93 魔女戦線 後編
「宮廷魔導師フィルデナンド・ベスタロツァか。どんな奴なんだ?」
パルナバッシュ王国に宮廷魔導師などと言うクラスは今まで無かったとの説明を受け、その宮廷魔導師がどのような人物なのか様子を聞くバイパー。
泣きじゃくるアンナベッラにつられたのか、今にも泣き出しそうな顔をしながら、クラリッチェは説明を続ける。
「バカみたいに背が高いオッサンで、白髪混じりの髪の毛を後ろに撫で付けたキザったらしい奴。地属性魔法の使い手らしくて、縮図の魔法でずっと見てたんだってさ。あたしらとあんたらの接触、全部バレてたんだよ」
「それで……それで、宰相が私たちを地下牢に拘禁しろって命令したです」
「建国の象徴だからギロチンにはかけないが、地下牢で一生過ごせってな。その時……その時コンチェッタが助けてくれたんだ」
宰相マファルダに追及され、そして現れた謎の宮廷魔導師に事実を突き付けられ、いよいよ身体極まったと感じたコンチェッタは、二人の妹分を逃すために立ち上がって、式神の舞いを放ったのだそうだ。
「術者の周囲に大小無数の式神が竜巻のように舞い、敵をかく乱するウィッチマジックなんだけど、術者はその場から動けないんだ……」
「コ、コンチェッタは私たちを逃がそうとしたです……お願い!コンチェッタを、コンチェッタを!」
──コンチェッタを助けてくれ──
宮廷魔女のこの二人は、バイパーに対して姉貴分を助けてくれと懇願しているのだが、魔女たちの話を噛み砕いて聞いていたバイパーは、はた!と何かに気付く。見過ごしたり聞き逃せない重大な事実に気付いたのだ。
「クラリッチェ、アンナベッラ、ちょっと待ってくれ。君たちはつまり、王宮から逃げて来たと言う事だよな?」
「そう、そうだよ。あたしとアンナベッラは魔法のホウキで何とか脱出出来たけど、コンチェッタが取り残されて捕まった!」
「失踪したフェデリア、更に取り残されたコンチェッタ。私もう気が気ではないです!」
彼女たちの言葉を胸に確信したのか、バイパーの顔色がみるみるうちに真っ青になる。額からは大量の油汗や冷や汗が滴り落ち、まるで恐慌に包まれているようだ。
「お、おっ、お前ら……ちょっと来い!」
「きゃあ!いきなり何すんのさ」
何に対して腹を決めたのかまでは分からないが、おもむろにクラリッチェに腕を掴んで走り出したバイパー。その光景にポカンとして呆けるファウストとアンナベッラに向かって、こう吠えたのだ。
「ファウスト、何をグズグスしてんだ!アンナベッラを連れて車まで走れ!」
「えっ、えっ?どうしたんですか?」
「馬鹿野郎、考える前に身体を動かせ!クラリッチェたちは今も逃走中なんだよ!追っ手が来るぞ!」
クラリッチェたちは水門広場まで逃げてくれば安心だと思ったのかも知れない。だが、その安心感は全く根拠の無い自信であり、謎の宮廷魔導師がずっと監視を続けていたと言う、ジグソウパズルのピースを欠いていたのだ。
パニックで失念していたのかも知れないし、バイパーたちに会った事で安心してしまったのか、自分が置かれている状況に疎くなってしまっていたのだ。
「クソ、馬鹿魔女め!俺たちまで巻き込みやがって!」
「そんな言い方しなくたって良いじゃん!悪かったってば」
憎まれ口を叩きながらも、クラリッチェの腕を掴んだまま広場を走り抜けるバイパー。倉庫街の裏に停めた車に乗り込めば、何とか魔女たちを連れて郊外に脱出出来ると考えている。
本来ならば、三課のメンバーとして自分とファウストの命だけを守り、最悪の場合は魔女を見捨てる事もいとわないのが原則である。だがバイパーはクラリッチェを掴む手を離そうとしない。
その行為が後々どのような結果をもたらすのか、そこまで想いを巡らすまでには至らないが、知らず知らずの内に魔女を守るべく身体が反応したのである。
──三課のメンバーで喧々轟々と話し合った昨夜、結論には至らないものの、魔女に対する方向性は見えた。宮廷魔女と西海の魔女連合は利用価値がある、だから縁を切らずに協調すべきだと。
その話し合った記憶がバイパーを動かす、今の彼の原動力なのだ。
「こちらバイパー、マザーズネストどうぞ!」
『こちらマザーズネスト、ラウド・イン・クリア (大きく鮮明に聞こえているぞ)』
「状況505発生!状況505発生!対称二名を連れて脱出する!」
『マザーズネスト了解した。王都脱出後は拠点Bの1で待機しろ、フルモナが精霊探査で追跡者の有無を確認する』
「バイパー了解……アウト!」
状況505とは、諜報活動時に接触した情報提供者及び協力者などが、敵勢力に追跡されていた際の規定事項。三桁五百番代に様々な対応方法が示されているのだが、この五百五番の宣言とは、接触者を連れて脱出する事を意味する。
クラリッチェやアンナベッラにしてみれば、バイパーが走りながら誰と会話をしているのかさっぱり分からないのだが、バイパーはこの時点で魔女を拠点に連れて行き、二人を匿う事を決心していたのである。
「乗れ、乗れ、乗れ!すぐに出すぞ!」
後部座席にアンナベッラとファウストを押し込み、クラリッチェを助手席に座らせると、運転席に乗り込んでエンジンをかける。
「俺は中佐じゃない、だからあんたらに対してどんな対応をするかは責任持って言えない。だがこれだけは言っておく!悪いようにはしない!」
重いクラッチペダルをギイイと踏み込み、シフトレバーをゴクンゴクンと一速に入れる。そしてさあ行くぞとなった時、突如バイパーの左の鼓膜が振動する。クラリッチェから「ちょっと待って!」と横槍が入ったのだ。
何がちょっと待ってだ、今すぐ逃げなきゃ……
結局バイパーはこの言葉を言い切る事が出来なかった。何故ならば、彼の口はクラリッチェによって強引に塞がれたのだから。
クラリッチェは横に振り向いた彼の両頬を強引に掴み、自分が席を乗り出す格好でキスしたのである。
それも、唇同士が触れ合うような軽いキスではなく、後部座席にいる青少年二人が赤面してしまうような、情熱的なキスであったのだ。
「バイパー、あたしたちの今後はあんたに任せる。あたしも怒ったよ、必ず奴らに逆襲してやる。これは戦争だ!」
宮廷魔女ナンバー2、西海の魔女連合を含めると大ババ様とコンチェッタに次いで三番目の地位にあるうら若き魔女クラリッチェ。
この後、この国にパルナバッシュ政変と呼ばれる激動の時代が訪れるのだが、その際に民衆から「魔女戦線のリーダー」として讃えられる、抵抗運動のキーマンとなる女性である。
そして彼女のファーストキスを受けたバイパーは、濃厚なキスの余韻を楽しむ事無く、クラッチを合わせてアクセルを全力で踏み込む。そして四人を乗せた車はタイヤに悲鳴を上げさせながら、急加速で走り出して行ったのだ。




