65 三課、王都カーランへ
絵の具の黒色をぶちまけたような夜。手が届きそうで届かない、奥行きの感じられない無間の闇がやがて、暁の薄暗がりに変わる事でようやく時間が感じられるようになる。
ここは深きゾマーの森、日の出前の暁の時
うっそうと茂る森の木々の合間を縫って、白み始めた空の明かりがかろうじて森の大地を照らし出す。
黒いキャンバスに木々の線画が浮き彫りになり、そして明るく照らし出されたそれは、輪郭だけでなく質感を持った風景へと変わったのだ。
その森のとある場所に人の気配がある。
苔むした森の中を無理矢理進んで来たのか、軍用の乗用車が一台と幌付きのトラックが一台停まっており、その周りには地面に腰を下ろした若者たちが、黙々と朝食にありついていた。
栄養価の高い食品を乾燥・粉末化させ、板状に整形し直したものを甘くないチョコレートでコーティングしたチョコバーをガリガリかじりながら、具材を細切れにしたビーフシチューの缶詰を開けて、温めもしないまま胃に流し込む。
一般的な携帯用軍用食だが、いくら栄養価が高くて腹持ちが良いと言っても、朝から殺風景な冷たい食事は心も冷えついてしまう。せめて温かいコーヒーがあればとも思うのだが、どうやら彼らには灯火管制の指示が出ているらしく、焚き火の気配はどこにも無かった。
このパルバナッシュ王国の王都カーラン近郊にある深い森。そこに潜んでいる彼らの素性とは、アムセルンド公国陸軍、公国陸軍総局参謀本部、参謀情報部三課の兵士たち。つまりオレルの部隊がそこにいたのである。
「……よし、みんな食べたか?」
小さな岩に腰掛けていたオレルが立ち上がって兵士たちに声を掛ける。個々の時間が終了した事を知らせる合図だ。
そしてオレルの一声を待ちわびていたかのように兵士たちはスッと立ち上がり、並び順など関係無しとばかりに綺麗に一列に整列して肩を並べ、指揮官の次の一言を待つ。
オレルの向かって左側から
細身の身体に収まりきらないほどの覇気を内包させる若者、突入班の最前衛、ポイントマンを務めるバイパー。
端正な顔付きのその瞳から、燃えるような使命感を溢れさせる女性。突入班のセカンドアタッカーにして司令塔のシルバーフォックス。
突入班の最後衛で弾幕要員ではあるが、バイパーとシルバーフォックスが完全に背中を預けた者。爆発物取り扱いに才能の片鱗を見せ始めたグリズリー。
狙撃班の観測員 (スポッター)で風の精霊使いのハーフエルフ。射撃手のために風の道を読むフルモナ。
狙撃班の射撃手で同じ精霊使いのハーフエルフ、ワンショット・ワンキルで部隊の不安要素をことごとく排除するハルヴァナ。
少女のようないでたちだが部隊最年長のホビット族、ビーストテイマーの資質を活かして部隊内の思念通話を確立させた、通信士マザーズネスト。
とある事件をきっかけに三課のメンバーになった少年。今は魔法弾への魔力注入を主な任務とする魔法使いエルモ・ライホ。
マルヴァレフト領の私兵として侯爵の身辺警護を任務としていたリタ・バルツァー。今は三課で少尉待遇として、三課とマルヴァレフト領のパイプ役を担っている。
彼らの顔を一通り見回し、オレルはこの場だけに通る程度に力を抑え、傾聴しろと言葉を発した。
「諸君、我々はこれより、王都カーランへと潜入する。現地の異世界転生ギルドが協力を申し出た結果、セーフハウスを提供してくれる事となった。我々はこれより現キャンプを放棄、セーフハウスに移動する」
説明しながらオレルは自分の腕時計を目の前に。時刻を確認する。
「現時刻は……マルゴーイチニー、マルゴーサンマルまでに準備を整えて出発する。先導車の運転はグリズリー、輸送車はバイパーが担当しろ」
ライオンのような立派なもみあげを揺らしつつ、グリズリーは了解しましたと小声で応え、バイパーはオーバーアクション気味に首を大きく縦に振った。
「先導車には私が同乗し、セーフハウスへ案内する。後の者は輸送車に乗車、突発的なトラブルに対処出来るようにしておけ」
全員がうなづき、これでミーティングは終了となるところなのだが、オレルはまだ解散を命じない。
異世界転生ギルドの事務局へ単身乗り込んだ昨日、王都カーランで浴びた不気味な視線が今も気になっているのだ。
「諸君、私が昨日カーランで何者かに監視された話はしたな。パルナバッシュ王国は大陸中の国家の中で、一番近代化に遅れている国である事から、近代文明よりも古代の魔法文明を未だに引きずっている国である。今後我々に降り掛かるトラブルは、魔法を主戦力とした勢力とのトラブルだと心せよ」
オレルはエルモ・ライホをチラリと見ながら言葉を止めて、再び全員に向き直って指示を出す。
「セーフハウスに到着して物資を運び込んだ後、突入班と狙撃班はセーフハウスが襲撃された際に対応すべき撤退戦の方法を構築しろ。魔法についてはエルモ・ライホの助言を得るように」
「えっ、えっ?……僕ですか?」
「ふふっ。我ら三課のメンバーで魔法に精通する者がいるとしたら、君以外に一体誰がいるんだ?」
「あっ、あっ、そうでした。僕頑張ります!」
──声がデカいぞ少年
メンバーたちの小さな苦笑いは、気負いながら返事をする少年のやる気を、好意的に包んでいた
「バルツァー少尉とマザーズネストは、セーフハウスに到着したら街に食糧の買い出しに出てくれ。皆も身体が冷えてるだろうから、温かい食事を頼む」
リタとマザーズネストは口元に笑みを浮かべながら、首を縦に振る。
温かい食事にありつける、何か美味いものが食べれる……そう言う期待が脳裏にあるだけでも、兵士のモチベーションは高まるのだ。
「さあ、荷物をまとめろ。出発の準備だ」
その言葉を号令として、メンバーたちは散り散りになってキャンプの後片付けを開始した。
いよいよ三課が動く
核爆弾の開発を阻止するために、このパルナバッシュまで密かに遠征して来た彼らが、ようやく具体的な行動に移るのである。
士気は高く、能力も申し分の無い彼らではあるが、敵は近代化よりも古典の踏襲を重ねて来た魔法勢力。
諜報特殊戦部隊が魔法部隊に対してどれだけの効力を発揮するのか、それはまだ未知数であったのだ。




