73 交渉術③ 突き放して慌てさせる
「ちょっと、ちょっと待ってよ、あたしらそんな話知らないよ!」
「私たちが近衛警察に通報していた人々が強制労働ですって?」
「西風魔導協会が……か、かくへいき?」
コンチェッタにクラリッチェ、そして最年少のアンナベッラまでもが、満を侍して提供したオレルの情報に見事に喰らい付いた。魔女たちはその衝撃的な内容に思考力を破壊され、情報の真偽を確かめる作業を後回しにすると言う失態を犯したのだ。
そもそもが、どこの馬の骨か分からないオレルがもたらした情報である事から、言っている事そのものを疑って確かめるべきなのに、コンチェッタたちにはそれが出来なかった。
と、言うのも、情報の中にちょこちょことオレルが混ぜた込んだブラッフ (虚勢・はったり)が、見事に功を奏して魔女たちを揺さぶる事に成功したのだ。
核兵器はあくまでも他国に対する武力であるのにも関わらず、分かりやすい例えとして王都カーランが一発で蒸発すると表現した事。これで彼女は王都が瞬時に燃え上がるイメージ映像を脳裏に浮かべ、恐怖を刷り込む事に成功した。
そして、街のパトロールと称して魔女が式神や使い魔で監視して、不審者を発見すると近衛警察に通報していた件も、本来なら全国的に行われている政治犯や思想犯の取り締まりが根本的な原因であり、魔女たちのせいではない。
スリなどの軽犯罪を発見して来たコンチェッタたち王都の魔女にしてみれば、青天の霹靂とも言うべき身に覚えの無い話なのである。
だが、会話の主導権を握ったオレルは、彼女たちの自覚を他人事から当事者へと変えた。もしコンチェッタたちがその話は疑わしいと思ったとしても、それを口に出来ない環境を作ってしまったのだ。
悪魔的なオーラを否定せず、自らを異世界転生人と明かし、そして事実に誇張を織り交ぜながら訴える。……好奇心旺盛な魔女ではなく、これがもしディベート能力に富んだ者であったとしても、オレルの巧妙な罠にかかったのは間違い無い。
「西風魔導協会か、良い情報を聞いた。君たちには感謝する」
まだ騒然としている魔女を尻目に、オレルは突如身を翻して背を向ける。用件は済んだとはがりにさっさと帰り始めたのだ。
「待って、待ってよオレル・ダールベック!まだ話は済んでない!」
「いや、これで交渉は終了だよ。使い魔は君たちの手元に届いた、そして私は代わりに情報を得た。これ以上何が必要なんだ?」
そう、オレルは呼び止められるのを待っていた。
まだ混乱しきりの彼女たちが、独立した諜報員としてオレルのために動くには詰めが甘く、このままでは情報提供者として育たないと判断していた。つまり、オレルはもう一声のダメ押しが必要だと感じていたのだ。──それもとっておきのダメ押しを
クラリッチェだけでなく、温和そうなコンチェッタとアンナベッラもオレルを凝視している。それは自分たちに降りかかった難問を、自分たちで解き明かそうとする自主性に満ちた瞳の輝きではない。オレルに答えを示せとすがる、心細く弱々しい瞳の色だ。
それをオレルはシニカルな笑みで突き放す。その突き放す言葉それこそが、オレル最大のダメ押し情報であったのだ。
「考えてもみたまえ。西風魔導協会の主導によって、時代を超えた大量破壊兵器が秘密裏に製造されているとする。それは巨大な予算が必要なだけでなく、大量の労働者も必要としている。その巨額の予算、そして大量の労働者をどうやって集める?民間で出来る訳がないだろう?」
「えっ?えっ……?もしかして、もしかして……!」
青ざめるコンチェッタ。彼女にはオレルが言わんとしている所が見えてしまったようだ。
「この国では民主化運動が激しくなっていると聞く。私も王都にたどり着くまでにいくつかの悲劇を見て来た。今でこそ反乱分子の遺体が街のあちこちでぶら下がっているが、最初は大量に拉致して秘密研究所の労働力にしていたはず。見せかけの平和に包まれた王都では分からなかったかも知れないが、今この国の闇で蠢いている計画は、一体誰が許可したんだ?」
コンチェッタだけではない、クラリッチェもアンナベッラも顔面蒼白で何も言い出せなくなっている。
たった一言「あの王が?」「まさか王様が?」と叫べないほどに狼狽しているのだ。
「私はアムセルンド公国陸軍の軍人だが、今は異世界転生人ギルドの依頼を受けてこの地にいる。パルナバッシュ王国が秘密裏に開発している超兵器の開発阻止がその依頼の内容だ。そして私が君たちとこうやって接触の機会を得たとしても、建国の象徴であり今も王国を支える魔女を、まるっきり信用していないのは理解してくれると思うのだが」
「オレル・ダールベック、つまりあなたは私たちにこう言いたいのね?自らの潔白を示せと」
「無理強いをする積もりは無いし、そもそも今の私には魔女と親睦を深める気など毛頭無い。ただ、私と情報を交換するのなら、対等な立場であるべきだと言っている」
「分かったわ、私たち宮廷魔女にも情報を集める責任がある。そう言う事ね」
暗闇で判別はし難いのだが、オレルの口元が微かに上がる。そしてそれを機に歩き出し、魔女から遠ざかって行く。
「オレル・ダールベック!あんたと連絡したい時、あたしたちはどうすりゃ良いのさ?」
「毎日正午、この水門広場に【ウサギ】を置く。その者とコンタクトしてくれ。それと核兵器製造にあたり、魔法と科学を融合したのは、王直轄の【王立科学研究所】だ。西風魔導協会以上に情報が得られるかもな」
最後にヒントを残し、とうとうオレルの姿は闇の奥へと消えた。
我に返ったのか、喧々轟々と議論を重ね始めたコンチェッタたち。その喜怒哀楽に満ちた声の大きさは、帰路につくオレルが苦笑するほどだ。
だが、オレルは既に別の案件に思考の羽根を伸ばしている。魔女たちが具体的に動く事で、この国に生じる余波に想いを馳せていたのだ。
──パルナバッシュ王国建国の象徴、魔女たちが動き出す。彼女たちが核爆弾を是とするか否とするかは、今後の彼女たちの反応次第。王国維持のために目を瞑れば我々が潰すだけであり、魔女が義憤に駆られて反旗を振りかざせば、それは民主化運動の炎がくすぶるこの国において、クーデターの着火剤へと変わる。
「どちらに転んでも王国の権威は失墜する。まあ、知った事か……だな」
セーフハウスに帰る途中に小さく呟くも、闇夜が深くオレルの表情は読み取れなかった。
他国の命運を左右する岐路を作ったオレル。果たしてその時の表情は苦々しかったのか、それとも嬉々として残忍な表情だったのかは、結局のところ分からずじまいだった。
◆ 西海の魔女連合 VS ゲヘナ・ウォーカー 編
終わり




