70 袋の猫
「いやあ、やはり才能だと思うのよねえ。あれほどまでのクールな捕獲劇、私じゃなかったら無理だわねえ」
マザーズネストこと、マーヤ・ルンテッソンはそう誇らしげに胸を張り、周囲のウンザリ顔などものともせずに自慢話を繰り返している。
ここは王都カーランの旧市街にある、三課のセーフハウス。オレルが追跡者たちに勝利したその日の晩の事である。
オレルの状況を見極める判断力と、三課の兵士たちの迅速な行動は、見事魔女たちの追跡を振り切っただけでなく、魔女の使い魔とおぼしき猫の捕獲にも成功したと言う大成果に終わった。そして今、オレルの許可が下りて兵士たちは勝利の美酒に酔っていたのだ。
何故マーヤが実戦に投入されて成果を得たのかと言えば、まさしく今現在彼女が声高らかに自慢している能力のおかげ。悔しいかな、彼女でなくては成し得なかったと言える。
事の経緯とはこうだ
オレルの出動命令が下った三課は、急いで西区の水門広場に急行した。
フルモナとハルヴァナの狙撃部隊は、水門広場が一望出来て、更に味方が射線上に入って来ないポジションを求めて探し、水門広場から南に三百メタルほど離れた、運河の吊り橋を稼働させるための水車塔の屋上を狙撃ポイントにする。狙撃班配置は、万が一の時のための保険だ。
そして突入班とマザーズネストは、水門広場の水際で景色を眺めるオレルを基点として、広場の外縁に到着。オレルの指示により小動物の捜索を開始する。
野良猫の可能性が高いと事前に指示を受けていた事から、広場でマザーズネストがそれを発見するのは、時間と忍耐を費やすような難しい試練ではなかった。
「あんな陽当たりの良くて人の数も大していない場所、動物がリラックスしていないなんて事は無いのよ。だから私は警戒しながら中佐を見詰めてる猫を探そうと思ったの。一発目にビンゴよビンゴ!」
──敵意を一切かき消して穏やかな思念を送りながら、猫ちゃんの背後からじりじりとにじり寄る。そして手が届く距離までたどり着いたら、優しくマッサージの嵐を叩き込み、そのまま袋にポイ!私になつかない動物なんていないわ
おほほほ!と言うマーヤの高笑いと、さっきそれ聞いたよと言う兵士たちのウンザリの気配が漂う三課セーフハウス。
さすがビーストテイマー (猛獣使い)の血を今に残すホビット族ではあるが、彼女自身のそのかしましさが影響したのか、せっかくの宴もだんだんと空気が寒くなって来た。
「中佐、どこへ行かれるのです?」
おもむろに席を立ち、壁にかけてあるコートを羽織るオレル。それを気にしたバルツァー少尉が声をかけた。
「ちょっと猫を見て来る」
マーヤが捕獲した使い魔の猫は、捕獲した際にずた袋に入れられたのだが、そのまま袋ごとセーフハウスの倉庫に放り込まれたまま。
その後の処置はオレルが任せろと言っていたので、気にはしているものの、指揮官の判断に任せていたのだ。
セーフハウスから一度外へ出て裏に回る。家屋の裏側に隣接された倉庫にたどり着き、扉を開けた。
倉庫内はシンと静まり返っており、袋詰めの猫が何とか逃げ出そうと暴れ回った気配は感じられない。
「ふむ、なるほど。まだ飼い主と精神が繋がっているか」
縛り上げた口元を掴み、ゆっくりとそのずた袋を持ち上げてみる。真っ暗闇の中で身動きが封じられた猫は、パニック一つ起こさずに不思議なほど冷静だ。
つまりは使い魔の猫と契約者に魔女は、未だに精神を繋いでいる証拠である。そしてそれは、重大な結論をオレルにもたらす事となる。
と言うのも、敵に捕獲された使い魔が未だに魔女と精神を繋いでいると言う事は、まだその使い魔を通じて情報を得ようと暗闇の中で辛抱しているようにもみえるのだが、オレルには魔女たちの行動意志について別の切り口が見えたのだ。
「本来なら、いくら血の通った使い魔と言っても敵に捕獲されれば見捨てられる。お前は大事にされてるんだな」
感心したオレルに応えるように、袋の猫がニャアと鳴く
「私の情報を引き出そうとして頑張っているのだろうが、逆に私がどんな手を使っても、君らから情報を引き出そうとするとは思わなかったのかい?」
……ニャア
この時の鳴き声は、ひどく怯えていた。そんな事はつゆほども考えていなかったと言う、ショックと恐怖の鳴き声だ。
これでオレルは結論にたどり着いたのである。あまりにも危機感の足りないこの魔女たちが、このパルナバッシュ王国が今、どのような状況下あるかを、どれだけ周知しているのかが見えたのだ。
(未だに魔女文化が盛んなこの国は、政治にも魔女の影響力を色濃く残している。その魔女がこんな体たらくであるのはおかしい。おかしいと表現するよりも、むしろ魔女たちは蚊帳の外なのかも知れないな)
古くからこの国を支えて来た魔女の勢力が、もし政治に深く関わっているとするならば、巨額の予算と人員を必要とする核爆弾製造を知らない訳が無い。
全世界と異世界転生人ギルドが烈火の如く怒り狂う大量破壊兵器の製造を、もし魔女たちが知っていてそれを認めているならば、不審者であるはずのオレルは、とっくに暗殺部隊に情報を提供されて殺されているはず。
それが、魔女たちは暗殺部隊に通報もせずに、自分たちの好奇心に導かれてオレルを追跡し、そして逆襲に遭って使い魔を捕獲されても、使い魔を見捨てるどころか今も精神を繋いだまま。
こんな温い状況であるならば、魔女がこの王国の闇で今まさに進行している計画を知っているはずが無いのだ。
「ふむ、最初は皆殺しにする予定だったんだ。だが君たちのヌルさに違和感を覚えてね、殺すのはやめだ」
殺すと言うキーワードに反応したのか、袋の猫はいよいよ怯えた声でニャアニャアと暴れ始める。
「取り引きだ。この猫が大事だと思うなら、今夜日付が変わる時に西区水門広場に来い。こちらは情報が欲しいから、猫と引き換えだ」
想定以上の譲歩とも言うべき、オレルからの思わぬ申し出に、キョトンとしてしまったのか猫は反応しない。それはまるで、猫を通じて契約者が判断に苦しんでいるようにも見て取れる。この者を信用しても良いのだろうかーーそう言う懐疑的な沈黙せざるを得ない瞬間だ
「心配するな、君一人だけで来いとは言わん。好きなだけ仲間を連れて来たまえ。使い魔の命、そして私が欲する情報、これらを交換している間に、私が何者なのか判明するかも知れない。知的好奇心が満足するぞ」
そしてオレルは袋の猫に向かって最終通告を行う、交渉に応じるならば二度鳴け、応じないならば一度鳴け。さあどうする?
……ニャア、ニャア……
交渉は成立した。
オレルは今夜、パルナバッシュの魔女たちと直接的に接触するのだ。




