78 オペレーション・トリニティ
「気をつけっ!」
王都カーランの旧市街にある三課のセーフハウス、そのリビングにリタ・バルツァー少尉の声が轟き、それまで各々椅子に座ってくつろいでいた兵士が一斉に飛び上がるように立ち上がり、そして直立不動となって扉を見詰める。
──明日早朝マルロクマルマルにブリーフィングを実施する──
昨晩、三課のメンバー全員に対してオレルがそう告げた事がきっかけであり、今はちょうど朝の六時。集合を命じた者が入室して来るのを最敬礼で待っているのだ。
本来、この参謀情報部三課の序列で行けば、オレルの次に来る上級階級は陸軍少尉のグリズリーである。だから、オレルが入室して来るのを待つ最敬礼の号令を出すのはグリズリーのはずなのだが、今回からリタ・バルツァーに代わった。
グリズリーもリタも同じ少尉階級なのだが、同じ階級にいる者は先に任官された者が先任士官として上の立場になる事から、先任士官のグリズリーがオレルに次ぐナンバー2として部隊を率いらなければならないのだが、グリズリーはそれを固辞。
自分は突入班の専門職であるから、総合職のバルツァー少尉が部隊を見回すべきだと、席を譲ったのである。
かくして、三課のナンバー2はリタ・バルツァー少尉が就く事となったのだが、ここで再びリタの掛け声がリビングに轟いた。
「ダールベック中佐が入室、我らが指揮官殿に敬礼!」
リビングに入って来て兵士たちに正面を向いたオレルに対して、敬礼の号令をかける。
三課の兵士だけでなく、マーヤやエルモ・ライホまでもがぎこちなくも立派な敬礼で部隊の指揮官を迎え入れると、オレルは休めと号令を発して緊張を解いた。
「諸君、おはよう。カーランに潜入して十日、核爆弾製造阻止作戦を実施するにあたり、我々が行うべき具体的な行動が見えて来た。これより状況の説明を行い、各位に作戦行動命令を通達する。着席して傾聴せよ」
オレルは両手の平を下に向けて何度も上げ下げを繰り返し、全員に着席するよう促す。上官の言葉を直立不動で聞くだけの見た目の姿勢よりも、着席してリラックスしていても良いから言葉を噛み砕いて理解し、自分のものにせよと言うメッセージだ。
「この王都カーランに潜入し、様々な街の者や魔女から情報を収集した結果、以下の事が判明した」
……核爆弾を秘密裏に製造しているのは、王立科学研究所であり、それは王都の北西一帯を占める王直轄領に存在する。また、西風魔導協会もそこに拠点を築いて協力しているフシが見られる事から、王の直轄領に全ての元凶があると考えられる。もちろん、王直轄領にも農業集落が無数にあるが、農民にさえ知らされていないほどの秘密施設らしい。
また、パルナバッシュ各地で頻繁していた魔法使いや政治犯の行方不明事件も核爆弾製造に密接に繋がっており、彼らは拉致された後に施設で強制労働させられている可能性が高い。
「私は今より単独で王の直轄領に潜入し、隠密偵察を行なって来る。これが一つ、オペレーション・インフェルトレイト。私だけが行う作戦だ」
オレルがそれを宣言すると、兵士たちは椅子をガタリと鳴らしながら動揺し、オレルの顔をマジマジと見詰める。私は置いてけぼりですか?私なら役に立ちます!私も作戦に同行させて下さい と、兵士たちは自己アピールで色めき立ったのだ。
しかし、彼らの気持ちが分からないオレルではない。一旦沈黙で間をあけながら、口元に笑みを作り「はやまるな」と無言のアピールを送る。君たちには君たちの独自作戦があるのだと前置きしたのだ。
「諸君らはこのままカーランに留まり、私が帰って来るまでに二種類の作戦を進行してもらう。一人も欠く事の出来ない重要な作戦だ、心して聞け」
オレルは先ずバイパーと視線を合わせて説明を始める。
──今後も西海の魔女連合と情報を共有するため、西区の水門広場へエルモ・ライホを赴かせる。これを『オペレーション・ウィッチハント』と命名し正式な作戦として扱う。エルモ・ライホの護衛役としてバイパーが隠密行動でカバーしろ。敵国官憲に発見された際は魔女の安否は無視、エルモ・ライホの安全確保を最優先せよ。
バイパーは静かにうなづき、振り返ってエルモに視線を合わせて小さくうなづく。心配するな何が何でも俺が守ってやると言う、エルモに安心感を与える表情だ。
──次にシルバーフォックスとグリズリー。二人は王都の様々な場所に赴き、周囲の人間に噂を振りまけ。王が国民に内緒で大量破壊兵器を作って戦争準備していると言う噂だ。これを『オペレーション・スモールトーク』と命名する。王都が不審な噂で大騒ぎになれば、必ず王都を沈静化するために各地の鎮圧部隊もここに結集する事だろう。そうなれば王の直轄領も手薄になるはず。私の潜入作戦も楽になるのだが、後々この作戦は最終局面で活きて来る重要な作戦だ。
シルバーフォックスとグリズリーは互いに目を合わせて決意の合図を送る。
このオペレーション・スモールトークは、一から十まで徹底して指示される軍隊式の命令ではなく、具体的な内容が示されないまま兵士の独創性に頼るような命令内容。
つまりシルバーフォックスとグリズリーが自分で知恵を絞って作戦展開しなければならず、いよいよ特殊部隊の兵士から、諜報部員へとスキルアップするスタートラインに立ったと言って良い。
「そして、フルモナとハルヴァナの狙撃班は、作戦が同時に進行していてもトラブルに対応出来るように、常に街中のスナイパーポジションに付け。マザーズネストとの連絡を密にして、危機に陥った仲間の退路を確保しろ。そして敵は生かして帰すな」
ハーフエルフの姉妹は、託された責任の大きさを噛み締めながら、頬を紅潮させてうなづいた。
「この三種類の作戦を同時に行う事で、近衛警察やパルナバッシュ軍による王都の監視体制が強化される事が予想される。よってセーフハウスが襲撃されるだけでなく、市街地で個別の襲撃を受けて分断される可能性がある」
オレルは一旦口を閉じ、リタに視線を向ける
「リタ・バルツァー少尉、立て」
「はっ!」
リタは靴のカカト同士をカツンと鳴らし、精一杯胸を張って直立する。
「リタ・バルツァー少尉に命じる。各作戦の進行状況を常に念頭に置いて敵勢力の襲撃に備えよ。基本は王都外への完全撤退だが、それが不可能となる事態も想定される。各作戦班の連携を君が指揮しろ。完全撤退のタイミングかそれとも遅滞戦闘の局面なのか、三課の生存率を上げるのが君の任務だ。出来るな?」
「はっ、戦場には誰一人残さないと心に誓い、全力を尽くします!」
「うむ、頼んだぞバルツァー少尉。いや、コールサイン【レイザー】。君は今日からレイザーを名乗るんだ」
バルツァー少尉のコールサインが決定した。
三課の仲間たちはそれを祝福するように、声を潜めながらもその名前を噛み締めるように口々に呟く。
「諸君、私が不在の場合は常にレイザーの指示に従え。彼女は広くを見回しながら、必ず最善の手を打ってくれる。それを信じてレイザーについて行け」
思いがけない出世、思いがけない命名にリタは頬を紅く染めながら戸惑うも、責任の重大さに身を引き締めているのか、恥じらいとは別に瞳を蘭々と輝かせている。まるで水を得た魚のように生気に満ちているのだ。
「それと、エルモ・ライホ。君に確認したい」
「は、はい!何でしょうか?」
「三課で働かせてくれと願い出て、今の君があるのだが、まだしばらくは三課にいてくれるんだろ?」
「います、いますとも。ぜひ、ぜひとも今後も働かせてください。近代戦と魔法の融合について研究したいんです。僕が魔導協会でキャリアアップするための研究、それを三課で見つけたんです!」
慌てているのか、あまりにも必死になって食いつくエルモを見て、そうかと言いながら苦笑するオレル。
笑うオレルを見て、僕何か間違った事言ってますか?と身体をくねらせ悶絶する少年に、オレルはこう言い渡した。
「エルモ・ライホ、三課で活動する以上は常に私に従ってもらう。私の命令は君の研究より優先しろ。分かったな?コールサイン【ファウスト】」
「ぼっ、僕にもコールサインが!ファウスト……ファウストですか!」
喜び勇むエルモの背中を、良かったわねえとマーヤがバンバン叩く。周りの兵士たちも立て続けに誕生したコールサインを口にして、仲間が増えた喜びに高揚がおさまらないと言ったところ。
ちなみに、ファウストとはドイツの伝説に登場する学者で、果てしない知識と幸福を得るために悪魔メフィストフェレスと契約を結んだ人物の名である。
皮肉が効いているのだが、そもそもその皮肉を理解出来るのは、ほかならぬオレル一人だけであった。
いずれにしても、今日、この日、参謀情報部三課は敵地の真っ只中で具体的な作戦活動に入った。
一つは現地情報提供者との定期接触、一つは現地でのサボタージュ活動、そして一つは敵地心臓部への潜入偵察。
いよいよ本格的な冬を前に寒くなって来たパルナバッシュで、もし作戦が早々と成功して核爆弾製造施設を破壊する事が出来れば、クリスマスまでに家に帰れると期待に胸を膨らませる兵士もいるかも知れない。
ただ気を付けなければならないのは、古来から今に続くさまざまな世界の戦史において、クリスマス前に成功させようとした作戦は、ことごとく失敗に終わっていると言う事実。
三課の兵士がそれを知っているか、そもそもそんな淡い期待を持っているかまでは分からないが、もちろん本当の闘いはこれから。三本立ての作戦、総じて言えば「オペレーション・トリニティ」はこれから始まるのだ。




