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凛として外道のごとく 『ワレ、異世界ニテ特殊部隊ヲ設立セントス』  作者: 振木岳人
◆ オペレーション・セメタリー(墓地作戦) 編
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88 オレルの帰還 王都カーランへ


 ──思い出せない。思い出せないのだ

 ゲヘナ・ウォーカーと呼ばれ始めてからの記憶は今も鮮明だが、何故にゲヘナ・ウォーカーになったのか、その場にいた人は一体誰だったのか。それが思い出せない。


 まるでウォッカとオレンジジュースを使ったカクテルのように、西の山々の稜線かから空に向かい、濃密なオレンジ色に染まった見事な夕暮れ時。

 そして残りわずかな命を完全燃焼させようとするセミの大合唱を背にして、バスから降りた私は視界いっぱいに広がるアパート群に向かって歩いていたのは覚えている。


 周りは家路につくサラリーマンだらけ

 バス停の表記は『桜台団地入り口』とペイントされ、団地の入り口の掲示板には地区対抗運動会の告知や、不燃物や可燃物のゴミ出しに対してルールを守れと書かれた注意文、団地公民館主催で詩吟(しぎん)や大正琴サークルのメンバー募集告知が、漢字やひらがなで書かれていた事から、そこは日本のとある場所であったと理解出来る。


(昼間同僚に聞いたんですけど、予告先発の田坂、肩をやっちゃったらしくて先発回避らしいですよ)

(あらら、そうなの?)

(古傷が痛むそうで、下手をしたら今期絶望じゃないかって)

(かーっ!もったいないなあ。このまま行けば沢村賞だって取れたのに)

(まあ、先の心配もありますけど、私としては今日のビールが美味くなくて残念です)


 それぞれの我が家があるアパートを目指して歩くサラリーマンたち、背後からは野球のナイター中継を楽しみにしている者たちが、帰宅までの数分の間を利用して野球談議に花を咲かせている。


 この群にいる事から、壊れる前の私は日本人であり、そしてどこかの会社に勤めるサラリーマンであったとは推察出来る。

 そして、単身居住のアパートではなく、巨大な世帯向けのアパート群の中を進んでいる事から、私にも家族がおり、その者たちが待つ場所に向かっているのだと考えられるのだが、人間らしい記憶はここで終わる。

 自分の名前すら思い出せないが、これが人であった頃の、人らしい最後の記憶

 前世の記憶を持ちながら異世界を転々として来た者としての、理性的な最後の記憶だ。そしてそれが何故最後なのかと言えば、予想だにしない悲劇が全てをぶち壊したからだ。


 そう、最後は唐突にやって来た

 まだ、家にもたどり着いていないのに

 待っているであろう家族の顔も見ていないのに

 いきなり『それ』は始まってしまったのである。


 巨大な団地のあちこちに設置されたスピーカーから、セミの鳴き声を完璧に上書きするような巨大で不気味なサイレンの音が鳴り響く。

 単純な調子の電子音がウウウゥゥゥと繰り返されるだけなのだが、穏やかな日常の中で突如始まったそれが、まさか終末を予告する国民保護サイレンだとは思わなかった。

 国民保護サイレンとは、巨大地震情報や台風災害など政府や地方自治体から発せられる警報の中で最上級の警報である。他国からミサイル攻撃等が予想される壊滅的警報であり、サイレンの本当の意味は「生きてたらまた会いましょう、みなさんさようなら」──別れの挨拶なのである


 そして、私は見たのだ。そのサイレンがこの世の終わりを告げるギャランホルンの音色であるかのように轟く中、夕映えの西の空に向かって舞い上がって行く、白と黒の集団の姿を。

 もしかしたら、サイレンで恐怖を伝達する神経が逆撫でされていたのかも知れない。つまりサイレンでトランス状態となった事で、白と黒に分かれた翼の生えた集団の姿を見たと言う、幻覚なのかも知れないが、ただこれだけは言える。

 私だけでなく、その場で家路に向かっていた人々は、その天使と悪魔の軍団が衝突する光景を間違い無く見たのだ。見上げたのだ。

 そして、今一体何が起きているのかを悟り、ぼんやりと立ち止まって眺めているのではなく、血相を変えて走り出したのだ。

 何かの危機感……生命や財産が全てパアになる圧倒的な危機感に背中を押されて、大の大人が今にも泣き出しそうな顔をしながら、自宅に向かって走り出したのだ。──つまり皆は、気付いたのである。世界の終わりを知らせるサイレンが何をもたらすか。更には核戦争とプラスして天使と悪魔の戦いを垣間見て、黙示録戦争が既に始まった事を悟ったのだ。


 もちろん、私もその意味を知っていたのだと思われる。周囲のサラリーマンと同じく、私も持っていたカバンを放り出して全力疾走で駆け出したからだ。

 だが、我が家にたどり着く事は出来なかった

 アパートの一室で待っている家族に会う事はかなわなかった


 突如東の空に太陽が誕生し、目も開けていられないほどに輝いたかと思ったら、轟音と爆風に包まれてしまい、辺りは一瞬で田舎の平和な団地から灼熱地獄へと変貌を遂げたのだ。


 太陽の光で瞬時に蒸発した者

 蒸発こそ免れたものの身体が発火してのたうち回る者

 爆風でアパートの窓ガラス全てが割れて吹き飛び、ガラスの雨に身を晒して血ダルマになる者

 それら悶え狂う者や心臓の止まった者たちの目の前に、いよいよ終末のオベリスクとも言うべき、ドス黒くて巨大なキノコ雲が姿を現したのである。


(……ああ、あああ!あああああ!)


 私は吠えた、頭から出血しているのか、ドロリとした血が両眼に入った赤くて無惨な世界を目の当たりにしながら、声にならない声で咆哮し続けた。

 多分、「我が家」がそこにあるであろうアパートの一角を見詰めながら、激しく燃え上がる巨大な遺体焼却炉を見つめながら、ひたすら咆哮し続けた。


 ──今、私のささやかだった幸せが燃えている!神も悪魔も知った事か。何が黙示録だ、何がその後の千年王国だ!呪ってやる、怒り狂ってやる、この世の存在全てを憎んでやる!──


 私の人間としての人生はここで終わった。

 多分、怒りの感情に支配され、やがて悪魔的な力が身体に宿った事で、人であった時の記憶も根こそぎ持っていかれたのであろう。

 終末世界の傍観者、地獄の旅人はこうして誕生したのである。

 ──転生を繰り返した先に手にしたさささやかな幸せ。そこには誰がいたのか──

 今となって思い出す事の出来ない、私の腹の奥底でジクジクと疼く後悔の一片である。


「……はっ」


 床がガタンと上下に揺れ、オレルの頭が木箱にぶつかる。

 気が付けば夢を見ていたようで、いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 ここはトラックの荷台。直轄領の深淵にある秘密の施設に物資を運ぶトラックの、隊列の最後尾にあたる車の荷台。

 秘密施設に物資を届けたあと、王都カーランに向かって帰路の最中にあった。つまりオレルはその姿を発見される事無く、荷台に忍び込めたのである。


(たかだか数日寝ていないだけでこれか、私もヤワになったな)


 トラックの揺れが気持ち良かったのか、ついつい眠りの誘いに手を引かれてしまったようだ。


(迂闊だったが、それほど長い時間寝ていた訳でもない。時間的にはそろそろ王都が見えて来る頃か)


 警戒網が厳重過ぎて、直轄領の奥地に忍び込めない事から作戦は中断。

 それよりも危険性が低い新たな作戦として、この民間委託のトラックに忍び込んで会社を特定。経営者を脅すなり拷問するなどして、核爆弾を製造する秘密施設の情報を得ようと、オレルは試みているのである。


 帰りの検問所はザルと言って等しく、木箱に入って身を隠すオレルが骨折り損だと感じるほどに確認して来ない。三ヶ所ほどの検問所を通過したが、警備兵が荷台に上がって来る事すら無い。


(帰りは安心出来るな。最新の電話線を引いているようだが、カットしてしまえばこちらのもの。襲撃後の脱出は良いとして、問題は行きだな。物資搬入中の検問所通過は要注意だ)


 運送会社を突き止め、そしてそこで情報を得た後に、いよいよ秘密施設襲撃が具体的なプランとして上がって来るのだが、トラックに揺れながら思案に暮れていたオレルの耳に、途切れ途切れではあるが、聴き慣れた声が飛び込んで来た。


(……ちら……ネスト……応答してくだ……こちらマザーズネスト、コヨーテ……してください……)


 それは小型の思念受信機が経由するマザーズネストの声。やっと王都に帰って来たと言う実感を得ながらも、自分を呼び出すその声に違和感を覚えるーー直轄領に潜入している者を呼び出していると言う事は、それなりに緊急の事情があるのだ


 いずれにしても道筋は見えた

 息を潜めて他国に潜伏するのも、そう長くは無いと実感出来る

 異世界転生人の核科学者、ヴァレリ・クリコフを倒す日も近いのだと自分を鼓舞しながら、オレルは服の袖に付けてある小型思念送信機を口に近づけ、ささやき声でマザーズネストに通信を試みたのであった。



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