79 ヴァレリ・クリコフと言う名の異世界転生人
濃縮ウランが反応しないように筒の左右両端に設置して、筒の片方を爆発させて濃縮ウランを瞬時に合体させて核分裂反応を起こさせる。この通称『ガンバレル型』は失敗だった……
先ず、核分裂反応を起こすための起爆材料として、火属性魔法の爆炎種を用いたのだが、これが指向性魔法ではない事から、筒本体にまで爆発被害を与えてしまい、核分裂反応の成功どころか起爆用魔法の選定まで後退してしまった。
また、やっと発見して実用化までこぎつけた魔法。光さえ抜け出す事の出来ない強大な力を有するとっておきの重力魔法『ブラックホール』を使用して、二分割された濃縮ウランの塊を一気に合致させる事には成功したが、濃縮ウラン塊が均等に核分裂反応を起こす事は無く、濃縮ウラン四十キログラムに対して1キロ分しか反応を起こさないような惨憺たる結果に終わってしまい、ガンバレル方式での核分裂反応は望めないとの判断に至った。
そして次にプランとして上がったのが『インプロージョン型』爆縮方式。
爆発力を外側へ発揮させずに、内側へ作用させる円球の構造体を作り、その中心にウランから抽出したプルトニウムを設置させて、球体全ての内側面から中心のプルトニウムに向かって起爆。プルトニウムを瞬時に全方位均等高圧縮させて核分裂反応を起こさせる。
「それにしても良かった。爆縮機構に重力魔法が利用出来るならば両者の顔は立つ」
目が痛くなるほどに真っ白な室内。締め切ったブラインドの隙間から刈り取り後の田園風景を眺める者がいる。
普段着に白衣を羽織り、灰色の短髪と太い黒縁眼鏡が特徴的なその中年男性は、一般人が耳にしても簡単には理解出来ない事を呟きながら、安堵の顔でいつまでもブラインドの外に視線を泳がしていた。
「博士、何かおっしゃいましたか?」
その真っ白な部屋にいるもう一人の人物が、白衣の男性に声をかける。
白衣の男性の背中に疑問形をぶつけたのは若い女性。白衣を羽織らず仕事着をパリッと着こなしている事から、どうやらこの男性の秘書のようだ。
「あ、いや。すまないね、私の独り言だ」
そう言って女性に謝罪する台詞を吐くものの、視線はずっとブラインドの先に置いて目を合わせようとすらしない人物、彼こそがパルナバッシュ王国で秘密裏に進行されている核開発のプロジェクトリーダー、ヴァレリ・クリコフである。
ここは王都カーランから北西にあるパルナバッシュ王国国王、レアンドロ六世の直轄領。
直轄領とは、王国にまとめられた荘園制貴族社会において、貴族や執政官が統治をせずに王が直々に管理する領土である。つまり、何ぴとたりとも口を挟む事の許されない閉鎖地区と言って良かった。
もちろん、閉鎖地区と言っても人がいない訳ではない。農民による農業集落が点在して生活しているのだが、彼らは全てが農奴階級の者たち。直轄領では農作物が大々的に栽培されているが、収穫の一部が税として取り上げられるのではなく、収穫の百パーセントが王の財産となるのだ。
そして、ここでの農民は労働力に対して対価が安く払われるだけの存在であり、つまりは農民と奴隷の中間にある農奴と呼ばれているのである。
その、古き中世を今に残す直轄領に、ヴァレリ・クリコフはいる。
起伏に富むも、なだらかな丘が幾重にも波を打って地平線へと続く自然豊かな光景の中で、無機物の集積体と言っても過言ではないほどに、真っ白な部屋が並ぶオフィスの一角で、新たなプロジェクトが起動に乗った事を喜び、一人で感慨にふけっていたのである。
ガス拡散法によって天然ウランから核物質反応を起こすウラン235の抽出に成功、そして量産化にもこぎつけた。
そしてガンバレル型弾頭プロジェクトは失敗したものの、重力魔法の有効性を確認して爆縮方式へのプロジェクト転換を成功させた。
そしてついに、爆縮方式の核爆弾が高精度に核物質反応を起こすためのキーアイテム、プルトニウムの精製にも成功した。
「あとは、重力魔法による爆縮レンズの計算。これが完成すれば、この世界にナガサキ型原爆が誕生する……」
相変わらずブラインドの隙間を覗いたまま、クリコフの口元がちょっとだけ緩む。
どうやら最近、クリコフが手掛けるプロジェクトに良い進展があったのか、心中の歓喜を抑えられないと言ったところ。
しかし、秘書らしき女性はまた、クリコフの言葉を気にして「博士、今何かおっしゃいましたか?」と彼を問うた。
すまない独り言だ と、もう一度答える気にならなかったのか、クリコフはクルリと振り返って女性職員を見詰めた。
「ミレイア君、来たばっかりの君にはまだ知らないとは思うのだが……」
そうか細い声で語りかけながら、そのミレイアと言う女性職員の机の脇に足を進めて背後に回る。
そして椅子に座ったまま不審げな顔をする彼女の髪の毛を掴み、渾身の力を込めて机に叩き付けたではないか。
「ぎゃあっ!」
「ミレイア君、私はね、独り言が好きなんだ」
眉一つ動かさないほどの、極めて冷静な顔付きでありながらも、彼女の髪の毛をガッチリと掴んだクリコフは、ドカンドカンと力任せに彼女の顔を何度も机に打ち付ける。
「は、博士……やめて……ぎゃあ!……ぐうっ!」
「私が独り言を繰り返す時は、つまり創造の時間。その時間に割って入るの事は私に対する妨害行為であり、決して許されないのだよ」
そう淡々と説明しながらも、クリコフの右手は止まらない。
とうとう秘書は鼻の骨が折れたのか、顔と机におびただしい血を飛び散らせる。そして机に打ちつけられた時の音も、最初はバタンバタンと乾いた音が響いていたのだが、今ではビチャッ、バチッ!っと湿り気のある音へと変わって来た。
「……はか……せ……や……め……」
「私の創造を妨害する事、これは今や国家に対する反逆行為と等しいのだ」
「……お……ね……が……」
脳震盪を起こしているのか、朦朧とした意識の中で助けを乞う女性秘書。このまま叩かれ続ければ、脳に重い障害を負ったり生命の危険に及ぶのだが、彼女は考えても見なかったアクシデントで救われる。
突如、ヴァレリ・クリコフの執務室に二種類の電子音が盛大に鳴り響き、彼の動きを止めたのだ。
電子音の一つは、壁に据えてあったスピーカーからけたたましく発せられる警戒音。そしてもう一つの電子音は、クリコフの机の上にある外部連絡用の電話の隣にある、番号表記が一つも無い赤い電話機の呼び出し音だ。
クリコフは何事かと赤い電話に飛び付き受話器を上げて耳に当てる。すると、ちょうどのタイミングでスピーカーから流れていた警告音が案内放送へと変わる。
クリコフ当てにかかって来た電話の内容は、ちょうどスピーカーから流れて来た案内放送の内容と重なり合ったのだ。
『火災発生、火災発生!地下六階で火災事故が発生した。消化班は放射線防護装備一級を装備して鎮火にあたれ!』
この建物……王の直轄領の何気ない田園地帯の真ん中にあった二階建ての建物が、実は地下に何層もの階層が作られた秘密の施設であったのだ。
そして今、その核物質を保管しているとおぼしき地下階で何かしらをきっかけとした火災が発生したのである。
「何、プルトニウム保管庫で自然発火しただと?またか!だから粉末状態の保管は湿度管理をしっかりしろと言っただろ!」
「ああ?作業員が二班取り残されてる?煙が充満しているのか非常口までたどり着いていない?」
「どうして何度も何度も同じ過ちを繰り返すかなあ!」
机の上に広がった血の池、そこに沈んだままの女性秘書には目もくれず、矢継ぎ早に電話で会話を重ねるクリコフ。どうやら電話の相手は地下階層にいるクリコフの部下で、プルトニウム火災への対応を求めて来ているようだ。
「君は今何階にいるんだ?うん?五階か?……分かった」
部下の居場所を確認したクリコフ、何か閃いたのか一旦言葉に間を開ける。
「君の責任で六階層の吸排気装置を全てストップさせろ、そして機密扉を全て密閉してロックしろ。酸欠にして自然鎮火を待つ。作業員?作業員の命は代えが効くが、我々が放射性の煙を吸って被曝したら国家の損害だ。君がやらぬなら四階に連絡して四階から君ごと遮断するぞ」
部下も自分の命惜しさに納得したのか、どうやら地下六階を完全密閉する事で承諾したようだ。
やれやれ と、受話器を置くクリコフ。どうして次から次へと私の足を引っ張ってくれるのかと、呆れ顔でため息を吐く。
「あっ、コーヒーを切らしていたな。食堂の備蓄を分けてもらうか」
気分を変える必要があると、クリコフはそう呟きながら軽快なステップで廊下に飛び出して行く。
未だに廊下や室内に据えられたスピーカーからは警戒警報の電子音が鳴り響き、クリコフのオフィスでは女性秘書が机の上に顔を伏せてったりとしたままだ。
──これがクリコフ、異世界転生人の科学者ヴァレリ・クリコフ。オレル率いる参謀情報部三課が闇に葬るべく狙う、敵の姿であった。




