72 交渉術② 喰いつかせて種をまく
「我々西海の魔女連合は、宮廷付きと言う地位にある事から、様々な御役目に就いております。王都の治安を守るために日々街を警らしていたところ、あなたを偶然見つけた次第です」
「街中で私を見つけ、不審に思って追跡したと。何を不審に思ったのかね?」
「いや、その……」
何故オレルを追跡したのか、そのきっかけを問われても口ごもるコンチェッタ。さすがに面と向かってあなたを悪魔だと思っただとか、あなたのオーラが悪魔的に見えたとは素直に言えない。たとえそれが事実であったとしても、本人を前にそれを指摘する事に気後れしていたのである。
だが、そんな配慮などオレルには必要が無かった。彼は怪訝な表情を作ろうともせずに、淡々とした表情で「その先」の話を切り出した。
まさにコンチェッタが言おうとした内容を、オレルが代弁したのである。
「私の身体から悪魔的なオーラがにじみ出ており、君たちが世に放った式神や使い魔が私を悪魔と判断した。それで合ってるだろ?」
「いや、まあ……そうなのですが」
「君たちが恐縮する必要は無い。私は輪廻転生の循環の中で、以前の記憶と体質を今に残す者。そう言えば理解してくれるかな?」
「ああっ!オレルさんは異世界転生人ですか?」
オレルの素性に気付いたアンナベッラが叫んだ事で、彼女たちの周囲に沈滞する重い空気を吹き飛ばす。
──その世界、その世界、一つの世界を基点として輪廻転生を繰り返すのでは無く、壁を越えて様々な世界に転生を重ねる魂。前世の記憶や能力を今に引き継ぐ者もいれば、運悪く全ての記憶を忘却の彼方に置いて生まれて来る者もいる。
マナーやモラルよりも知的好奇心に傾倒する、まるで知識欲と好奇心の塊のような魔女が、異世界転生人と言うキーワードに飛び付かない訳が無いのだ。
「カーランの街にも異世界転生人ギルドの存在が噂されてるけど、転生人を見たのは初めてよ」
「ああ、あたしも初めてだ」
「と言う事は、あのオーラも前世の継承能力と言ったところですか?」
彼女たちの好奇心をど真ん中ストレートで射抜いてしまったのか、魔女三人組は交渉の場だと言う事を忘れつつ、闇夜に眼を蘭々と輝かせながらオレルを凝視して分析する。
しかし、それを許すオレルではなかった。
「前世や過去の記憶、そして受け継いだ能力。それについて君たちが興味を示すのは理解出来る。しかし誰もが華々しく輝いた過去を持っている訳ではない。この件に関して私に質問するのは時期尚早だ、交渉をないがしろにする妨害行為とみなす」
静かでゆっくりとした口調が更に言葉の重みを増したのか、魔女たちの瞳から輝きが消え失せる。そうだ、この場は交渉の場だったのだと我に帰り、再び彼女たちの身体を緊張が駆け抜けたのだ。
「交渉……交渉でしたね、オレル・ダールベック、失礼しました。何なりと質問を」
「それでは何点か質問させて貰う。建国に協力した功績が認められ、この国での魔女の社会的影響力は絶大だと聞く。それは本当か?」
「ええ、本当よ。あたしたちは建国の象徴として今も王国の庇護を受けている。その代わりに、魔女は王国の繁栄のために尽力する。この不文律の中であたしたちは生きてる」
「なるほど、ではどんどんと本題に切り込むとしよう。魔女が行使するウィッチマジックと、魔術師が行使する五大元素魔法。この国においてはどちらが格が上なんだ?つまりは、この魔女王国においての魔法使い、魔導協会の位置付けについて説明して欲しい」
オレルの問いに対してコンチェッタは快く分かりましたと答え、この国における社会的魔法情勢について説明を始めた。
──オレル・ダールベック、どうやらあなたは魔法について詳しそうなので、面倒な説明は差し引いて説明させて貰います。
この国には二種類の魔法系統と、それを操る二つの勢力に分かれた術者が存在します。一つはこの国の本流でもある魔女によるウィッチマジック、そして大陸四大協会の一つである西風魔導協会が日々研究を重ねる、五大元素魔法と光と闇を司る神聖魔法。
ウィッチマジックとは、何かしらの魔力存在と契約して魔力を発現する方法を言い、五大元素魔法は魔法研究者が構築した学術としての魔法学を指す。
お手軽契約にお手軽行使、そして絶大な効果を発揮するウィッチマジックは、より実践的な魔法として国家運営に寄与し、西風魔導協会は王国と魔女の関係に配慮して距離を置き、研究機関として独立した存在になっています。
このコンチェッタの説明でオレルには見えたのだが、この西風魔導協会が王国と一線を引いて距離を置いていると言えば聞こえは良いが、つまりこの国の魔法協会は魔女よりも冷遇されている現実がそこにあったのだ。
「なるほど、西風魔導協会は純粋な研究機関だと聞いた事がある。他の協会はとにかく魔法の戦争利用を模索し続けているが、なかなかに立派な組織なんだな」
オレルは皮肉なのか褒めているかの、微妙なバランスで発言して様子をうかがう。パルナバッシュ王国において社会的地位が格上である魔女の目の前で、格下であるはずの西風魔導協会を称賛してみる──その際、目の前にいるこの三人の魔女の反応を確かめようとしたのだ
「まあ、確かにそうなんでしょうけど、正直なところ私たちには良く分からないのです」
「そうだね。コンチェッタの言う通りでどこで何やってんだか、さっぱり分からないのよね」
「王都から西海に出て湾を北西に半日歩いた場所に、西風魔導協会の拠点があると聞くです。でもでも、聞くだけで見た事ないです。魔法使いを王都で見る事もないのです」
なるほど、魔女たちは魔法使いに興味は無く、興味を持とうとすらも思っていないか──
不快感すら覚えない彼女たちの反応を見て、オレルは「仕掛けてみるか」と内心で前のめりになる。この国での魔法使いの地位は分かった、魔女と魔法使いの関係も分かった。魔女が核爆弾製造について限りなくシロに近いなら、魔女すらけしかけて利用してやろうと考えたのだ。
「宮廷魔女のコンチェッタ、同じくクラリッチェにアンナベッラ、こんな噂を聞いた事は無いか?この国の各地で魔法使いが行方不明になっていると」
「ごめんなさい。私は聞いた事が無いけど……何故でしょう?」
「あたしも初耳だけど、胡散臭い噂だなあ」
「私も聞いた事ないです。でもでも気になるです」
──よし──
魔法使いに対して無関心でありながら、まるで都市伝説でも聞くかのように興味津々で前のめりになる魔女たち。オレルは彼女たちが釣れたと実感し、待ってましたとばかりに隠し持っていた衝撃的な情報を突き付ける。
「西風魔導協会は魔法と近代科学の融合を目指している。その第一弾が核兵器開発、たった一発の爆弾で王都が蒸発してしまう恐怖の爆弾だ」
あまりにも衝撃的な内容だったので、眼をひん剥きながら声にならない声で驚く魔女たち。
「魔導協会は国中の魔法使いをかき集めて、五大元素魔法以外の新たな属性魔法を発見した。その魔法を使って核兵器の開発を始めたのだ。その莫大な労力を使う開発作業には、君たちが街で狩り出して近衛警察が捕まえた政治犯が強制労働で駆り出されている。だから知らなかったとは言わせない、責任の一端は君たちにもあるのだから」
コンチェッタたちは、もはや驚きの声を上げる事もままならず、その場で完全に凍り付いた。
まさか魔導協会が新たな魔法を生み出し、そして大量破壊兵器を開発しているなどとはつゆとも知らず、更に街の平和を想って活動していた自分たちが、彼らを強制収容所へ送り込んでいたなどとは思っても見なかったのだ。
──これで種は撒いた。彼女たちは勝手に動いてくれる
オレルの「交渉」は最終段階へと突入する。




