をさしながらトラックから降りて、後部の荷台の扉へと向かう。
「いよいよ施設への突入だ。その前に施設への突入手順と個々の役割の確認を行う、全員荷台に上がれ」
第一検問所を過ぎれば、いよいよ秘密施設にたどり着いて結果を出すだけ。
拠点Bにおいてオレルがパルナバッシュにおいて最後の作戦を宣言した夜から丸一日が経過した。
部隊のメンバーは班ごとに再びカーランへ潜入して散り散りになってしまったのだが、オレルたち突入班はマヌエルルーチョ運送に赴いて社長を強迫。トラックを一台確保して武器弾薬を積み込み、夜になるのを待って作戦を実行したのだ。
黒いニット帽で頭髪を隠し、黒いドーランで顔をペイントして、黒いズボンに黒のタートルネックで闇と完全に同化していた三人は、その瞳だけをギョロリと剥き出しに意志の強さをアピールする。
そして荷台では既にファウストが、神聖闇魔法を駆使して「対魔法探索阻止対策」プロテクション・パッケージ・オブ・アンチ・マジックサーチを発動させている。……敵の魔法探索に反応したり、反応後に攻撃されずに、こちらの魔力を隠蔽したまま保護し続ける魔法の事だ。
「よし、手短に説明するが、頭に叩き込んでおけ。不確定要素が大きくアドリブが必要な作戦になるかも知れないが、ポイントさえ抑えればどうって事はない」
オレルは全員の顔を見回し、突入戦の段取りを説明し始めた。
──先ずは、施設の敷地内に突入して正面の研究棟へ。夜は窓口警備員とヴァレリ・クリコフしかいない事から、クリコフの排除を最優先で行う。そして次に核開発施設の破壊だ。我々は研究棟右側にあるスロープを使って地下施設の二階に侵入、資材貯蔵庫から上の発電室と館内制御室に移動する。
この館内制御室を占拠し、地下階の内容を全て把握したのちに、目標の破壊活動に着手する。最終目標の判断は、私に一任してくれ。
「バイパーとシルバーフォックスは私に付いて来い、クリコフ排除は我々でやる」
「了解です」
「分かりました」
「グリズリーはトラックに残って各種爆発物の起爆準備。発電室爆破用と目標物爆破、そして逃走時補助として3ユニット分用意しておけ」
「承知しました」
「グリズリー、君が一番大変かも知れないが、爆発物に疎いファウストを付ける訳にもいかない」
「安心してください中佐、最小限の火力で最大の結果を約束します」
「うむ。そしてファウスト、敷地内に入ったら分かってるな」
「もちろんです中佐、ダークネス・オン・サイトの魔法で、奴らを片っ端から暗闇の感覚に落としてみせます」
──よろしい。諸君、皆が王都で待っている。厳しい作戦だがやり遂げるぞ──
オレルの周りに集まった仲間たちは、静かに……極めて静かに装いながら、オレルの檄にうなづいて答える。
静かに淡々とうなづくだけ、それで充分であった。何故なら彼らは、見た目からして闇に完全に同化しつつも、圧倒的な覇気をその瞳にギラギラと映していたのだから。




