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64 笑みの答え


 パルナバッシュ王国、王都カーランの東近郊に広がる森は、夜ともなれば旅人を拒むほどに暗くそして、何より深い。

 黄金色に輝く麦畑とはっきり境界を区切るように、東の山々へ向かって延びる小高い丘のうねりは、古くから痩せた土地であった事から開墾されないまま今に至り、歴史を感じさせるような太い幹の木々が所狭しと葉々を広げて昼間も薄暗くもの寂しい。

 太陽の日差しが大地に届き難い苔むした森、その森が迎える夜は、星一つ無い闇夜よりも暗かったのだ。


 地元の人々からは「ゾマーの森」と呼ばれるその森で今、ザッ、ザザッと、獣道を挟む雑草が葉音を重ねている。

 それは夜行性肉食獣の徘徊する足音ではなく、二足歩行の人間の足音……

 パルナバッシュの王都カーランを離れたオレル・ダールベックが、何故かこのゾマーの森を深夜独りで彷徨っていたのである。


 本来、彼の行動計画によれば、王都カーランにある異世界転生人ギルドを訪問したのち、明るい内にこのゾマーの森へ帰って来れる予定であったらしいのだが、異世界転生人ギルドを出た彼は、何やら背中にべったりと張り付く視線に気付いたのである。

 悪意は無く、逆に好意すらも感じない、ただ淡々とオレルの行動を見極めようとする「監視の視線」。それに危険を感じた彼は、直接ゾマーの森に帰る事を良しとせず、王都の中で相手の追跡をかわす事に全神経を注いだ結果、このような深夜になってしまったのである。


 ──獣道は微かに見える。それに沿って歩いて十分、左の藪に入って十分、出てきた別の獣道に乗って二十分──

 目印や目標物もまるで存在しない闇の迷宮で、ただ足元の獣道と時間を頼りに進むオレル。

 何一つ変わらない光景、闇深き世界に身を置きながら、彼は一歩一歩着実に刻まれる足跡と、経過する時間だけを心の支えに前を向き続ける。


 心細くなり、マッチに火を灯したくなる誘惑はある。

 軍支給のオイルライターの火打ち石、フリントホイールをジャリっと回したくなる。

 しかし、この森がいくら深いと言っても、昼間王都カーランにおいて追跡者の視線から逃げ回ったのも事実である。今は視線を感じなくとも、「自分はここにいるよ」と 不用意な目印だけは作りたくないのだ。


 ……パキン!

 オイルの足元ではなく、オレルの視線の先から乾いた破裂音がこだました。それは間違いなく地面で朽ちている小枝が割れる音。

 自然に割れる物ではない事から、つまり誰かがそれを踏んだ圧力で小枝が割れたのだ。オイルが音に反応し、瞬時に動きを止めて息を潜める理由ではある。


 姿勢をゆっくりと低くして、音の方向を見極める。どうやら、「相手」も獣道の上に立ち、自分の出してしまった音に後悔するかのように、完全に動きを止めて息を潜めているようだ。


 オイルの選択肢は二つ

 遅い帰りに心配した三課のメンバーが、静音移動で自分の捜索に来たと考えて友好的に接触するか、それとも昼間王都でオイルを散々視線で追跡して来た謎の追跡者との遭遇か。その際は、この追跡者に対して完全排除を前提として闘う準備をしなければならない。

 

 だがこの瞬間、オレルの用心深さが杞憂であった事が証明される。

 ……キン。キン、キン……

 金属製のベルトのバックルを、ナイフの刃の横面で軽く叩く音が聞こえて来たのだ。それもリズミカルな三連打で。


(バイパーか)

 闇に潜む気配が仲間だと知った途端、オレルはオイルライターの蓋を開閉し、カチャリカチャリと二回音を立てた。

 すると、カメラをズームするように、あっという間に若者が姿を現し目の前に立った。間違い無く彼は三課のメンバー、突入班のポイントマン (最前衛)のバイパーだ。


(中佐、ご無事でしたか?)

(大丈夫だ、問題無い)


 本来ならば、三課のメンバーは全てこの森の奥にキャンプを設営して休んでいるはず。そのはずなのに、バイパーがこの場所にいる意味を考えるオレルは、内心彼とチームに感謝しながらも、表向きはいつも通り淡々と言葉を発し始める。


(王都で謎の追跡を受けていた。状況は?)

(状況はグリーンです。中佐のお帰りが遅かったので異変を感じ、突入班で隠密偵察に出ていたところです)

(なるほど、助かったよ。他の者たちは?)

(俺の後方三十メタルにシルバーフォックスとグリズリーが待機中、キャンプではハルヴァナが歩哨に立ち他の者は休んでいます)

(了解した、このままキャンプに戻ろう。そして今の内に荷造りして、夜明けと共に場所を移動する)


 分かりましたと小声で答えたバイパー、背後に振り返りながら、再びベルトのバックルをナイフの横面で軽く叩く。すると闇の奥からそれに呼応するかの様に、同質の金属音が森の中を駆け抜けた。


(シルバーフォックスとグリズリーも了承しました。中佐、先導するのでついて来て下さい)


 静かに身を翻すバイパー

 彼の頼しげな後ろ姿を見て、オレルは口元にほんの少しだけ笑みを漏らした。

 ──頼もしくなったな──

 それが笑みの答え

 命令に常に忠実で勇猛果敢、死を恐れぬ兵士であればそれで重畳。血みどろの戦場もその勢いで渡り歩いて行ける。

 しかしスパイも隠密も突入戦もこなす、諜報特殊戦部隊の兵士に要求されるものは、強靭な精神と肉体以上に、ケースバイケースを切り抜ける事の出来る柔軟な思考力である。

 上官が暗くなっても帰って来ない、何かトラブルに巻き込まれて戻れないのか、それは敵対勢力によるものなのか、それとも上官自身の問題か、いずれに対処出来るよう我々はどうすべきか……

 オレルが見た彼らには、その柔軟な思考力に起因する行動に見えたのだ。


(彼らはまだまた強くなる、個としてもチームとしても)


 オレルたちは吸い込まれるように、森の深淵へと消えて行った。



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