67 有益な情報
標高の高いアムセルンド公国では、初雪の訪れを知らせる凍てつく北風が吹き荒ぶような季節であるのに、ここパルナバッシュ王国の王都カーランは、秋が深まりつつあるにも関わらず、穏やかな太陽に照らされ冬服のいらない陽気に包まれている。
穀物などの収穫も終わり、冬の季節にむけた別作物を植える畑休みの時期。この王都カーランでは、仲買人や海運業者のみならず、王都近郊の農民たちが羽伸ばしに訪れており、いつも以上の活気に満ちていた。
午前中、まだ昼にはしばしの時間があると言うのに、飲食街は賑やかな声に包まれている。
羽伸ばしに王都を訪れていた農民たちが、朝から食えや飲めやの大盤振る舞い。飲食街の店々も季節柄それを承知しているのか、朝から居酒屋まで開店する勢いだ。
そんな喧騒の中、とある軽食喫茶のテラス席において、たった一人で黙々と食事をとっている者の姿がある。
周囲のテラス席では商人たちや農民たちが、賑やかに談話しながらコーヒーやエールを楽しんでいる中、その青年は、四人座れる丸いテーブルを一人で占領しながら、遅い朝食を楽しんでいた。
トマトソースのニョッキ、胡椒とオリーブオイルの効いた酢漬けの白身魚を食べながら、硬めのパンを千切っては口に放り込み、濃いめに淹れたコーヒーで胃に流し込んでいる。
ただ、不思議な光景がそこにはあった。青年は一人で食事を取っているのにも関わらず、テーブルの反対側には、誰かがいる様な感覚……まるで予約席とも言いたげに、テーブルの上に物が置かれて他者の着席を許していなかったのである。
テーブルの上に置かれていたのは、まだ開封していないエール酒の瓶。その瓶が重しの役目を果たしているのか、その瓶とテーブルの間に、何か茶色の封筒が挟まれている。
そしてそれが目印となっていたのか、その青年めがけて男が声をかけて来た。
「あんたがコヨーテさんかい?」
男はそう言って青年に質問したのだが、その答えを待つ事無く早々にエールの瓶が置かれた席に座ってしまう。
そしてコヨーテと呼ばれた青年は、その名前を否定も肯定もせずに、ナイフとフォークを置いてテーブルの上で両手を組む。
「地下組織コラッジオのリーダー、イザッコ・ボリーニ。それで間違いは無いな」
「ああ、フランカ姐さんの頼みでやって来た。どんな用件だい?」
「情報が欲しい、調べて欲しい事がある」
地下組織コラッジオ (イタリア語で勇気)とは、王都カーランの裏社会を統べる犯罪組織、つまりはマフィアのような組織である。そしてコヨーテとは、もちろんオレル・ダールベックのコールサインである。
つまりオレルは、異世界転生人ギルドの支部長フランカ・ペトラの仲介をもって、現地マフィアのリーダーと接触したのである。
「出来る事と出来ない事があるのは理解して欲しい、我々には仲間を売らないと言う絶対的な血の掟があるからな」
「構わない。無理強いする訳ではないし、話を聞いてから判断して貰って構わない」
イザッコはエール瓶の蓋を開けて一口二口と喉を鳴らしながら茶色い封筒を手にする。そしてその中身を確認すると腰を抜かさんばかりに眼を見張ったのだが、危うくエールを吹き出すまでには至らなかったようだ。
「こんな大金……あんた何者だ?」
「それは聞かない方が良い、お互いのためだ。これからの時代は情報が金になる、そうだろ?」
「ああ、まあ、確かに。フランカ姐さんの紹介だし、これだけ貰っておいて逃げる訳にもいかねえからな。……どんな情報だ?」
小さな丸いテーブルを挟んだ距離の二人は、ただでさえ小声での会話だったのに更に声が小さくなる。周囲の喧騒にかき消される会話は、むしろオレルにとっては防諜の意味でも都合が良かったのかも知れない。
「あんた達ならおかしな気配の正体が掴めるかと思ってな。日雇い労働者の仲介はしているか?」
「ああ、それはやってる。この王都では、農業や漁業だけでなく、倉庫の荷役や水路補修など様々な仕事があるからな」
「その労働者の仲介でだ、近年おかしな動きは無かったか?」
「おかしな動き?質問の内容は具体的に頼む。正直なところ手広くやってるから、細かいところまでは目が行き届かないんだ」
「それはすまなかった。では具体的に聞く。近年、コラッジオに対して、一気に大量の労働者を確保して欲しいと言う依頼はあったか?又はコラッジオの商売を邪魔するように、大量の労働者を漁っていた別組織はあるか?」
イザッコはその質問を受けてギョッとする。
何故なら、オレルの繰り出した質問は彼が答えるのに躊躇する内容の質問であり、言葉を選ばないといけない非常にセンシティブな内容であったからだ。
「動きが止まってしまったぞ、イザッコ・ボリーニ。別段君たちを責めている訳ではない、安心してくれ」
「すまん、動揺した。その質問に対しては答えられる内容と答えられない内容がある。それで良いか?」
「構わない、話せる範囲で話してくれ」
イザッコが言葉を選びながら答えた内容とはこうだ。
数年前に、とある貴族から内緒の依頼が来た。王都近郊にある王の直轄領で大規模な工事が計画されており、数千人単位で労働者を集めて欲しいと。しかし王都において日々の労働者仲介は、せいぜい二百人が良いところであり集まる訳が無く、丁重に断った過去があると。
「依頼は確かにあった、だが貴族の正体までは明かせない。それは理解して欲しい」
「いや、それだけでも充分な情報だった。感謝するよ」
オレルは不快感を示さず、素直に謝意を述べる。イザッコのたったこれだけの情報でも、彼には見えて来たものがあるのだ。
──核開発を行っている秘密研究施設は、王の直轄領に建設された。それはつまり、核開発を王が認めている事に繋がり、王と一部の貴族以外は施設の存在すら知らされていない。
更に、施設建設にあたっての労働力確保は王都では行われなかった事から、地方の労働力を秘密裏にかき集めた。
このオレルの考察は、もう一つの情報を結び付ける結果となる。と言うのも、パルナバッシュ王国全土で起きている民主化運動と王国側との軋轢が顕在化しており、今現在民衆に行われている弾圧の内容が、具体的に重なったのである。
(誘拐に拷問、そして暗殺だけじゃなかったんだ。行方不明者が多数いると言う噂は、この核施設建設にあたっての労働者確保のためにあったんだ。つまり、王の直轄領には、政治犯の強制収容所が今もある可能性が高い)
「イザッコ・ボリーニ、別の質問をさせて貰う。この王都カーランでは通常の犯罪取り締まりはどこの組織が行っている?」
「通常犯罪?それなら王都に限らず、近衛警察が取り締まりを行なってるぜ」
「なるほど、その近衛警察は魔法を使って不審者を追跡したりするのか?」
「いや、近衛警察は魔法なんて使わねえよ。ヤツらは数を頼りに横暴を繰り返すようなゲスなヤツらさ」
(ならば先日私を追跡していた者たちは、近衛警察とは別組織の者か。なるほど、パルナバッシュには魔女文化があったな)
得心がいったのだが、表情は冷淡そのままにイザッコに礼を言う。
「ありがとうイザッコ・ボリーニ。有益な情報を感謝する」
「何が有益になったのかさっぱり分からないが、また情報が欲しかったら呼んでくれ」
イザッコは楽して儲けたかのような下卑た笑いを浮かべながら、茶色の封筒を懐にしまって足早に去って行った。
「魔女か……」
誰に聞いて貰いたい訳でもなく、ぽつりと一言口から呟きを漏らしながら、オレルの渇いた瞳が街の景色を駆け巡る。今も何処からか、魔女が見ているかも知れない……そんな警戒と愉快を混ぜた不敵な視線。
オレルは正体不明の存在に監視される不安もどこへやら。ひどく挑戦的な圧力のある色を、その瞳に浮かべていたのである。
──後悔させながら殺すか、それとも後悔する暇無く殺そうか と──




