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凛として外道のごとく 『ワレ、異世界ニテ特殊部隊ヲ設立セントス』  作者: 振木岳人
◆ オペレーション・セメタリー(墓地作戦) 編
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95 悪魔さんと知恵袋の魔女


 王都カーランの郊外、参謀情報部三課の隠れ家である『拠点B』に、二人のゲストが招かれた。その二人とは情報交換のためにバイパーとファウストと接触を繰り返していた宮廷魔女のクラリッチェと、アンナベッラである。

 水晶宮から逃げて来た二人をこのまま王都に放置するのは危険だと考えた現場判断で、バイパーが拠点Bに連れ帰ったのである。

 隠密性を重視し、部外者をとことん嫌う三課のメンバーも、魔女との関係性について先日話し合った事もあり、クラリッチェとアンナベッラを快く受け入れていた。

 しかし、いくらメンバーたちが現場判断を積み重ねたとしても、重大な決断や絶対的な指標を示す者は一人しかいない。

 ──その者、オレル・ダールベックが単独作戦から帰って来たのだ


 メンバーたちは居間に集まり、指揮官の言葉を待ちながら夕飯後の時間をゆるゆると過ごしている中、帰って来たばかりのオレルは、考えを整理したいと独り外に出て、焚き火を前に座る。

 フルモナとハルヴァナが作ってくれたコンビーフサンドをかじりながら、スチール製のマグカップに入れたコーヒーで喉を潤し、焚き火の柔らかに踊る炎を瞳に映して、物想いに耽っている。


 魔女との合流は思いのほか早かった。このタイミングでの邂逅は時期尚早とも言える。

 何故ならば、我々三課の最終目標とするのは核兵器開発の阻止であり、その手段としてヴァレリ・クリコフの排除と核開発施設の破壊を計画していた。

 しかし、核開発にはパルナバッシュの王族と西風魔導協会が密接に関わっている事から、三課の作戦が成功したとしても、第二第三のクリコフを育てて恒久的な核開発を続ける可能性がある。

 ならば、クリコフの排除と施設の破壊だけでなく、魔導協会や王族にも排除の手を伸ばさざるを得ない状況であり、パルナバッシュが核開発を断念しない限りは、延々と作戦は続く事になる。

 それは長期的視野で作戦を立案せねばならず、純軍事作戦のような規模の戦闘も覚悟を強いられる。もちろん、それだけの兵員はおらず、取れる作戦も限られる。

 目的と手段を履き違えずに、我々の少ない戦力と求める結果の整合性を考慮すれば、レイザーの意見が正しい。


 ……発展途上にある前時代の独裁国家や全体主義国家が、様々な問題を理由に自由主義西側諸国からの圧力や不平等経済の軋轢(あつれき)を受ける構図は多々ある。そしてそれを回避する手段として、軍事力の強化を行い続けるのは良くある話だ。

 そして西側諸国がその負の均衡を崩すために、外交圧力を経済にまで広げたり、何かのきっかけをもって純軍事活動に入る事もある。

 レイザーの主張するところは、外交や経済や武力などの外部圧力をもって怪しい動きを制するのではなく、パルナバッシュの国内で民主化運動の流れを加速させて、パルナバッシュ王朝の体制崩壊に持ち込もうとする結論に結び付いている。

 つまり、核兵器開発を根本から阻止したいなら、核兵器を開発しない国にしてしまえば良い。そのために建国の象徴であった魔女を革命の旗頭に担いで利用しようと言う事なのだ。


(民主化運動、またはクーデター。私も最終到達点はそこにあると考えていた。そのために魔女の利用を目論んだのだがまだ早い、機が熟していない。魔女を利用したところで、民主化運動に完全に火がつくかどうかがまだ怪しいのだ)


 配給のコンビーフをこれでもかと食パンに乗せて、スライスチーズとチリビーンズのソースをかけて食パンで挟んだ、ハイカロリーなコンビーフサンドを胃に押し込み、ぬるくなったコーヒーを喉を鳴らしながら飲んでサッパリさせる。

 ホッと一息ついたのか、単独作戦から今の今まで続いていた緊張を更にほぐすように、ポケットからクシャクシャになったタバコを一本取り出して火を付けた。


 ……きゃっ!……

 ちょうどオレルが口から吐き出した紫煙を焚き火の上昇気流に乗せたところだった。いきなり背後の暗闇から少女の悲鳴が発せられたかと思ったら、続けて「ビタン!」と地面に何かが叩き付けられた音も響く。


「君は……?アンナベッラか」


 暗闇に向かってそう話しかけると、暗闇から現れたのは宮廷魔女のアンナベッラ。どうやらオレルの様子を伺っていたらしく焚き火の赤い炎に照らされた顔は、炎の色だけではないらしい。


「何か気になる事があるのか?まあ座りなさい」


 顔の泥を拭うようにと、アンナベッラにハンカチを渡し、焚き火の近い場所に丸太を切った椅子を置いてやる。


「食べなさい、元気が出るから」


 照れながらもどこか浮かない顔のアンナベッラ。

 彼女は誰にも言えない悩みを抱えていると気付いたオレルは、配給品のチョコバーを渡して先ずは彼女の気を紛れさせる。


「思ったほど甘くないはずだ。甘味の嗜好品としてではなく、兵士の身体を癒す高カロリー栄養補助食品だからね」

「はいです。中にウエハースにピーナツバターにと、そんなに甘くはないですが……」


 これだけでお腹いっぱいになってしまうと、アンナベッラは微かに苦笑した。


「姉貴分のクラリッチェにも打ち明けられない悩みがある。今の君はそんな顔をしているぞ」

「さすがオレルさんです。オレルさんには……隠し事は通用しないです」

「ふふ、それはスキルでも何でもないよ。憂いを抱く乙女に大抵の男は敏感だ。姫と騎士王の壮大な物語も、そうやって始まるものさ」

「そう言うものなのですか?いえ、そう言うものなのでしょうね。魔女をしてると、世情に疎くなって駄目駄目です」

「ずいぶんと行き詰まっているようだね。魔女三人娘の中では知恵袋のアンナベッラと呼ばれてるんだろ?君が迷っていてどうする」


 焚き火の炎が弱って来たので、焚き木を足してやる。

 その勢いで火の粉がパアッと寒空に舞い上がるのだが、まるで火の精霊たちがダンスに興じているかのような華麗さだ。


「悪魔と魔女はね、古来から一番近しい関係なんだよ」

「悪魔と魔女が……ですか?」

「ああ、魔法使いや魔導師は自力で研究を重ねて魔法を発明して行くのに対して、魔女は悪魔と契約して特殊スキルを身に付けるんだ」

「えっ、でもでも……。魔女の全てが黒魔女じゃないです。黒魔女なら悪魔契約するですが」

「白だの黒だのと境界線を引いたのは人間たちだよ。昔の魔女はみんな黒魔女だったのさ」

「みんな黒魔女ですか?」

「そう。みんな悪魔と契約を結んで特殊スキルを自分のモノにした。その中で、人間生活に役に立つ便利なスキル使いと、人間に仇成す闇スキル使いに分かれて行った。それが白魔女と黒魔女の違いだ」

「と言う事は、使い魔を使ったりホウキに乗ったりと……私のスキルも元々は黒魔女のスキルなのですね。でも悪魔って」


 ここでアンナベッラはハッとして口をつぐむ。

 悪魔とは絶対悪の象徴であり、狡猾な知恵を巡らしては人々を災厄にいざなう存在。人々の生活に役立つスキルなど教える訳が無いと主張しようとしたのだが、目の前にいるではないか。「悪魔」なのか「元悪魔」なのかはなんとも良く分からないが、その道を通って来た者が。


「アンナベッラが言わんとする事は分かるよ。でもね、こうは考えられないか、悪魔は人間が好きだと」

「悪魔は人間が好き?」

「ああ、好きだから禁断の果実を与えた。好きだから願いを叶えてやる。好きだから生活の知恵を与えてやる。人間の喜怒哀楽に満ちた世界が好きで、悪魔は執着しているのかも知れないよ」


 ──悪魔は人間が好き。そして魔女と悪魔は密接な関係にある──

 その言葉を噛み締めながら、アンナベッラの頬が微かに緩む。古代文献の挿絵に出て来そうな悪魔なら、アンナベッラはベッドに潜り込み頭から毛布を被って震えるが、この目の前にいる悪魔さんなら……そう考えた途端、脳裏に穏やかな春風が吹いたのだ。


「アンナベッラ、臆してはいけないよ。君たち魔女の先人たちは、臆する事無く悪魔と渡り合って来たのだから。私だって、君の悩み事くらいは聞いてあげられる」


 ……君が望んだ答えから大きく外れたとしてもね……

 そう言いながらオレルはウインクをした。不器用でとてもじゃないが格好良いとは言えないウインクを。

 だが、それがアンナベッラの胸の内に漂う霧を消し飛ばしたのは間違い無い。何故ならアンナベッラは頬を紅潮させ、頭から湯気を出す勢いで上気したのだから。



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