66 宮廷魔女たちの憂鬱
パルナバッシュ王国とは、クラウディオ・パルナバッシュを開祖とした歴史ある王国で、現在は老いたレアンドロ六世が五十年にも及ぶ治世を行なっている。
穏やかな気候と西の大海に面した立地条件もあって、古くから農業と漁業で賑わって来たパルナバッシュであるが、それら第一次産業に傾倒し過ぎた結果、大陸を席巻する近代化の波に乗り遅れているのが現状。
工業などの近代化に慌てて着手するも、世界との競争から二歩も三歩も遅れていた。
そのパルナバッシュ王国の王都カーラン、都の中心に、ランドマークとしてそびえているのが、幾重もの高い城壁に囲まれたパルナバッシュ城、通称「水晶宮」である。
何故薄赤い石で積み上げられたパルナバッシュ城が水晶宮と呼ばれるのか、それには訳がある。古き伝承による魔女伝説が、民たちがこの城を水晶宮と呼ぶ理由なのだ。
──開祖クラウディオ・パルナバッシュがこの地に王政を敷いたばかりの頃、北の戦闘民族ゴーダが攻めて来た。パルナバッシュの肥沃な土地を狙い、ゴーダの戦士たちとつき従う魔物どもは、民を殺しに殺しながら王都へと迫っていた。
農民上がりの兵士たちしかいないパルナバッシュ軍に元々勝ち目など無かったのだが、その時どこからともなく魔女の集団が現れ、様々な魔法を駆使してゴーダ軍を打ち払ったのである。
民衆の歓喜の声に包まれながら王都カーランに凱旋した魔女たち。その先頭に立つ女性の名前はリズル、水晶を持つ眠りの魔女。後にクラウディオ・パルナバッシュの妃となった人物である。
つまりパルナバッシュ王朝とは、その血脈に魔女を介した事で、魔法王国としての一面もあるのである。それが結果として世界的な工業近代化の波に乗り遅れた理由でもあった。
その水晶宮の一角、大ホールや謁見の間よりも更に奥でありながらも、王朝の血筋の者しか入る事の許されない居室エリアよりは手前の居間に、一人の女性が入って行く。
そこは、小さな居間がズラリとならぶ貴族や文官・武官などの待機所。王国の様々な幹部が常に登城して有事に備える部屋だ。
「おはよう」と、ようやく喉から絞り出したかのような弱々しい声で入室して来たのは少女。まだ眠り足りないのか、まぶたが落ち切るまでに紙一重の状態であり、足取りもおぼつかなく見るからに寝不足。
だが彼女が挨拶した二人の女性、先に入室してくつろいでいた二人の女性も、寝不足の少女に気を遣うだけの力は無い。何故ならばこの二人の女性もソファでうたた寝をしており、少女の挨拶で鼓膜を揺さぶられて目が覚めたのだから。
挨拶しながら入室して来たのは少女
そしてソファでうたた寝していた二人は、少女は卒業したが円熟した女性にはまだ程遠い二十代そこそこの女性
彼女たちの繋がりとは、その頭に被った帽子が全てを語っている。
三人が三人ともトンガリ帽子を被っているーーつまり三人は魔女。それも、宮廷に出入りする事を許された王室お抱えの宮廷魔女組織のメンバーであったのだ。
「アンナベッラがあんなに眠そう。やはりあなたも駄目だったのね」
最年長の魔女が骨抜きになっていた上半身を起こし、テーブルの上に置いてある大きなポットを手に、三つのカップへ温かいお茶を注ぐ。
「駄目でしたです。一晩中探したですが、見つからなかったです」
アンナベッラと呼ばれた少女は、ふにゃあああと大きなあくびをしながらソファに腰を下ろし、あくびに釣られて零れ落ちた涙を、ゴシゴシと両手で拭う。
「ほら、いつまで股おっぴろげで寝てるの。だらしないわよクラリッチェ」
「無理ぃ、無理よ。コンチェッタはちゃっかり寝てたけど、私はさっきまで頑張ってたのよ」
「夜更かしは若い子たちの仕事、悪いと思ったからお茶淹れたのよ。さあ早く飲みなさい、眠気覚ましのオニ哭キ茸が入ってるから」
年長順からコンチェッタ、クラリッチェ、アンナベッラと名前を呼び合ったこの魔女三人組、どうやら昨晩何かしらの仕事をしていたのか、充分な睡眠を取らないままに朝を迎えて、水晶宮にある宮廷魔女の待機所へ登庁したようだ。
コンチェッタ特性のお茶で息を吹き返したのか、部屋にやっと活気が戻って来る。
本日は貴族の赤子の命名式に出席するだの、レアンドロ六世のひ孫の裁縫の先生をするなど、公的なスケジュールを確認するのだが、三人が三人とも普段のテンションが戻って来て場が「かしましく」なると、どうしても話題は昨晩の一件に戻ってしまうのだ。
「ほんと、全く素性の掴めない謎の人物だったわね」
「あたしが心配してるのは、アイツはあたしたちの戦力を逆に探ってたんじゃないかってね」
「間違いなくあの人は私たちの追跡に気付いていたです」
「嫌な予感がするわね。オババ様に報告した方が良いかも」
──彼女たちの今一番ホットな話題は、「王都に現れた悪魔」について。
昨日、クラリッチェとアンナベッラが式神や使い魔を使っていつも通りの王都をパトロールしていたところ、人間のものとも亜人のものとも思えない気配を発見。慌ててコンチェッタを呼んで、謎の人物の捜索を行なっていたのだ。
見た目は人間で魔力も体力も大した事は無いのだが、時折その身に隠しているオーラが溢れ出ると、身震いするほどに寒々しく、そして嫌な怖れを感じさせる人物。
三人の魔女は、突如街に現れたこの人物を魔物もしくは悪魔、または悪魔の生まれ変わりと仮定して、どのような目的を持って王都カーランに現れたのか、追跡して暴こうと試みたのである。
「あれはヤバいよ。あんな負のオーラを持ってる奴なんて、あたし初めて見たよ」
「持ってるだけじゃないです、コントロールして式神や使い魔の反応を見てたです。使いこなしてるです」
「この先何があるのか心配ね。今日もその人が街にいると考えて、巡回した方が良いのかも知れないわね」
パトロールの必要性を説きながら、コンチェッタは「でも……」と言葉を濁らせる。
「私ね、このパトロールってあんまり好きじゃないのよ」
「ああ、それ分かるわあ。不審人物の炙り出しなんて、秘密警察のやる事だよ」
「でもでも、噂だと地方では民衆蜂起とかあるみたいです……」
「民衆の支えがあっての王朝だからね。私、近衛警察って大っ嫌いなの」
「あたしだって嫌いだよ。あいつら王都じゃまだ大人しいけど、地方行くとヒドイらしいよ」
「拉致監禁に拷問に暗殺、そんな噂が聞こえて来るです」
結局、あの悪魔的な雰囲気の人物を探し出す事は、結果として王国に不穏な気配を広げる近衛警察の手助けをしているのではないか?──そんな懸念が脳裏をよぎり、微かな沈鬱の気配が三人の間に漂う
「んがあっ!空気が湿っぽくなった。あたし湿っぽいの嫌い!全ては二択よ二択、二択で全てを決めるのよ!」
「ふふっ、クラリッチェらしいわね。確かに、王国に仇成す人物か、そうでないかの事よね」
「後々悔いが残らないように、闘う時は闘うです」
闘志剥き出しのクラリッチェを頼もしく見詰めながら、アンナベッラの頭をイイコイイコと撫でるコンチェッタ。
魔女たちの地道な活動が、今日もまた始まる。
そしてその活動自体が、実はパルナバッシュ王国の安全保障問題に深く関わっている事……彼女たちはまだ知らなかった。
◆ 王都カーラン潜入 編
終わり




